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『マリー=ルイーズ』という名の起源

第96章

 「本当に、決まるときはあっという間に決まるのね。」

 「ルカのときもそうだっただろう?」

 「てっきりジュリオは、まだまだ自由を楽しみたいのだと思っていたわ。」

 「あいつだって、もうとっくに我々の居候していた気楽な学生なんかじゃない。ここ数年でいろんなことを体験したんだ。いい加減身を固めるべきだと自覚していたんだろう。」


 居間で、ベレッツァ家から届いた手紙を読みながら、サルヴァトーレとマルガリータは夕餉のあとのひとときを過ごしていました。

手紙には、ベレッツァ家の当主夫妻からすっかりマリー=ルイーズが気に入られたこと、マリー=ルイーズの父親同伴での表敬訪問だったため、その場ですぐに二人の正式な婚約が結ばれることになったこと、ちょうどデュボア家の親戚筋の司教が枢機卿に任命されたところなので、結婚式はローマであげてはどうかという話が出ていること、などすっかり両家の間で話が盛り上がっている様子が書かれていました。


 「新居はどこに構えるつもりなのかな。マリー=ルイーズ嬢の才能はわが商会にとっても大歓迎だから、しばらくはナポリにいてもらえないか、ジャコモに打診しないとな。」

 「あら、あなたったら、ジュリオよりも彼女に期待しているのね?」

 「はは、そりゃもちろん。お前だってジュリオより優秀だと思っているんじゃないか?」

 「ふふふ。そうね。彼女が来てくれたら、商会の未来は安泰ね。」

 夫婦で半分本気の冗談を交わしながら、マルガリータは自分のいつか永遠の都ローマへ一度行ってみたかったのだけど…と思っていました。


*****


 マリー=ルイーズから、ジュリオとの婚約の報告の手紙を受け取ったアンドレは、一人でゆっくり読もうとパドヴァ大学付属の薬草園へ向かいました。医療施設は大好評で、いつも患者が引きも切らずにやってくるので、食事を取る暇さえないことが多く、ちょっと息抜きできそうな時は薬草園の中にある四阿でやすむのが日課になっていたからです。その日の午後は休診日でもあったので、もし急患が来たら薬草園にいるから知らせてくれ、と学生に頼んで、一人昼食と手紙を抱えて大学を出たのです。


 マリー=ルイーズのたぐいまれな才能を早くから気づいていたアンドレは、彼女の素晴らしさを理解してくれる男性と巡り会えることを願っていたので、心から嬉しく感じつつも、こう呟きました。

 「やはり、本当のことは本人には言わず、この秘密は私が墓場まで持っていくことにするべきだな。」

 

 長女にマリー=ルイーズと名付ける風習。それはデュボア家ではなく、実はアンドレの実家バルビエ家に代々伝わる習わしなのでした。

 アンドレだけが知っている真実、それがマリー=ルイーズの本当の父母が誰かという秘密でした。

 マリー=ルイーズの本当の母は、デュボア家の前当主の妻、家系図上はマリー=ルイーズの祖母とされている女性だったのです。


 マリー=ルイーズの祖母は非常に幼くして20歳以上年上の当時のデュボア家当主と政略結婚させられ、二人の娘を産みました。娘のうち姉はのちにアンドレの妻となり、妹はピエールの妻となります。

 姉妹が無事成長したものの、その後デュボア家には男子継承者が産まれなかったため、姉妹のどちらかに婿養子を迎え、後継者とするところ、当時のデュボア家当主は入り婿にもしものことがあったらと考え、娘姉妹両方に入り婿を迎え、その後、先に男子を産んだ娘の婿に当主の地位を継がせることとし、そういう約束のもとに2組の婚姻が行われました。


 姉妹どちらとも婿を迎えてしばらくしたとき、姉妹の母の妊娠が発覚します。姉妹を産んでから全く妊娠しなかった妻の突然の事態に、高齢のデュボア家当主は、内心妻の不倫を疑いつつも、はっきりと「子どもの父親は誰だ」と妻を問い詰めることが出来ないまま、ある日心臓の発作を引き起こし、そのまま帰らぬ人となってしまいました。

 もし産まれてくる子が男子であれば、将来デュボア家の後継者と主張される可能性もあり、アンドレもシャルルも当惑します。結局腹に宿した子どもの父親が誰かも言わず、姉妹の母は女の子を出産しました。その女の子がマリー=ルイーズだったのです。

 そして産後の肥立ちが悪く、女の子を産んだあと、夫の後を追うようにして、当主の妻も亡くなってしまいました。

 

 アンドレとその妻、シャルルとその妻の四人は身内で相談した結果、産まれた女の子は、先に結婚したシャルルとその妻の子ということにして育てよう、ということになったのです。このとき、デュボア家の後継者もピエールということで話し合いがついたのですが、産まれた娘の名前をつけるにあたって、「マリー=ルイーズ」という名前を推したのが、アンドレでした。


 実は4人の話し合いの場で、アンドレだけが産まれた女の子の父親が誰かを知っていたのです。


アンドレには15歳以上歳の離れた兄がおり、実はアンドレの結婚式で出会った二人の間に秘密の恋が燃え上がってしまっていたことに、アンドレは気づいてしまっていたのでした。

 しかしすでにバルビエ家の当主として妻帯者であったアンドレの兄は産まれてくる娘の認知などできるはずもなく、密やかな恋は終わりを告げたのですが、どこかにバルビエ家の血筋を受けた者という印を残したかったのか、弟であるアンドレにバルビエ家の習わしに従って「産まれた娘には私にとっては長女。だからマリー=ルイーズという名をつけてあげて欲しい」と頼んできたのです。

 

 そして、このときはじめてアンドレは、以下のようなバルビエ家のこの習わしの起源の言い伝えを兄から聞きました。


*****


 バルビエ家はもともとトゥールーズに地盤をもつ小領主の当主だったが、何代も前の当主がカタリ派の考えに傾倒し、いつの間にかカタリ派のリーダーのような存在になっていた。しかしカトリック教会から大規模な迫害を受け、その勢力が大幅に激減し、一時は家族と一部の献身的な仲間を連れて諸国を放浪するまで零落してしまった。その放浪の旅の途中でカタリ派のリーダーであるバルビエ家当主が大きな怪我をしてしまったが、滞在した宿でたまたま行き会わせた外科医の卵の青年に治療してもらい、一命を取り留めた。この青年とバルビエ家当主の長女が恋に落ち、のちに子どもを産んだ。青年は外科医の道を諦め、修道士に転身しようとしていたところだったため、正式な結婚はできなかったものの、長女とその娘の生活を保障し、その後司教にまで出世した彼は、娘の嫁ぎ先まで差配してくれたのだという。


 この修道士に転身した青年に無償で命を救われたこと、そして娘と産まれた子の生活保障をしてくれた恩義に感銘を受けて、バルビエ家の当主はこの若き修道士の説得を受け入れてトゥールーズ大司教に謝罪とともに保護を求めたところ、バルビエ家は今までの行為を許され、また昔の権威を取り戻したと。


 この青年との間に女の子をもうけた、バルビエ家当主の長女の名前が「マリー=ルイーズ」で、このとき以来、最も神聖で慈愛に満ちた聖母マリアと、名誉ある戦士を意味するルイーズという、高貴で気高い複合名が、代々バルビエ家の長女に名付けられることになったのだという。


*****


 そんなことを思い出しながら、アンドレは、マリー=ルイーズが歴史ある家柄の立派な青年に望まれて正式な婚約が結ばれたことに、ひとり薬草園のベンチに座って感慨の思いに浸っていたのでした。


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