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会談のあと

第39章

 夕闇迫る頃になって、マリアンヌはジェロームとともにフィリップの私室を後にしました。

しっかりとローマでの開業の許可書も入手したマリアンヌは、図らずも、ジャロームの言葉で、もうひとつの目的であるリッカルドへの情報、フィリップの変心の原因となった宰相の陰謀を知ることができ、もうジェロームと行動を共にする必要はなくなっていましたが、会談中のジェロームの発言が、どうしても気になっていたのでした。


 外階段につながる人気の無い回廊まで出たところでマリアンヌは訪ねました。

 「内密にフィリップと会いたいという意図は、こういうことだったのね、ジェローム。でも、もしフィリップが密約を受け入れなかったら、どうするつもりだったの?」


 回廊の中庭まできたところで従者の服装に戻っていたせいか、つい気軽な口調で話しかけたマリアンヌに、ジェロームも気安い態度で応えました。

 「ふふ、気になりましたか? 私の最後の脅し文句の意味が。私がフィリップ殿に関するどんな秘密を握っているのか、知りたいのでしょう? 今回のお礼に教えてあげてもいいが、そもそもあなたがまいた種ですよ、マリアンヌ。」

 「え?」


 思わず立ち止まってしまったマリアンヌの頬を、一目で元船乗りとわかる日に焼けた大きな両手で包んで、ジェロームは親愛とも脅しともとれるような、極上の微笑みを浮かべたのでした。

 「どれだけの人間の立場をややこしくさせたら気が済むのです? 秘書官長のフィリップ殿とヴェネツィア元首のリッカルド殿と、そしてキプロス王である私と」


 そう言われた瞬間、マリアンヌは、彼にこのまま首を絞められて殺されるかもしれない、と観念しました。彼は、ジュリエットの出生の秘密を掴んでいるのだと悟ったのです。目をつむり、何も言わないマリアンヌに接吻をし、「明日の朝、宿に来てくれ」と言いながら、黄昏のなかジェロームは去っていきました。


 その二人の逢い引きのような姿を回廊の柱の蔭からじっと見ていた者がいました。

 「マリアンヌ、なぜここにいるのか? そしてあの男は、一体誰だ?」

 帝国の駐ヴァティカン大使にもとに、皇帝の密命を受けて面会にきていたカルロスは、マリアンヌに問い詰めようとしましたが、自分が内密の指令で来たことを思い出し、大使の部屋に急いだのでした。

 「あんな表情のマリアンヌは見たことがない。。。」


 衝撃の会談の後、一人自室に閉じこもったフィリップは、下僕が運んできた夕食も手をつけず下げさせ、じっと考え込んでいました。しばらしてペンを執ると、夜半過ぎまで手紙を書き続けました。

 長い手紙を2通と、要件を簡潔にまとめたものを1通。そしてほんのしばらくの間、目を開けたまま横になったあと、夜明け前の朝課に向かうときに僕に早馬で3通の手紙を出すようにと指示したのでした。


 もう一人、その夜をほとんど眠らずに過ごしたマリアンヌもまた、一人考えにふけっていました。ローマでの開業許可を得たものの、ジュリエットの秘密がジェロームの耳に入ったという事実にどう対処しようかと考え抜いた結果、ローマでの開業準備は延期し、またマリアエレナの体調が心配だったので、まずマリナエレナところに戻り、フィリップとの会談の内容を伝え、治療をしようと考えました。その前にフィリップの変心の原因を説明する長い手紙をリッカルドにしたためたあと、眠らずに朝早く、ジェロームがお忍びで滞在中の宿へ向かったのでした。


 しかし、そこでマリアンヌは、大変な頼みごとをジェロームから依頼されたのです。彼女が決して断れない頼みごとを。


 リッカルドからの連絡よりも早く、ジャンカルロはフィリップからの手紙を受け取りました。そこにはジャンカルロの予想通りの内容しか書かれていませんでしたが、ジャンカルロにとっては、書かれていない情報のほうが重要だったのです。

 フィリップがジュリエットの出生の秘密を知ってしまったかどうか。生来、人に隠し事などできないフィリップのこと、重要なことを知ってしまったら、必ず文面に現れるはずだとジャンカルロは考えていましたが、その手紙から、まだフィリップは知らないと判断したのです。


 「どう思う?ソフィー。フィリップとマリアエレナ、それにカルロスに、今、母の遺言を手紙で知らせるべきだろうか?」

 いつもの習慣で、正餐の後、フィリップからの手紙を読み聞かせた後、ジャンカルロは尋ねました。


 「わたくし、はじめからフィリップ殿は真実をご存じないほうがよいとしか思えませんの。せっかく、私たちの声に耳を傾けてくれるようになったのに、またきっとリッカルド殿との関係がおかしくなりますわ。それだけでなく、純粋なお方ですから、知ってしまったら自分の行為を悔いて、隠遁生活を始めてしまうのではと心配になります。今なら、宰相殿たちが何を言ってきても、逆に疑ってかかるのではないでしょうか?」

 「しかし証拠は彼らが握っている。私が母エレノアの遺言を同封してしまったのだから。」

 「偽造されたと言い張るしかないかもしれません。いつの日か取り返すことができればよいのだけれど。」

 「リッカルド殿と口裏を合わせる必要があるな。」

 「それにマリアエレナ殿にも、今はお知らせしないほうが。」

 「なぜだい?」

 「二度目の御産のあと、ずっと体調がすぐれないご様子なので。何しろ双子を御産み遊ばされたのですから、体力の消耗もかなりのものですわ。長子のアラン殿は、乳母まかせにせず御育てになられていたのに、双子の養育は、ほとんどできない状態のまま、あの古傷が、また痛みだしているとか。カルロス殿もすっかり動揺されていらっしゃるようですし。せめて、もっと温かくなってもう少し回復されてからのほうがよいかと存じます。」

 「二度目の妊娠のあとも,あんなことになってしまったしな。」

 「おかわいそうなマリアエレナ様。カルロス殿がもっとおそばにいらっしゃったら・・・。」


 いまや一族の秘密をすべて知っているのは自分一人となったジャンカルロは、考えます。まずは、リッカルドと打ち合わせなければ。しかし元首の身の上で、そうそう外出はできないだろう。どうにかして、自分がヴェネツィアに正式な特使として、赴くことはできないだろうか。

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