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秘密と復讐

第43章

 ジャンカルロは一人悩んでいました。エレノアの遺言に書かれていたジュリエットの出生の秘密、フィリップが父であるという事実を、リッカルドに明かすべきかどうか。

 このままでは、後々自分では抱えきれない大きな問題になるような懸念が湧き上がっていたのです。

もしかしてすでにリッカルドは知っているかもしれない。今までの彼なら、これを政治的に利用してフィリップを貶めるようなことはしないと信じたいが、今の彼の立場は個人の感情よりは公の事情を優先せざるを得ないだろう。

 それにマリアは彼の妻。いつも冷静沈着な彼でさえ、己の妻の秘密を今まで知らされていなかったということになったら。


 そうこうしているうちにジャンカルロは、皇帝陛下からのじきじきの呼び出しを受け、密命を与えられました。

「とある人物からの情報だ。偽造された印璽を探し出せ。作らせた黒幕は宰相らしい。」

というのです。ただし慎重に。多少時間がかかってもいい、確実は証拠が欲しい、貴候だから信頼して任せられると。

 皇帝陛下からの勅命であり、妻と姻戚関係にある絶対権力者からの命令に諾と答えるしかないジャンカルロ。

 「なるほど、皇帝陛下と宰相殿と両方に姻戚関係がある私を試すために、この仕事を託したな。食えないお方だ。」

 愛する妻を人質に取られたような気分にジャンカルロは、やはりリッカルドにはジュエリエットのことはまだしばらく黙っておこうと決めたのでした。


 「ごめんなさい、あなた。マレーネとはそもそも結婚のときのいざこざで、余り親しくなくなってしまって。母からは宰相殿とあまりうまくいっていないような話も聞いておりましたから、何度か手紙を送ったのですが、返信もなくて。」

 妻に何でも話すジャンカルロは、早速ソフィーに相談しましたが、ソフィーの妹で宰相の後妻のマレーネから接触するのは難しいと判断し、宰相の息子と親しくなる方法を考えることにしました。

 「あなた、それなら来月の宮廷の舞踏会で声をかけてはいかがかしら。宰相殿にとっては、あの場でロバートを正式な後継者としてお披露目するおつもりのはず。いやでもロバート殿はご出席されるはずですわ。」


 ソフィーとともにジャンカルロが出席したその舞踏会で、ロバートは体調の悪い父の代わりに継母と一緒に出席していました。不機嫌な様子のマレーネへの対応と、慣れない場に居心地悪そうにしていたロバート。

 宰相殿が『息子を宜しく』と連れ回して各方面に挨拶すると思って出席していたジャンカルロは、思わずロバートに声をかけ、本当の親切心から彼に女性のエスコートの仕方をダンスのリードの仕方をそれとなく教えてあげたりしたのでした。

 ソフィーも優しく妹に話しかけ、カサンドラの体調を気遣いました。そしてロバートの最初のダンスはソフィーが相手になり、自然とジャンカルロがロバートの継母、ソフィーの妹マレーネの相手をすることになりましたが、ジャンカルロがカサンドラにつきっきりで親切にしたことで、彼女の機嫌も良くなり、ロバートはジャンカルロにとても感謝したのです。それは、ソフィーと二人であらかじめ考えた作戦でしたが。


 これがきっかけでジャンカルロはロバートと親しくなり、屋敷に招待されるようになったのです。宰相は体調不良の治療のため、バーデンバーデンの温泉地に滞在しており、マレーネはあの舞踏会以来、すっかりジャンカルロを気に入っていたため、何の気兼ねもなく親交を深めることができました。そして何度かの訪問もあと、ジャンカルロが驚いたことに、ロバートの方からこう切り出されたのです。「あなたにご相談したことがある」と。


 ジャンカルロは、今までのロバートとの付き合いから、何となく彼が自分に何か打ち明けたいことがあるような気がしていました。そもそも印璽偽造の証拠探しのために近づいたのが気づかれたのかもしれないと思いましたが、それならばそれで、彼の真意を探ろうと思う、とソフィーに伝えました。

 「わかりました。そのほうが良いかと私も思います。永い話し合いになるやもしれません。私も同行し、マレーネ様のお相手は私がいたしましょう。そうすれば、あなたもゆっくりとロバート様と話しあえるかと存じます。」


 ロバートの招待で、4人が和やかな昼餉の時間を過ごしたあと、ソフィーはカサンドラを誘って庭園の散歩に出かけました。ジャンカルロと二人別室に移動したロバートは開口一番にジャンカルロに謝ったのです。

 「心からお詫びいたします。ジャンカルロ殿に、これをお渡しするチャンスを待っておりました。」

それは、あの盗まれたエレノアの遺言でした。


 「あなたの義兄であるカルロス殿あてへの手紙ですから、本当はカルロス殿に返さなければならないことはわかっておりました。しかし、卑怯にも自分の目的のために利用できると考えて、持っていたのです。差出人のあなたにお返しいたします。」

面食らうジャンカルロ。あの秘密が宰相殿に漏れていたのか?

 「なぜあなたがこれを?何のために?」

 「盗んだのです。父の秘書官のフォーフェンバッハから」

 「なぜ宰相の秘書官がこれを?」

 「それはわかりません。ただ、私は、彼に復讐する材料を探していたのです。

 「復讐?」

 「彼は、私の母に嘘の罪をなすりつけ、幽閉し、恥辱を受けたまま孤独に死なせたのです!」


 興奮した様子のロバートを落ち着けるために、ジャンカルロはゆっくりとロバートに話しかけました。

 「その前に、ロバート殿、その手紙の内容をご覧になったのでしょう。お若いあなたでも、その意味することが、政争の具となることは、おわかりになったと存じますが。」

 「ええ、実際、父はヴァティカンとの交渉に利用しようとしました。たまたまこれを手に入れた報告を受けたとき、私も在席して、父の計画を一緒に聞いておりましたから。」

 「なぜ、それを私に返すと?証拠の品ではありませんか。」

 「証拠? 遺言など、いくらでも偽造できるではありませんか。それより、相手にとって不利になる事実を知ったという情報そのものが重要でしょう。実際、この情報があっても、父の計画であったキプロスとの錫の直接取引はうまくいかなかった。」


 なぜここにキプロス王との錫の取引が出てくるのか?

