アルフォンソ神父の予知
第97章
「マリー=テレーズがお前に感謝していたよ、セルジュ。思い切ってジュリオ殿に自分の気持ちを打ち明けられたのは、お前が応援して背中をおしてくれたからだと。」
「姉上がそんなことを言っておられたのですか、父上。いや、私は何もしていないも同然ですよ。姉上の話を客観的に聞いても、二人がひかれあっているのは明白でしたから。私こそ姉上に感謝だな。姉上に頼まれてたことがきっかけで、ヴェネツィアで素敵なご婦人と知り合う事が出来ましたからね。」
「あら、セルジュ、それって、フォスカリ家の若奥様のこと?」
「ええ、そうですよ。姉上があれだけ絶賛していたご婦人だから、それなりに期待していましたけれど、想像の斜め上というか、本当に美しくて気品があって、それでいてとても社交的な方で。」
マリー=ルイーズが結婚式の準備で、ドレスの仮縫いに出かけてしまった日の午後、デュボア家の居間で、セルジュは親子三人、水入らずの会話をしていました。
「でも、ちょっと気になるわ。そのジュリオ殿と、カテリーナ・フォスカリ様との関係というのは…もしや…。」
「私は詳しくは聞いていませんよ、母上。でもカテリーナ様は笑顔で、何があったかジュリオ殿から聞いてみては、とおっしゃったので。姉上はジュリオ殿に詳しく話を聞いた上で、ジュリオ殿との結婚を決意されたのでしょうから、問題はないのでしょう。本人同士が納得しているのであれば、これ以上探るのは野暮ではないですか?」
「そうだよ、お前。それにアンドレからもジュリオ殿の誠実な人柄と素晴らしい業績を聞いている。しかもあのキプロスでの戦闘を生き抜いたという胆力の持ち主だ。私たちの大切な娘マリー=ルイーズの婿としてあれほどふさわしい青年はいないのではないかな。」
そこへデュボア家の家令が入ってきて、両親と結婚式についての細かい打ち合わせが始まったので、セルジュは友人と会う約束があるから、と言って外出しました。セルジュの幼なじみから、リュートを演奏できる友人がいると聞いていて、その人物にカテリーナの作品集を見せる約束をしていたのです。
-『できることなら次の商談でヴェネツィアに行く機会のときに、カテリーナ様の前で私がほんの少しでもリュートが弾いてみせたら、面白いだろうな。きっと目を丸くして驚かれることだろう。』―
そんなちょっとしたいたずら心から思いついたことだったのですが、セルジュ自身、自分の気持ちが別の方向に変化することになるとは、このときは全く想像もしていなかったのでした。
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マリー=ルイーズがドレスを準備していたのと同じ頃、ジュリオはシチリアのベレッツァ家の自室で一人、作業に没頭していました。
あの紅珊瑚のネックレスを新たなデザインに作り直していたのです。当主の証として代々ベレッツァ家に受け継がれてきた宝剣にもともと象嵌されていた紅珊瑚、ご先祖のアルフォンソ神父がネックレスにして最愛の女性に贈り、紆余曲折を経て、奇跡的にジュリエット様から自分の手元に戻ってきた宝物。そしてカテリーナへの愛の証としてかつて贈った…。
あの珊瑚のネックレスをマリー=ルイーズのために作り直して新しい命を吹き込むこと、それはジュリオにとって、新たな人生への覚悟を具現化する行為だったのです。ジュリオは艶やかな七宝の装飾はなくし、代わりに真珠をいくつか付け加えて、マリー=ルイーズに似合うような、可憐な印象ながらも品を感じさせるネックレスに仕上げようと考えたのです。
手先が器用なジュリオでしたが、制作作業を続けながら、なんとも不思議な気持ちがわき上がってくるのを抑えられませんでした。
-『やっぱり私はご先祖様のアルフォンソ神父に導かれていたのかな。あのヴァティカンの隠し部屋で見つけた、あの床に刻まれていたメッセージ、“マリー=ルイーズ”。まさかそのメッセージが、私の伴侶となる女性の名前だったとは。』-
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結婚式のために先にローマ入りしたジュリオはまずヴァティカンに特別許可をもらい、花嫁の到着を待っていました。2日遅れてマルセイユからやってきたマリー=ルイーズを連れて、婚礼の前日、ヴァティカンの宝物庫の奥にある隠し部屋に向かったのです。
すでに隠し部屋は取り壊され、中庭のような場所になっていました。昔とは違って、陽が注ぎ、小さな四阿のような建物まで出来ていたのですが、そこでジュリオは出来たばかりのネックレスをマリー=ルイーズの首にかけ、二人はキスを交わしたのです。
このとき二人は、もちろん知りませんでした。
アルフォンソ神父の娘、エレノアに受け継がれた紅珊瑚のネックレスは、エレノアが娘マリアエレナの怪我の治療のお礼として薬草使いのマリアンヌの母に渡したこと。
それをマリアンヌが受け継いだあと、マリアンヌがエレノアの息子フィリップの恋人マリアのお産のときに安産のお守りとして身につけさせたこと。
さらにその時産まれたフィリップの娘ジュリエットの結婚式の前に、マリアンヌがお祝いの品としてジュリエットに贈ったこと。
もしかしたら、アルフォンソ神父だけが、未来に起こることを予知していたのかもしれません。いつの日か、ベレッツァ家当主は、愛するマリー=ルイーズという名の女性と出会い、その首元を、この紅珊瑚のネックレスが飾るという未来を。




