かりそめの平穏
第20章
カルロスの教会軍総司令官の就任は、臨時措置とはいえ、彼本人もフィリップも、そして皇帝も法王も期待したとおりの反応をヴァティカン内に引き起こしました。ナポリのレオナルド枢機卿などは、体調不良を理由に、ローマ郊外の自分の山荘に引きこもり、なにやら味方を集めて緊急会議を開いているようでした。フィレンツェ共和国は冷静にも、「新枢機卿任命の御礼」という名目で、法王を私的な晩餐の席に招待し、事情を直接探ろうとします。リッカルドの後任のヴェネツィア大使および、ヴェネツィア出身の枢機卿は、約束どおり、静観の姿勢を示して、特に法王ともカルロスとも親しく交際しようとしませんでした。そのほかの枢機卿は、疑心暗鬼の状態で、じっと様子を伺っているようです。
そのため、フィリップとカルロスは、かえって二人にゆっくり話し合う時間に恵まれました。法王と皇帝の電撃的な“同盟関係”の中枢に、この二人がいることは、誰の目にも明らかだったので、内密に会う必要もなかったのです。
エドモンから受け継いだ、わずかな治安部隊を率いただけの、ナポリ方面の視察から戻ると、早速フィリップがカルロスと会って話をする機会を持ちました。
「いい知らせと、悪い知らせがあるんだ、カルロス、どっちから聞きたいかな。」
「そうだな、じゃあ、悪い知らせからお願いしよう。」
「悪い知らせは、予想できることだな。リッカルドから、昨日手紙が届いた。あいかわらずエドモンの状態が、よくないらしい。母上は、しばらく滞在することになるようだ。」
「ああ、マリア殿は、とても優しい心の持ち主だからな。エレノア殿も滞在する気になったのだろう。本当にマリア殿は人間が出来た、素晴らしい方だ。」
「君がそこまで褒めるなら、少なくとも母上は、エドモンの屋敷で、肩身の狭い思いはしていないのだね。安心した。よい知らせは、ちょっと驚きだ。リッカルドが来週、神聖ローマ帝国駐在のヴェネツィア大使として赴任するそうだ。」
「ほほう、それは願ったり叶ったりだな。もちろんリッカルドが上手く立ち回ったからに違いないが、大変都合が良い。皇帝の動静をリッカルドが伝えてくれれば、何か動きがあったときにすぐ対処できる。」
「カルロス、しばらく、何も大きな動きがないと思うかい?」
「ああ、そうかもな。法王は一安心しているし。今回の事件は穏便に解決したし。」
「君もそう思っているなら、カルロス、私のわがままを許してくれないか。どうしてもエドモンに、父に会いに行きたい。最後になるかもしれない。お願いだ。今のうちに。」
「私の許可より、法王の許可が必要だろう。だが、今彼は上機嫌のはずだ。きっと許してくれるだろう。だが、なるべく早く帰ってきてくれ。何しろ私はここで四面楚歌なんだからな。」
二日後、フィリップは、エドモンのもとに向けて出発しました。わずか1週間ほどの外出許可でしたが、フィリップにはそれで十分のはずでした。しかし、結果的に1ヶ月もの滞在することになったのです。後になってみれば、それはフィリップにとって運命の滞在になってしまったと言えるかもしれません。フィリップはそこで、マリアエレナの時以来の、本当の恋に陥ってしまったのですから。




