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交渉決裂

第47章

 十数年ぶりにジェロームに会ったフォーフェンバッハは、交渉相手がまさか昔、裏仕事をさせた若者だったとは全く気がつきませんでした。当時はジェロームを捨て駒扱いしていたからですが、ジェロームは表情に全く出さずともしっかりとフォーフェンバッハのことを覚えていたのです。しかし、わざと知らないふりをしていました。。


 まずは挨拶の代わりにと、ザルツブルグの岩塩の大きな結晶に彫られた工芸品と、見事な装飾の陶器の食器を貢ぎ物として差し出したフォーフェンバッハでしたが、キプロス王がこちらをじっと見据えるだけで何も言葉を発しないため、仕方なく錫の取引についての話を切り出したのです。


 「貴殿の国がイスラムの国と直接取引するなど、法王に知られたら大変なことになるのでは?」

当然の質問に、フォーフェンバッハはにやりとして答えました。

 「そうおっしゃるものと思っておりました。錫を我々に売るのに、ヴェネツィアを挟ませるおつもりでごさいましょう? だから友好関係を保つために、サンマルコ共和国養女を妻の一人として娶られた。

こちらとしては、ヴェネツィアではなくジェノヴァ商船を使ってお取引をさせていただきたいのですよ。」

 「キプロスにとって、ヴェネツィアからジェノヴァに乗り換えるメリットは何かあるとは思えんが」

 「条件は変わりません。我々に乗り換えても、サンマルコ共和国政府は従うしかないでしょう。われわれには彼らを黙らせる切り札があるのですよ。法王庁にとっても、あなたが友好的な元首殿に対しても。あなた様にとっても無関係な話ではございません。」

 「それは脅迫かな、フォーフェンバッハ殿。」

 「いえ、このジェノヴァを介した取引に障害はないと申し上げたいだけで。」

 「では、その理由を聞こうではないか。納得できれば、前向きに考えよう。」

 こうして、ジェロームは、あのエレノアの遺言に書かれていた秘密、サンマルコ共和国養女として嫁入りしてきたジュリエットの出生に秘密を話したのでした。


 しかしキプロス王は意外にも、フォーフェンバッハの情報には顔色ひとつ変えず、こう質問を返したのです。


 「フォーフェンバッハ殿、私はあなたの身分を存じ上げない。そのような交渉をする権限を本当にお持ちなのか? そもそもこの面会を申し入れてきたのは、ジェノヴァ商人なのだが。」

 「宰相殿はいま、お体が万全ではなく、私にこの交渉の全権を委ねられたのです。ここまでジェノヴァの船でやってきたので、彼らに面会の申し込みを依頼したまでで。」

 「見事な工芸品よりも、その証拠が欲しいのだか。本来なら宰相殿からの交渉の委任状をお持ちのはずだ。実はあなたはジェノヴァ商人の元締めなのではないか? 私が元々ジェノヴァ人であるのに、最近サンマルコ共和国の養女を娶ったと聞いて、商圏が奪われるかと焦っているのだろう?」


 宰相からの委任状など思いつかなかったフォーフェンバッハは、焦ってつい声を荒げてしまいました。

 「私の顔をご存じないのか?あなたがジェノヴァにいた頃に、私は神聖ローマ帝国の駐在ジェノヴァ大使として長年住んでいたのだ。」

 「一介の市井の人間が、大使の顔など知るものか。この者を捉えよ。身分を詐称している不届き者だ。」

 「私は宰相の交渉代理人としてきた人間だ。それを拘束しようとは、キプロス王は何を勘違いしているのか!」

 「あなたは本当に宰相殿の正式な代理人なのか?」

 「何を証拠にそんなことを!」

 「もしあなたが本当にフォーフェンバッハ殿だとしても、あなたのやり口は知っている。ジェノヴァの昔の知り合いに甘い汁を吸わせて、うまく利用してやろうとことだろう? そのことを宰相殿はご存じなのか? 皇帝陛下はこのことでジェノヴァに借りを作ってもいいと思われているのか?」


 一瞬言葉を飲み込んだフォーフェンバッハでしたが、予想外の展開に、もはや冷静さを失っていました。

 「宰相殿は皇帝陛下からの厚い信頼がおありになる。一国の王とはいえ、イスラム教徒が何を進言してもお聞き入れならさないだろう。」

 「なるほど、私は正式な特使としか交渉しようと思わない。この者を牢屋に連れて行け!」

 「後悔しても遅いからな!おまえの母親がどうなってもいいのか!?」

 「私の母?」

 「おまえはもともとジェノヴァの出身だろう?調べはついている。おまえの母親は今でもジェノヴァにいるのだろう? すでに我々の監視下に置いている。」

 「それは脅迫かな?」

 「改宗イスラム教徒になって何人も妻を娶ることができても、キプロス王とても母親は一人しかもてないからな。」


 あまりに礼を欠く発言をしているフォーフェンバッハに、侮蔑に一瞥を与えた後、ジェロームはこう言って会見を打ち切ったのでした。

 「人違いですね。私の母はとうの昔になくなりましたよ。神聖ローマ帝国の領内で。そうそう、それで思い出しました。かの国の宰相殿にこれをお返ししないと。いや、とても大切なものだろうから、私が直接皇帝あてにお届けして差し上げるとしよう。」


 そう言いながらジェロームは、衛兵に拘束されたフォーフェンバッハの目の前に、あの偽造印璽を取り出したのです。


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