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シンデレラ、その後  作者: 境時生
第一部
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密談

第5章

 国に帰ったエレノアに、フランソワはよそよそしい態度で迎えました。

エレノアは一人苦しみます。ジャンカルロもう、うすうす父と母の不仲に気がついていよう。どうやら、フランソワはジャンカルロの婚礼終了後、私が私生児の娘だとわかったとして、婚姻関係の無効を公表し、別の女性と結婚するつもりらしい。


 このころ、政治上は実力がある人間であれば、庶出だろうが問題視されませんが、宗教上は離婚の事由にはなる時代でした。見事な建前と本音の使い分けですが、フランソワはそれで、完全に皇帝派となることを世間に印象づける気だったのです。さらに驚愕の話がエレノアの耳に入りました。フランソワの城のどこかに、その「別の女性」がすでに住んでおり、エレノアがローマに向かったときからフランソワと夫婦同然の生活をしていると。

 「ああ、だから、フランソワは、あんなにあっさりと私のローマ行きを許したのだ。」

いまやエレノアの心の支えはエドモンとの約束だけ。エレノアは何も知らない振りをして、婚礼が行われる皇帝の城にむけて、フランソワとジャンカルロととともに、感情を押し殺したまま出立したのです。


 婚礼の3日前に、はじめてジャンカルロは嫁となるソフィーと対面しました。ジャンカルロより2つ年上のソフィーは、陽気でどこかおっとりしたところがあり、政略結婚とはいえ、ジャンカルロはソフィーに初対面で好感を覚えました。エレノアはなぜか、ジャンカルロを優しく見つめるソフィーの姿に、結婚したばかりの頃の自分を思い出したのでした。あの頃は本当に幸せだった。何も知らず、何も心配することもなく。ジャンカルロは、そんなソフィーに、思っていた以上に好意を覚え、ソフィーも姉のような優しさでジャンカルロと接するのでした。そしてソフィーとマリアエレナも仲がよいと知り、母として安心するエレノア。今の苦しい立場にあって、唯一の慰めは、息子ジャンカルロの幸せな結婚だけでした。


 1週間の婚礼の宴が続くなか、エレノアはフランソワの自分に対する無関心を幸いに、マリアエレナを通じてカルロスの城をおとずれ、話をする機会を持ちます。

 カルロスと初対面にもかかわらず、エレノアは、彼が非常の頭のよい冷静な男だという印象を持ちました。そして自分に自信がある男特有の余裕を感じさせるのです。それだけに、曖昧な態度は不信感を抱かせるだけだと、単刀直入にエドモンの要求を切り出します。


 何も意見を指しはさまず、一通りエレノアの話を聞いた後、カルロスは静かに訪ねました。

 「それでは、マリアエレナは、私の妻は、あなたとエドモン殿のお子ということですね。ジャンカルロはフランソワ殿のお子のようだが。」

驚くエレノア。その場にいたマリアエレナも衝撃を受けます。

 「だって、そうでしょう。マリアエレナのために、そして何よりあなたのために。本当に愛していなければ、そんなこと、できないでしょう?」

 「それで、あなたは?マリアエレナのために、エドモンと会ってくれますか?」

 「私は、別に、いまさらエドモン殿の領地を欲しいわけではない。そんなもののために、裏取引するつもりはない。私がかつて、継承権を盾に領地を狙ったことがあるから、私が話しに乗ってくると思ったのでしょうね。あのときは、フランソワ殿の意向を探るための陽動作戦だったのだが。エドモンはきっと、皇帝の動静を探りたいのでしょう。私を通じて。そして、法王の情報を皇帝の流したいのでしょう。やはり私を通じて。ずいぶんと危ない橋を渡る男だ。エレノア殿、あなたは自分でも気がつかないうちに、エドモン殿を危険な目にあわせることに加担しているのですよ。おわかりですか?」

 何もいえないエレノア。

 「でも、会うだけ会いましょう。エドモン殿に。マリアエレナのために。ただし条件があります。その会見の場にフィリップ殿を同席させてください。」

 「フィリップを?なぜ?」叫んだのはマリアエレナ。しかし叫んだあと、取り乱したことを恥じて、

 「わたし、アランの様子を見てきますわ」と落ち着かない様子で部屋を出ていきました。アランとは、先月生まれたばかりのカルロスとの間のはじめての子で、この孫に会うのが、エレノアの表向きの訪問理由だったのです。


 彼女が部屋を出て行って、しばらく考えこんだあと、カルロスは態度を和らげ、エレノアの手をとって優しく話しだしました。

 「こういう事態だから、黙ったままでいるのはやめましょう。私は、マリアエレナとフィリップとの間にあったことは知っています。あのことをあなたに思い出させるのは、本当におつらいことかと存じますが、お許しください。そもそも二人が14の歳に再会した、その現場に私はいたのです。皇帝からのご命令で、堅信式に向かう皇帝の姪とマリアエレナをひそかに護衛していたのです。私はあのとき22歳でしたが、あのとき私もマリアエレナに恋したのです。しかし、そのときは二人の仲を裂こうなど考えもしませんでした。皇帝の姪御殿が、何も知らずに若い二人の仲を応援していたので、私は口を出せる立場ではなかった。しかし4年後、彼女と結婚したのは私でした。私は、あの事件のあと、自ら望んで、皇帝に申し出たのですよ。あの娘をくださいと。周りの廷臣たちは皆、私の点数かせぎと思ったでしょうが、私は彼女見守り、ずっと愛していたのです。」

