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出会い

第50章

 ロバートは王宮から辞する前に、フォーフェンバッハと二人きりで話しをしたい、とキプロス王に頼んでいたのでした。先ほど、興奮して彼のことを非難していた姿にジェロームは少し心配になりましたが、フォーフェンバッハの処遇を判断するのに必要だろうと、許可しました。


 「幽閉した部屋まで衛兵に案内させよう。鉄格子がついた小窓から扉ごしに話をすることができる。彼が会話に応じるかは疑問だが。」

 「フォーフェンバッハは、偽造印璽のことは?」

 「もちろん私が持っていたことに驚愕していた。ただ、何故私が持っていたのかは分からないだろう。私が元ジェノヴァの船乗りだったこと、ましてや私が、彼のために裏仕事をしていたことなど知らないからな。」

 「もちろんそれは決して話さないと約束します。」

 「あのヴァティカン宮で、あなたは母上の名前を聞いただけで、気を失ってしまった。印璽偽装の経緯や、なぜヴァティカンまで運ばせようとしたのか問いただすのは重要だが、母上のことを聞きだそうとするのは、辞めた方がよいのではないか?」

 「お気遣いありがとうございます。でもここで私は過去と対峙しないと、私は前に進めません。それに、さすがにあのときよりは心身ともに強くなっておりますので。」

 「わかった。会見のあと気分が悪くなったら、王宮に中庭にある薬草園に寄るといい。マリアンヌがよく使っていた薬草や、美しい花々を育てている。きっと心が落ち着くだろう。私のところには、彼女の優秀な弟子がいてね、毎日欠かさず手入れをしてくれている。」

「ああ、それでラベンダーの香りがしたのですね。」

「弟子の作るクリームも、師匠とほとんど同じ品質だ。とても助かっている。」


 フォーフェンバッハはロバートの登場に一瞬驚いたものの、すぐに警戒しつつ宰相の使いで来たのかとロバートに問うてきました。

 それに対してロバートはただ「錫の取引はヴェネツィア経由で行うことになったと宰相に伝える。正式な契約書を作成し、皇帝陛下から印璽をいただくことになるはずだ。あなたの処遇は私に任せるとのことだ。」とだけ答え、フォーフェンバッハの反応をみるためにそのまま黙っていました。


 しばらく沈黙が続いたあと、フォーフェンバッハは状況を理解したのか、ロバートに提案をしたのです。

 「取引しようではないか。錫の取引のことは了解した。もし私をここから解放してくれるようキプロス王に説得してくれるのなら、偽造印璽のことは、私がうまく処理しよう。あれは宰相殿が作られたのだが、私が保管を任されていたのだ。なぜそれがキプロス王の手元にあるのかは分からないが、もしこれが皇帝陛下にバレたら宰相殿の身も危うい。私に任せておけば万事上手くいく。」

 「私にキプロス王から偽造印璽を盗めというのか」

 「盗まなくとも、あなたはキプロス王に信頼されているようだから、上手く言えば皇帝陛下ではなく、あなたに与えてくれるかもしれないぞ。あの偽造印璽がキプロス王の手に有る限り、国にかえっても我々の身は危うい。宰相殿もあなたも、私と運命は一蓮托生だ。あなた次第で、お父上も助かる。あのキプロス王のことだ、きっと若々しくて美しい男も好きに違いない。色仕掛けもありそうだ。」


 下司野郎め。こうやって父を利用し、母を欺し、周りを陥れてきたのだろう。父も結果を出せない者は容赦なく切り捨てる人間だが、陥れたり、裏切るようなことはしなかった。父も老いて、判断力が鈍っている。もうフォーフェンバッハの好きにさせてはいけない。自分がしっかりしなければ・・・。

 そう心の中でつぶやき、フォーフェンバッハの取引提案には諾とも否とも言わず、ロバートは鉄格子がついた扉から立ち去ったのでした。


 フォーフェンバッハが幽閉されている建物から出ると、何も聞かないうちに衛兵が「薬草園はあちらです」と声を掛けてきました。そのときになって初めてロバートは自分がきつく両手できつく握りこぶしを震わせていることに気がつきました。そうだ、まずは心を落ち着かせなくては。


 案内された王宮の南東の一角に、傾斜地の地形を生かした、そんなに広くはないが、美しい庭が広がっていたのです。

 「これは見事な。」

 見たことのない、色彩豊かな花々が風にそよぎ、どこからともなくよい香りが漂ってきます。ラベンダーのほかにも、ジャスミンや薔薇なども咲いているようでした。


 そういえば、子どもの頃、マリアンヌも父の許可を得て、小さな薬草園を大切にしていたな。今日のような天気の良い日には必ず、草花の手入れをしていた。」

 そんなことを思い出しながら庭園内を歩いていると、少し高くなったところで、手付き籠をかかえながら花々を集めている若い女性の姿が見えたのです。

 思わずマリアンヌ!?と声をかけてしまったロバート。いや、今ここにマリアンヌがいるはずがないじゃないか。

 ところが、その女性が振り返ってロバートを見つめたのです。

 これが、ロバートとジュリエットの出会いでした。

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