表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/184

フィリップの改心

第41章

 フィリップがジェロームジェロームとの会見の後に書いた手紙にうち、簡潔まとめたというのは、宰相にあてた印璽捜索の結果報告の手紙でした。


 ーー捜索のご報告にお時間がかかってしまったことをお詫び申し上げます。偽造されたとされる印璽は、おそらくあの秘密文書を保管していた鍵付きの飾り棚にあると考え探したのですが、法王猊下の私室にも秘書官長の執務室にも見当たらなかったためです。

 あのときの法王付の従者だった者から、皇帝軍の略奪行為の際、金貨や宝飾品などの金品になりそうなもの以外は、火をつけられ消失してしまった可能性が高いとの話があり、先日ついに美術品の修復保管所でその飾り棚の残骸を発見したしました。内側はほとんど焼け焦げており、秘密文書そのものがすでにほぼ消失しておりました。偽造されたとおぼしき印璽の大理石は、粉々になっており、そのかけらのほとんどが失われた状態です。

 修復師の話によれば、この飾り棚は鍵がかかったまま焼かれたようだとのことで、私の判断では、破壊前に中身をだけ盗まれた可能性は低いと思われます。ーーー


 宰相にあてた手紙はもう一通あり、これはジェロームから強要された警告の手紙でした。宰相を呼び出すという難しい内容のものであり、長くならざるを得ないものであり、かつフォーフェンバッハの目を通さずに宰相に届けならないものでした。ここではじめてフィリップは、再三受けていたカルロスからの面談申込に初めて諾と返事をしたのです。しかもその日できるだけ早くにお会いしたいと。しかも駐在大使と一緒ではなく、一人で。


 あまりに突然のフィリップからの連絡に驚いて、カルロスは昨晩も訪れた法王宮に駆けつけました。カルロスの来訪が告げられると、何年かぶりの邂逅にもかかわらず、挨拶もそこそこにフィリップは切り出しました。


 「カルロス、正直に話したい。私はいま混乱している。ずっとあなたをはじめ親族の者たちが私を見捨てたと思っていた。昨日までは。しかし今、私は大変な誤解をしていたのではないかと思っている。いままでの非礼を詫びたい。どうか許してほしい。」


 昨晩、法王宮からマリアンヌが出ていく姿を目撃していたカルロスは、きっとまたリッカルドからの要請で、彼女がフィリップの説得に派遣されたと予想していたので、このフィリップの態度の変化は予想していました。

 「フィリップ、皆心配していた。昨日法王宮でマリアンヌを見かけた。彼女が誤解を解いてくれたんだろう。」

 「そう、彼女からマリアエレナからの手紙を受け取った。あまり体調がよくないそうだね。本当に皆に心配をかけて、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。」

 「マリアンヌは妻からの手紙を言付かったのか? てっきりリッカルドからの情報かと。そういえば、彼女と一緒に来ていた男は何者だ?」

 「今日、突然来ていただいたのは、そのことなのだ。あの男、ジェロームから、ある提案を、いや強要といっていいかもしれない、付きつけられた。しかも彼は私の弱みを何か握っているらしい。何故マリアンヌが彼と親しい関係なのかがわからないが、今はジェロームを敵に回すわけにはいかない。」

 「一体、そのジェロームとは誰なんだ。」

 「キプロス王だ。」


 キプロスと聞いて、カルロスは「ヴァティカンとの関係を速やかに最大限に改善せよという」特命を受けた自分が、難しい局面に立たされるであろうことを直感しました。

 あまり驚いた表情を見せないカルロスに、フィリップのほうが当惑しました。

 「カルロス、何か思い当たることでも。」

 「いや、それにしても大胆な男だな、キプロス王というのは。敵陣自ら出向くとは。」

 「ここは教会であって、戦地ではないよ、カルロス」

 「しかし敵の本拠地に堂々と乗り込むとはね。で、何を強要されたんだ?」

 「法王からの破門宣告を」

 「何だって?」

 「神聖ローマ帝国に破門宣告を出すという警告を出せというのだ。」

 「どういう理由で?」

 「異教徒であるキプロスと錫の取引契約を交わすならば、破門宣告を出せと。キプロスとしてはヴェネツィア商人とは取引したいが、神聖ローマ帝国との直接取引は、スルタンに対して申し開きができないようなのだ。」