するとキプロス王もフィリップの娘のことを知っていたのか。知っていて、婚約したのか?

確かめたい重要なことが頭を駆け巡りつつも、ジャンカルロは冷静に話しを続けました。


 「これは交渉の材料となりえる証拠の品を、あなたが私に返したとなると、宰相殿はお怒りになるでしょう。なぜわざわざそのようなことを。」

 「この手紙は、フォーフェンバッハ殿が管理しておくべきものですが、私が盗んだのです。フォーフェンバッハへの復讐のために。そしてジャンカルロ殿、あなたに私の復讐計画を手伝っていただきたいのです。」

 「復讐計画?ロバート殿、簡単にそんなことを言うものではありません。関わる人間の数が多いほど、復讐への代償というものは大きくなるのですよ。ご自身だけならともかく、家族の名誉の問題となれば、それだけ大きな代償を負うものです。その覚悟があおりですか?」

 「兄上のフィリップ秘書官長殿からお聞きおよびのことでしょう? 母の生涯を台無しにされたわたくしの思いは、ジャンカルロ殿ならおわかりになるはずでしょう。」

 フィリップからは何も聞いていない!と思いながら、ジャンカルロは相手から情報を聞き出そうと会話を続けました。

 「あなたの復讐相手とは、あなたの父上の右腕でもある人物ですよ。あなたは父上にも復讐することになる。」

 「いえ、この事実を知ったら、父上も私の味方になるでしょう。」

 「事実?」

 「母の名誉も人生そのものも台無しにしたのは、フォーフェンバッハです。ヴァティカンに伺った際、フィリップ殿から母の最期の様子と、母からの手紙、そして母の指輪を渡された時は、私は突然、記憶の中に封印していた幼い時の体験が蘇って、その場に倒れこんでしまった。母に不倫の汚名を着せ、殺そうとし、それができないと一生山奥の城に監禁させ、そのまま父に弁明することもかなわず、私に会うこともできないまま、母はたった一人で天に召されました。なんと無念だったことでしょう。ようやくわかったのです。フォーフェンバッハは、父の信頼を得ようと私利私欲のために、母の人生を台無しにした。私には復讐する権利があるのです。」

 「なぜ、そのような重大な計画を私に持ちかけるのですか?なぜゆえ私をそこまで信用される?」

 「マリアンヌ殿から伺いました。幼い頃から虚弱体質で、いつも父を幻滅させ、見放されかけた子どもの頃、マリアンヌ殿が、ずっと私に付き添って、治療をしてくださったおかげで、私は格段に回復しましたが、治療中ずっと不安な気持ちがありました。もし父にこのまま見放されたら誰を頼ればよいかと彼女に質問したことがあったのです。しばらく考えたあと、あなたの名をあげられた。ジャンカルロ殿だけは、彼女も心から信用している、と。それに、私はフィリップ殿が母にしてくださったご厚意の返礼をしなくてはなりません。」


 ロバートは印璽偽造のことは知らないのではないかと感じたジャンカルロでしたが、おそらく宰相の極身近に手足となって裏工作するような人物として一番可能生が高いのはフォーフェンバッハのではないかと推理しました。しかし印璽偽造についてはまだ証拠がない。

もしかしてフィリップが何か知っているのか?

それにしてもエレノアの遺言の内容が、宰相とフォーフェンバッハに漏れてしまっている。さらにキプロス王にも?

もしかしたら、フィリップにも!?


 整理しなければならない事が錯綜して動揺するのをなんとか堪えて、ジャンカルロはロバートは冷静な口調で言いました。

 「ロバート殿、復讐計画については協力するかどうかは、条件次第です。まず確認させておいてほしいことがたくさんある。」


 その晩、ジャンカルロは屋敷に戻ってからソフィーと一緒にロバートから聞き出した情報を整理したのでした。

エレノアの遺言を同封してカルロスに送った手紙が、なぜか宰相の秘書官の手に落ちたこと。

秘書官から宰相に情報が伝わったこと

 その秘書官が、キプロス王と錫の取引交渉の際に、ヴァティカンが横やりを入れないかと問われ、秘書館長の秘密を握っているから大丈夫だとして、キプロス王の婚約者が実はフィリップの娘であること、その証拠を握っているとして脅したこと。


 「なんて浅はかな秘書官なんでしょう。そのフォーフェンバッハという方は」

 「キプロス王との交渉が何年も進まずにいて、かなり焦っていたようだな」

 「フィリップ殿は知ってしまったのですね。ジュリエットが自分の娘だということ・・。」

 「そこなんだ。ソフィー。私もそう思っていたが、ロバート殿に確認したら、フィリップには話していない、と。」

 「え?」

 「ロバート殿はちょっとフィリップに似ている。純粋なんだ。聖職者とはいえ、個人のプライベートなことを交渉のネタに使うような卑劣な真似はしたくない、と。」


 とりあえずフィリップが知らないのなら、エレノアの遺言を取り返せた今、優先すべきは偽造印璽の調査だ、とジャンカルロは頭を悩ませるのでした。

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