遠くにあった火種
第40章
まだ宰相の息子ロバートが幼い頃、宰相の従者で頭角を現していた人物が二人いました。うち一人が若き日のカルロス・フォーフェンバッハ。しかし彼はいつも二番手に甘んじていたのです。もう一人の従者、ヨハン・ベーゼンドルファーより宰相の信任を得ることがどうしてもできず、ずっと悔しい思いをしていました。
そこである日、カルロス・フォーフェンバッハは、同僚のヨハンを陥れようと、恐ろしい計画を立てたのです。
宰相の妻が二度目のお産のためにザルツブルグの実家の城に戻っていたとき、ヨハンが宰相の妻との関係に何かあると宰相に囁きました。普段はそんな讒言を聞く宰相ではありませんでしたが、ヨハンに出産のため里帰りする妻の警護を依頼したとき、自分はそれより宰相殿の安全を守りたいと存じますが、と躊躇されたことを変に感じていたので、つい気になってしまったのでした。
「わたくしが内密に調べてまいります」というカルロス・フォーフェンバッハの忠義面した提案にのってしまったのです。
一方でフォーフェンバッハは、宰相の妻の警護に同行していたヨハンに、いかにも親友のふりをして、こうささやきました。
「宰相があなたに、奥方との不義密通の疑いをかけている、あなたと宰相殿の奥方に対し、刺客が送り込まれているから、とりあえず身を隠して、あとで申し開きをしたほうがよい」と。
「ザルツブルグ大司教に話をしましたから、まずはそこへ逃げてください」
二人が信じて逃亡途中に、心中したかのように偽装して殺したのが、フォーフェンバッハだったのです。
その殺害の様子を、月明かりの中で偶然見てしまったのが幼いロバートでした。夜中の凶行だったので、夜半に目を覚ましたロバートが、物陰から声を立てられずに見てしまったことは、フォーフェンバッハは知らなかったのです。ベッドにいないロバートを探していた乳母が、大司教の狩りの館の湖畔でロバートを見つけたときは、気を失って倒れていました。ロバートはあまりのショックで自己防衛本能から、この前後の記憶を失い、無気力な少年になってしまったのです。
このときヨハンは殺せても、宰相の妻は殺しきれず、フォーフェンバッハは、宰相には内密に、フィリップを一時幽閉したフォーフェンバッハ所有の城に幽閉したのでした。




