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シンデレラ、その後  作者: 境時生
第一部
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兄弟の諍い

第二章

 フランソワの戦死は誤報でした。ヴェネツィアからエルサレムに向かう船の中で病気になり、ヴェネツィアに戻ったものの、すぐに検疫所にとめおかれ、外部と連絡がとれないまま40日間すごし、悪性の疫病を恐れた部下たちはちりぢりとなり、その後、ヴェネツィアのある修道院内の病院に移され、たまたまそこで知り合ったヴェネツィアにいた同郷の商人の一人に見つけ出され、何とか帰国の途についたということだったのです。人生で始めて、外の世界に飛び出した途端、行軍の疲れと検疫所でのひどい扱い、そして病気に苦しんだフランソワは、かつての快活さを、陽気さを失い、猜疑心の強い人間にかわってしまっていました。


 エドモンがエレノアと結婚した理由を、それは父王の遺言だったと、どんなに説明しても、納得しないフランソワ。その晩、フランソワはエレノアと無理やり床をともにします。しかし、戦死の報の前には、あんなにフランソワの帰りを熱望していたエレノアは、そこに愛を感じることができませんでした。

 どんなに説明しても自分の行動をフランソワに信じてもらいないエドモンは、ついに自ら位を兄に返し、エレノアとの結婚の無効を司教に申請することにし、自分は、一傭兵隊長として、国を出ることを決意します。それほど、兄との仲は緊張した状態になっていたのでした。お家騒動ほど、大国に付け入る隙を与える問題はありません。ある晩、エドモンは、自分の本心を押し隠したまま、エレノアに告げたのでした。

 「今、兄に一番必要なのは、あなたの心からの愛だ。」

本心とは違うエドモンの言葉に、エレノアはこのときはじめて、自分が今ほんとうに愛しているのはエドモンだと気がつきます。


 実は、帰国の前から二人の仲を疑いはじめていたフランソワは、二人一緒の様子を見るだけで嫉妬に苦しみはじめていました。エドモンが国を出ると聞き、

 「これで弟を殺さないで済む」

とまで思っていたフランソワ。エドモンが国を後にしてからは、フランソワも落ち着いたのか、以前のようにエレノアに優しい態度を示すようになりました。しかし心は満たされないエレノア。フランソワに申し訳ないと思いつつ、朝起きても、フランソワと食事をとっていても、教会で祈っているときでも、考えることはエドモンのことばかり。そんなある日、エレノアは自分が妊娠したことに気がつきました。


 フランソワはエレノア妊娠の報せに大喜びし、エレノアが喜ぶことなら何でもしようと、安産に効果があるといわれる薬をヴェネツィアから取り寄せたり、知り合いの聖職者を通じて、大司教じきじきに出産の無事を祈ってもらおうとしたり、以前のフランソワらしい振る舞いを見せ始めていたのでした。

 そんなある日のこと。フランソワはエレノアの安産のお守りとして、内緒で手に入れた高価な珊瑚のネックレスをプレゼントして喜ばせようと、エレノアの自室にこっそり入りました。そこで、ライティングビューローの上に、エドモンからエレノアに届いた手紙を見つけてしまったのです。そこに祈祷室から戻ってきたエレノアが入ってきました。嫉妬にかられ、手紙の内容を自分の面前で読めとエレノアに命令するフランソワ。その手紙の内容は、司教がやっと離婚を認めたが、それにはあなたの宣誓が必要だから、早急に司教のもとに行ってほしいという連絡に過ぎなかったのですが、また不義の疑惑に苦しみはじめたフランソワは、自分で理不尽だとわかっているにもかかわらず、心の動揺がおさえられず、きっと別の手紙が同封されていたのだとエレノアを責めはじめたのです。エレノアの弁明を一切聞き入れないフランソワ。理不尽なことはわかっていながら、責めた自分が嫌になり、酒におぼれはじめてしまいました。

