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新たな時代へ

第99章

 ふと目覚めると、テーブルの上には雑然と積み上げられた本と紙の束、蓋を開けたままのインク、羽ペンが所狭しと散らかったままでした。

 一番上の紙には、ネックレスの形や装飾のデザインを忠実に描き写した図。こぼしたインクの染みもすっかり乾いています。

 「ああ、眠ってしまったのね。今日は婚礼のミサ。もう支度をしないと」

 ローマ滞在先のマルセイユ商会の賓客用寝室の窓からは遠くに微かな雲がたなびく空が見えたのでした。


 「ジュリオ、そろそろ起きましょう。」

 マリー=ルィーズは隣に寝ているジュリオを優しく揺すると、まだ半分寝ぼけながらも

 「ああ、昨晩もまた遅くまで一緒に話し込んじゃったね。本当に君といると楽しくて、時間があっという間にたってしまうよ。」

 そう答えた後、ジュリオはマリー=ルイーズの瞳をじっと覗きこんで

 「今日の式、このネックレスを着けたまま臨んでくれるよね。」

 と優しく彼女の細く美しい首筋にキスをしたのでした。


*****


  ジュリオとマリー=ルイーズが婚礼の式の朝、同じベッドで目覚めた頃、遠く東の島国では、パオロもまた、ある女性とともに寝台で休んでいました。 

 その女性は夜中に一人目覚めると、パオロにも誰にも気づかれぬようにそっと寝所を抜け出しました。

彼女は夜明け前の静寂の中を歩きながら、心の中で昨晩のパオロとのやりとりを反芻していたのです。


 『パオロ様と出会って半年、昨晩まではこんなことになるとは思っていなかった…。けれど、これからも私が私の立場を守る為には、彼とは今まで通り公の席で、今まで通りのお役目をつつがなくこなさなくては。この世を生き抜くためには、決して御前様を裏切るようなことはしてはならない。謀反を疑われるようなことがあっては…。私の後ろ盾は、今や私自身の才覚しかないのだから…。』


*****


 「シャルル殿、来月のヴェネツィアの薬師院の商談の際、少し私にお時間の余裕をいただけないでしょうか?」

 「珍しいね、セルジュ。何かヴェネツィアで用事でもあるのか?」

 ジュリオとマリー=ルイーズが婚礼に参列した帰る船の中で、セルジュはシャルルに問いかけました。


 「ええ、フォスカリ家の奥方にリュートをお贈りしたいと思っておりまして。」

 「リュート? ああ、そういえば、カテリーナ様は著名なリュ-トの演奏者でもあると言っていたね。」

 「薬師院製のクリームは、想定外に大きな扱い高になりましたし、ほかにもブラーノ島のレースは、他の商会に先駆けて我がリシャール&デュボア商会が取り扱いを初めて、早くも人気商品になりつつあります。あれを紹介してくださったのも、カテリーナ様です。お礼の品として、ぜひ最高級のリュートをお贈りしたいと探していたところ、良い品が見つかりまして。」

 「ああ、あのレースはご婦人方に好評だな。確かに主力商品になる可能性がある。セルジュ、お前は本当にご婦人方が好むものを見つける感覚が鋭いな。」

 「別に、ご婦人方向けの商品を特に探しているわけではありませんが、あのような奢侈品は利益率が高い。しかも腐る物ではないので、取り扱いや在庫管理もしやすい。これからも取り扱い量を増やしても、商会として損はないどころか、効率的なはずです。」

 「いや、すっかり商売人だな、セルジュ。マリー=ルイーズもとても聡かったが、そなたは別の意味で、特別な才能を持っているようだ。」

 「姉上という戦力がベレッツァ・ドゥッティ商会に行ってしまったから、私がリシャール&デュボア商会をもり立てなくては、と思っているんですよ!」

 「はは、お前は相変わらず、調子のいいことを言うな。」


*****

 

 セルジュの言うとおり、ベレッツァ・ドゥッティ商会もリシャール&デュボア商会もその後、貿易での経営は安定していました。

 しかしこの時、時代の波はすでに確実に変化していたのです。それまでの地中海という狭い世界での交易圏から、東方へ、その果ての島国、さらには新大陸にまで広がる大航海時代に突入していたのです。ヴェネツィアが覇権を握っていた時代から、ポルトガルやスペイン、さらには新興国オランダが帆船や大砲で制海権を制圧する時代へと移りつつあったのです。

  パオロはヴェネツィア人でありながら、いち早くその兆候に気づき、ポルトガル王の支援を受けアジアへと旅立っていったのでした。


  パオロが向かった東方の島国は、すでに長い歴史と独自の言語、文字を持ち、西洋とは全く異なる宗教を信仰する文化圏でした。支配層はもちろん、一般庶民の識字率は、当時のヴェネツィアよりも高かったかもしれません。そこでパオロは、ある教養の高い、責任ある仕事で主君を支える、ある女性と巡り会ったのでした。


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