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ジェロームの意図

第36章

 宰相は、懐刀であるフォーフェンバッハからの連絡を受け、今こそすべてのキャスティングボードは自分が握っていると確信していました。

 彼が岩塩の次に狙っていたもの、それは大砲の大量鋳造でした。イタリア半島に進軍した際、籠城戦の際の野戦砲の威力に少なからず衝撃を受けていたのです。予想以上に、大砲の攻撃に手こずり、これからの戦役には、大砲が主役となる時代になる、そう確信したのでした。大砲鋳造には原料となる青銅、つまり銅と錫が大量に必要でした。ローマ帝国時代から、キプロス島は、この錫を含んだ銅の産地として有名で、ひそかにキプロス王のもとに、取引の交渉役として密偵を派遣していたのです。


 キプロスは今やイスラム国家であり、表向きは神聖ローマ帝国が交易できる相手ではなかったのですが、ヴェネツィアやジェノヴァといった商人たちに経由せず内密に直接取引する方法を探していたのでした。そんな矢先に、時期法王と目されている秘書官長の娘が、サンマルコ共和国の養女という身分で、キプロス王と婚約関係にあるという情報は、イスラム教国と交易すれば破門をちらつかせるであろう法王の動きを抑止し、イスラムとの交易を独占しようとしているヴェネツィアの動きを牽制し、こちらの意を通すための有効な交渉の手段として使えると考えていたのです。


 数年前から宰相は軍部を味方につけ、大砲鋳造の計画を自ら皇帝に進言していたものの、キプロス王との銅の大量取引交渉は、思ったようには進んでいなかったことに焦りを感じていたのです。何度交渉の場を用意しても「それは明日また考えましょう」というキプロス王の態度に、さすがの宰相も業を煮やしはじめていました。


 キプロス王の態度には、わけがあったのです。


 宰相にあいまいな態度を繰り返す一方で、ジェロームとマリアンヌの間には、あのクリームの大量注文以降、お互いの消息のやりとりがあったのですが、ジェロームがジュリエットと婚約してしばらくすると、突然ジェロームから、マリアンヌに脅迫に近い依頼が届いたのでした。


『ヴァティカンのフィリップ殿に会いたい。ただ内密に。特に神聖ローマ帝国宰相およびカルロス・フォーフェンバッハ殿には内密に。彼らはフィリップ殿のことをよく知っている。フィリップ殿以上に。つまり、わが婚約者ジュリエットの出生のことも。私はあることと引き換えに、そのことを宰相から知った。ただ、私がフィリップ殿と話し合いたいのは、そのことではない。

過去のことではない、現在のこと、そして来るべき未来についてだ。内密の会見の準備をしてほしい。ジュリエットのために。』


 マリアンヌは突然の変化に一瞬とまどったものの、今まで自分との友好的な、色気すらある通信を続けていた本当の理由はこれだっかたのか、と察したのでのでした。どうやってジェロームの意向を秘密裏にフィリップに伝えるべきか、悩んでいたとき、幸いなことにまたリッカルドから、ヴァティカン潜入の依頼を受けました。


 「元首殿、じきじきの召喚とは、また内密なお仕事のご依頼でしょうか?」

元首殿とよびかけたものの、長年の付き合いと、下僕を下がらせた元首の私室での階段だったこともあり、マリアンヌはいつもの調整でリッカルドに話し続けました。

 「召喚、ね。裁判でもあるまいし。まあ、突然強制的に呼びつけて申し訳なかった。実はフィリップについての重要な情報を宰相がつかんだらしく、帝国内で怪しい動きがあるようだ。フィリップの誤解を何としても解きたい。宰相がどうフィリップを使おうとしているのかが見えない。彼の身の上に危険すら感じる。」


 フィリップについての重要な情報? よもやジュリエットの出生の秘密かと一瞬ひやりとしたマリアンヌでしたが、なんとか心の動揺をおさえ、いつもに調子でリッカルドと交渉することにしました。

 「リッカルド殿、提案があるのだけど。私があなたに頼みこんで、面会をセッティングしてもらったというストーリーでいかないこと?私が、フィリップに借りを返しにもらうためにやってきたということで。」

 「借りを返す?」

 「そう。エレノア殿のこと。もう5年も前のこととはいえ、フィリップは私には足を向けて眠れないはずよ。その恩義にかこつけて、私の商品を扱うお店をローマで出店する許可が欲しい、と頼むの。ね、いかにも私らしいでしょ。」

 「実際、欲しいのでしょう?」

 「そりゃね。」

 「こちらとしては、フィリップ殿に、幽閉の黒幕は宰相殿とわからせたいのだが、我々との交流を拒否してもう5年になる。それ以上に、宰相殿がなぜフィリップ殿をここまで取り込もうとしたのか、その目的を何とか知りたい。探り出せないだろうか?」

 「難しい注文ね。私の専門は治療よ。諜報活動ではないわ。少し時間がかかるかもしれないけど、さぐってみるわ。」

 「は、何をいまさら。以前ヴァティカンで聾唖の女を演じたことはお忘れかな? いずれにせよ会見の手筈はこちらで整えよう。」


ここでマリアンヌはふと思いついたような演技で、ひとつお願いをしたのです。


 「そう、もしできたら、一人従者を連れていっていいかしら? フィリップに商売目的と信じてもらえるよう、私の助手を連れていきたいの。」

 「ああ、構わないが。助手などいたのか?」

 「用心棒がわりでもあるわ。ローマはあの皇帝軍の混乱のあと、ひどく物騒になったし。」



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