 「世継ぎさえできれば、フランソワもきっと安心して落ち着いてくれる、以前の優しい彼に戻ってくれるはず」

という期待だけを頼りに、エレノアはフランソワからの連日の詰問に耐え、その年の瀬に、無事出産しますが、生まれてきたのは女の子でした。あからさまに落胆の態度を見せるフランソワ。そして酔っていた勢いで

 「おまえは役立たずだ」

と吐き捨てて、赤ん坊の顔も見ずに、フランソワが部屋を出て行ってしまいました。

 ところが、その直後、産婆が気つきます。

「もう一人、まだ赤ん坊がお腹の中に!」

エレノアは、続いて男の子を出産しました。二卵性双生児だったのです。

 本当に愛せなくても、傷ついた夫のために優しい態度をとろうと努力してきたエレノアも、手紙の事件と、このときの夫の暴言に、もはや同情心すら失い、必要最低限のこと以外はフランソワと口をきくことすら避けるようになってしまったのでした。


 双子の男の子はフィリップ、女の子はマリアエレナと名づけられ、エレノアは乳母任せにせず、手元で大事に育てました。しかし、フランソワは、ふと本当にこれが自分の子かと思ってしまって以来、その疑いが頭から離れません。子どもが一歳、二歳と大きくなるにつれ、フィリップは母親似だが、マリアエレナは面差しがエドモンに似てきているという思い込みが、頭から離れなくなってしまったのです。


 ある日、エドモンが最終的な離婚証明書の署名のために、3年ぶりで城を訪れることになりました。その手続きのためにエレノアとエドモンは二人で、司教館に赴きます。あくまで必要な事務手続きとわかっていたフランソワは、ここで取り乱しては、本当にエレノアの愛を失ってしまうと、心を鬼にして、何とか冷静な態度で二人が司教館に行くことを許します。しかし二人が不在のすきに、マリアエレナが、エドモンからエレノアにあてた例の手紙をどこからか見つけ、それを手にとって遊んでいる姿を目にして、激昂したのです。フランソワは、娘のマリアエレナが、自分の父親を本能で気がついているのだと思い込み、その手紙を捨てていなかったエレノアの気持ちに理性を失ってしまったのでした。

 「何を持っているんだ、そんなに自分の父親が恋しいのか!」

 突発的な怒りのあまり、まだ幼いマリアエレナの小さな手から、無理やり手紙を奪いとったフランソワ。その行動に驚いたマリアエレナは、火がついたように泣き出しました。

 「うるさい!黙れ!黙らないか!」

 マリアエレナの激しい泣き声に苛立ったフランソワは、完全に理性を失い、まだ年端もいかない娘を刺してしまったのです。司教館から戻ってきたエレノアとエドモンの目に飛び込んできたのは、肩から血を流してぐったりするマリアエレナを抱いて、ただ呆然としているフランソワの姿でした。


 「あの人から取り上げて!あの子を助けて」

エレノアの絶叫に、エドモンは、フランソワから虫の息のマリアエレナを取り上げ、エレノアとともに城から連れ出し、迷わず城外に住む薬草に詳しい、ある老女の元に連れて行ったのでした。マリアエレナを治療してもらうために。傭兵隊長であった彼は、野戦の際、剣で重症を負ったときに、何度も、その老女の治療を受けた経験があったからでした。馬を飛ばして、すぐに老女の庵まで行ったのですが、しかし、その薬草に詳しい老女は、マリアエレナの傷口を一目見るなり、マリアエレナの傷は深く、薬草が足りないから、残念だがこれでは助からない、つぶやきます。そのとき、とある貴人の使いとかで、たまたまその場に薬を取りにきていた少年が叫びました。

 「ぼくが、その薬草を探してきます。待っていてください!」

少年が飛び出すのと入れ替わりに、エレノアがエドモンの部下とともにやってきました。真っ赤な血でぐったりした娘の姿に、助からなかったと思ったエレノアは半狂乱になり、フランソワを殺してやると叫び続けます。エドモンはそのエレノアを抱いてなだめるしかありませんでした。