 「でも、なぜエドモンとの会合の場に、フィリップが必要なのですか?」

 「エドモン殿の逃げ道を作るためです。たとえ、その会合がばれてしまったとしても、法王側の人間と、皇帝側に人間両方が同席したとなれば、エドモン殿は少なくとも中立な立場に見えます。私はエドモン殿と、もちろん知らぬ仲ではない。それどころか、同じ戦場で味方として戦ったことも何度もあるし、あなたも覚えておいででしょう?ジャンカルロ殿の病気のときのことを。交渉役がエドモン殿でなかったら、今こうしてあなたとお話などしていなかったでしょう。しかし、私はいままで彼という人間を、誤解していたかもしれない。こんな策を弄する人間ではないはずだ。まずそれを確かめたい。それに、おそらくフィリップも、マリアエレナが、計算高い、冷酷な男と愛のない結婚をさせられたと考え、私を憎んでいるでしょう。その誤解も解いておきたい。」

 「わかりました。ここからは、私が立ち入るお話ではありません。フィリップも同席させるようにエドモンに急ぎ知らせましょう。会合の場は、エドモンからあなたに直接知らせが入るでしょう。」

 「エレノア殿、最後にひとつだけ、おせっかいかもしれないが、警告させてください。あなた自身のことです。フランソワ殿は、皇帝に取り入るために、これから何をしようとするか、もうあなたはお気づきのはずですね。あなたは、あなたの預かり知らないところで、あなたの存在そのものが政争の具にされているのですよ。」

 「ええ、わかっています。」

 「では、この婚礼の宴が済んだあと、どこに行かれるおつもりですか?」

 「私には実家というものがございません。どこかで静かに余生を暮らすつもりです。すべてから身をひいて。」

 実はこのとき、エレノアには、滞在できるかもしれないと考えていた家があったのです。しかしこんなことになるとは思っておらず、その家の主人からの同意もない状態だったため、はっきりと答えられませんでした。

 

 そんな困惑した様子のエレノアをみたカルロスは微笑みながら

 「それは無理ですよ、エレノア殿。あなたには、まだ利用価値があるんです。とくに法王にとっては。こんな言い方は大変失礼ですが、事実です。いまやあなたは、皇帝の姪の娘であるソフィーの夫、ジャンカルロの母親です。フランソワ殿はあなたと離婚したあと、あなたを幽閉するでしょうし、ヴァティカンに戻れば、軟禁状態にされるでしょう。エドモン殿の動きを縛るために。」

 「駄目です!エドモンにだけには迷惑をかけたくはありません。でも、どこに行けばよいのです?」

 「どこにも行かなくてよい。私のこの城に隠れてはいかがですか? 私のところにいればフランソワ殿からは安全です。そして法王からも。何よりマリアエレナと一緒ですし、ジャンカルロ殿にも会いたいと思えば会えるでしょう。確かにフィリップ殿とは疎遠になってしまうかもしれませんが、それも一時的なものです。」


 ー罠かもしれない。エドモンを牽制するための。カルロスほどの男が同情心だけから、そんなことを提案するはずはない。何しろジャンカルロが病気になったとき、継承権を主張しようとしたカルロスだ。しかし、今の私を匿ってくれる、どこか安全な場所があるだろうか? あのローマ郊外の家だって、一度暴徒からの襲撃にあっている。あれはフランソワの仕業かもしれない。このままフランソワのもとへ戻ってしまったら、結局は幽閉され、一生エドモンに会うことも手紙を出すこともできなくなるだろう。法王庁は、エドモンとの交渉の道具に、私を使うだろう。そうなれば、いやでもフィリップも巻き込まれてしまう・・。今の私に選択の余地はない。とりあえず、今だけでも身の安全を確保しなければ・・・ー


 「お言葉に感謝します。でもあなたの城に滞在する大義名分だけでも、ご用意していただけないでしょうか?」

 「あなたは大胆さと慎重さを兼ね備えていらっしゃる。フランソワ殿には確かにもったいない方だ。よろしい、ここはマリアエレナに倒れてもらいましょう。初孫に会いにきたところ、マリアエレナが過労から倒れ、娘が心配で彼女が回復するまでそばにいる、ということで。最初からほんの1週間ということであれば、フランソワ殿は反対しにくいでしょう。そのまま、なんだかんだと、滞在を引き延ばせばよいのです。」

ちょうどそのとき、マリアエレナがアランを抱きかかえて、部屋に戻ってきた。

 「やあ、マリアエレナ、ちょうどよかった。君にとっておきのお願いがあるんだ。今ここで倒れてくれないか?」


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