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幕間

第26章

 フィリップがヴァティカンに戻ってすぐ、周りの雰囲気が変わっていることに気がつきました。法王も表向きは、今迄と同じようにフィリップの苦労をねぎらう言葉をかけてはいたのですが、フィリップのいないところで、カルロスの職務を年内まで引き伸ばすという当初の予定を宰相に交渉できなかったことに、非難する様子を見かけたのです。

 また、法王が就任して間もない頃は、フィリップは枢機卿団の中でも、最も信頼された一人だったのですが、最近では、私的な、それだけに重要な会議などには全く呼ばれなくなってしまいました。カルロスも帰国してしまった今、孤立無援で、とても微妙な立場に追い込まれていることを痛感していたフィリップは、しばらく前から状況判断を誤ってばかりいたのです。どうやら勘の鋭さは、リッカルドが見抜いていたように弟ジャンカルロのほうが上だったのでしょう。

 ジャンカルロからの手紙で、フィリップはやっと自分の誤りに気がついたのでした。

-親愛なる兄上

 おそらくリッカルド殿もカルロス殿も兄上に連絡がつけられない状態ですので、この手紙が兄上に重要な通信になると思われます。兄上にお伝えしなければならないことが沢山あり、事情が絡み合っているため、私にも理路整然とお伝えできるかどうか、正直申しまして、自信がないほどなのです。何からお伝えするべきか迷っておりますが、とりあえず、ご心配されていたリッカルド殿の消息をお伝えします。宰相殿のお屋敷にお出でになり、長い間の留守を詫びられたそうです。これは、マリアンヌ殿から直接私が伺った確かな情報ですが、ただ、兄上がこの手紙をお受け取りになられる頃には、帝国領内にはおられません。すでにヴェネツィアに帰国されているものと存じます。以下マリアンヌ殿からの伝聞ですが、皇帝陛下にも宰相殿にも内密に、ザルツブルグの向かい、岩塩の流通の状況を確かめてきたそうです。実は、皇帝陛下が私に同行命令が下そうとしたとき、リッカルド殿は私から状況を聞きだすつもりでいらしたのが、私が兄上からの連絡を受け、ソフィーの容態を理由にお断りしてしまったために、自ら出向くしかなかったと。しかし立場上、皇帝に同行はできないので、隠密行動をとったとのことでした。ザルツブルグ潜伏中は、昔から交流のある大司教殿の屋敷に滞在されていたそうですが、兄上がいらっしゃっていることを知り、一度大司教殿のはからいで、内密に一緒に食事する機会をご用意いただいたそうです。しかし兄上がご招待をお断りになったとのこと。リッカルド殿は、兄上のことを「法王庁にいる枢機卿団のなかでも、最も信頼できる人間だ。知己になっておいて損はない。」と、大司教殿にお話されていたそうなのですが、兄上がご招待をにべもなくお断りになってしまったため、不信感を抱いてしまわれたようです。大司教殿は、岩塩の採掘権の半分を持つ方だそうで、皇帝陛下ですら、丁寧に遇されているようですから、どうか今後は兄上も十分お気をつけください。-


 ヴァティカン内では、完全にカルロスとフィリップは、本流から外れたメンバーとなってしまっていました。最近では、法王はジェノヴァ出身の枢機卿たちと頻繁に、内密の昼食会をとっているようでした。そして、メディチ家への借金の返済が完了すると、後任者未定のまま、カルロスは教会軍総司令官の任を解かれました。

 とうとうヴァティカン内で孤立無援の状態になってしまったフィリップに、さらにショックな知らせが届きました。リッカルドが駐神聖ローマ帝国大使を辞任し、本国に戻ったとの情報でした。

 マリアからの、リッカルドの無事を喜ぶ手紙には

-おそらく政府内の特別な任務に着かれることになられるそうです。そのため今後二年間は、内密に会うことも、私的な手紙のやりとりも難しくなってしまうそうですが。-

とあり、追ってリッカルドからも、事情説明の手紙が届きました。


-このたびの皇帝陛下のザルツブルグ訪問で、とりあえず帝国内の塩の流通不足は解決した。もちろん皇帝陛下が南下政策をあきらめたわけではないが、しばらくは動かないだろうと予想する。フィリップ、君もしばらく法王宮内で、おとなしくしていたほうがいいかもしれない。これからしばらくの間、私は元首宮から動けない身になると思うので、ジャンカルロと定期的に情報交換の連絡をとるようにしてほしい。-


 「大事な相談相手であるリッカルドと、しばらく顔を合わせなくてすむなら、そのほうが気が楽だ。そうだ、しばらくおとなしくしているほうが得策かもしれない。」

ここのところの判断ミスの連続に気落ちしていたフィリップは、そんな独り言をつぶやきました。


 実際、このあと数ヶ月の間は、とくに大きな変化もなく、平穏な日々が過ぎていったのです。

春がすぎ夏がおわり、秋風が冷たくなってきたころ、フィリップは、今度は個人的な問題で、大きな決断を下さねばならない局面を迎えるのです。


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