 幸いなことに薬草使いの老婆の必死の手当と少年が急いで集めてきた薬草のおかげで意識を取り戻し、マリアエレナは一命を取り留めることができました。礼をしたいと言うエドモンに対し、少年は、

「私がここに来たことは、秘密にしてください。ぼくが誰だか聞かないでください。お願いします。それより神に感謝してください」

といい、出て行ってしまいました。その姿にエドモンは、法王派でありながら、地元では魔女扱いされている老女を信用していることを明らかにされたくない、どこかの領主の小姓なのではないかと思いましたが、とにかく、老女の懸命な治療により、三日三晩ほとんど寝ずのエレノアの看護で、マリアエレナは意識を取り戻したのでした。。駆け込んだからそのままこの家に泊まり込んでいたエレノアは、もうフランソワの城には帰るつもりはありません。

 「子どもを殺すような人の傍には戻りません」

ときっぱり宣言し、それも致し方ないと感じたエドモンは、とりあえずエレノアとマリアエレナを老女の庵にあずけ、一人、身の危険も顧みず、マリアエレナの回復を告げに、フランソワのもとに赴くことにします。


 「娘は無事か?」

 数週間ぶりに顔を合わせたエドモンに、フランソワはまず娘の安否を問いかけました。

そのフランソワの意気消沈した姿に、エドモンは反省のフランソワの悔悟の気持ちを感じます。二度とこんなことはしない、エレノアを幸せにすると殊勝な態度で誓いました。そして、エドモンに心を開き、誇りを捨てて、自分が今苦しい状況にあることをエドモンに訴えたのです。フランソワの後悔の言葉をはじめて聞いたエドモンは、決意します。傭兵隊長の身である自分がエレノアをかくまうに十分な城もなく、満足な生活保障もしてやれない身であることがわかっていただけに、心から詫びているフランソワは許し、エレノアを説得することにしたのです。

 「兄は今、苦しんでいる。法王派と皇帝派の対立はますますひどくなり、この国もいつ、どんな大義名分で大国に侵攻にあうかわからない。街道の補修工事もお金がかかるが、ここ二、三年は不作が続いている。こんなときに、領主一家に騒動が起これば、それこそ大国に踏みにじられてしまう。兄にとって、この子は不義の印のように見えるのであれば、私が養女として手元に引き取ろう。女の子だから兄も異存はないだろう。あなたも兄のもとに戻り、世継ぎとなるフィリップを立派に育ててくれ。」と。


 愛するエドモンの説得と、后になってはじめて目にした城外の暮らしの苦しさに、領主夫人としての責任感が生まれていたエレノアは、エドモンの言葉に従って、城に戻り、魂の抜け殻のようになったフランソワと和解するのでした。そしてつかのまの平安の日々。もうフランソワを愛してはいないけれど、領主夫人としての責任と義務を果たし、フィリップを立派に育てねばと決心するエレノア。このまま平穏無事に過ごせば、表面上だけでも元通りになるかに見えましたが、すでにまかれた運命の種から、三人は逃れることはできなかったのです。


 この事件の前後から、フランソワは、弟エドモンが皇帝の傭兵隊長として活躍していたことで、法王から本当に法王派なのか疑いをもたれはじめており、自分が法王派であることを目に見える行動で示さなければならない状況にありました。エレノアとの関係が落ち着いたあと、フランソワは領内で魔女狩りを行うことにしたのです。裁判にかけられる女性の群れの中に、あのマリアエレナを救ってくれた老女を見つけたエレノアは、勇気を出してフランソワに事情を話し、救ってもらおうと嘆願するのですが、フランソワにとっては法王への態度を優先せざるを得ず、その老女に火刑を宣告したのです。

 その裁判中のこと、老女は恩を仇で返したと、エレノアに呪いをかけました。せっかく関係が改善していたフランソワとエレノアの間に、表面からは見えないけれど、深い亀裂が再び生まれてします。そしてエレノアは、自分がまた妊娠していることに気がついたのでした。


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