 「では、キプロスが取引を断ればいいだけの話だ。何故わざわざヴァティカンを巻き込むんだ?」

 「それが、よくわからない。錫は売りたいが、ヴェネツィアを経由して売りたいらしい。」「ではジェロームとリッカルドが何か合意しているんじゃないか。何しろ、キプロス王はヴェネツィア帝国の養女と婚約しているという事実もある。」

 「それが、妙なのだ。昨晩のマリアンヌの話では、キプロス王の訪問は、リッカルドは知らないことらしい。」

 「まさか、マリアンヌが何の後ろ盾もなくキプロス王と知り合い、行動をともにするなんてあり得ないだろう。」

 「ジェロームという名からわかるように、彼はもとはジェノヴァ人だそうだ。しかもマリアンヌが彼の命の恩人だと、本人がそう言ったのだ。」

「そう、現キプロス王が改宗イスラム教徒というのは有名な話だが、しかし、ジェノヴァ人だったのか。 一体どうしてマリアンヌと・・・。あ!そうか。」

 「何か知っているのか?」

 「昔、もう十年近く前の話になるが、宰相に頼まれてマリアンヌとジェノヴァに行ったことがある。法王がジェノヴァに接近していたころの話だ。あのときにきっと出会ったんだな。私は暗殺未遂事件の捜索でずっと宿を不在にしていた。一体どこで、ジェロームと。いや、それより、破門宣告を出す必要などあるのか?」

 「表向きは異教徒との交易には破門だが、そんなことを言い出したら、サンマルコ共和国は元首以下、全員とっくに破門されている。」

 「では、出さなくてもいいではないか。」

 「そこが、問題なのだ。私がこの要請を受け入れなかったら、私が、また親族のみならず、もっとも信用すべき人からの援護を失う、とジェロームは言うのだ。そのダメージは相当大きいと。リッカルドのことを指しているのだろうか。しかしそれならば、なぜ、今回のジェローム王の訪問自体リッカルドは知らないのかが、理解できない。」

 「それでは、皇帝か宰相のことを指しているのか?」

 「一番相談したかったことは、そこなんだ、カルロス。私はずっと宰相に騙されていたようなのだ。その宰相を呼び出せという要求も、ジェローム王から受けたのだ。」


 フィリップは、昨晩ジェロームから聞いた話、宰相による印璽偽造の計略、錫の取引密約の話をカルロスに詳しく話をしました。そして幽閉の黒幕が宰相の部下フォーフェンバッハで、彼に自分は洗脳されていたらしい、と。


 「ジェローム王は、皇帝陛下に偽造印璽をお渡しすると言っていたのか。はったりかもしれないが、確かにそんな脅しをかけられたら宰相はいやでもジェローム王を無視することはできないだろうな。」

 「フォーフェンバッハではなく、直接宰相に会いたいそうだ。」

 「確かに彼は今、宰相からの信頼が揺らいでいるらしい。ただ、さすがの宰相も高齢のせいか先日落馬されて、療養中の身だ。命に別条はないが、長旅は無理だろうな。今すぐ国を離れるわけにも。」

 「しかしジェローム王は待ってはくれないだろう。宰相への警告の場に自ら同席すると言っている。宰相ご自身か、宰相と同等の権限をもつ人間でないと納得しないだろう。」

 「ジェローム王としては宰相と交渉はするが、交渉相手がフォーフェンバッハでは信用できないというようだな。それならば、宰相が彼より信頼している人間であればどうだろう。」


 宰相が今一番信頼している人間に全く見当がつかないフィリップには、こう答えるしかありません。

「カルロス、今まで不義理をしてきた私が頼めることではないかもしれないが、私が信頼できる相手は君しかいない。交渉の人選は君に任せる。この宰相あての手紙は、秘書官のフォーフェンバッハには知られず、直接宰相殿の届けてくれないか。」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