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穏やかな別れ

第83章

 いよいよ明後日にはシチリア行きの船に乗ることになったジュリオは、最後の別れの挨拶をしにフォスカリ家にやってきました。

 型どおりの挨拶をファビオと交わしたあと、マリアグラツィアが意外な願いをしたのです。

「少しカテリーナと話していただけますかしら? あなたにどうしても確かめたいことがあるのですって。パオロのことで。中庭で待っていますわ。」


 ジュリオが中庭に近づくにつれ、リュートの音が聞こえてきました。

 「なるほど、作曲活動を再開されているようですね。子育ても順調のようですし、感心感心。私もこれで安心してシチリアに戻れます。」

 とちょっとからかうような陽気な口調で四阿のベンチに座って演奏しているカテリーナに声をかけました。


 「ええ、私のことをお世話してくれた乳母が手伝ってくれているの。とても心強いわ。おかげでリュートを手にする余裕も出てきて、それは嬉しいのだけれど、だからこそ、いろいろ考えてしまって…。」

 「パオロのことだね。なぜ君と子ども置いて、遠くに行ってしまったのかと。」

 こくんとうなずくカテリーナ。

 「パオロからの手紙に、キプロスからの帰国の船の中で、あなたと話したときから考えていたことだった、と書かれてあったの。そのときの会話を教えてくださらないかしら? 彼は婿養子としての立場上、私に本心を、弱音を吐けなかったのかもしれない。もしかして私が原因で彼をここまで追いつけてしまったのかもしれない…。」

 泣き出しそうなカテリーナの表情をみて、ジュリオは彼女の気持ちを引き立たせようと

わざと軽口をたたきました。


 「カテリーナ、ちょっと酷くないですか? 私はあなたにフラれた男ですよ。恋敵の味方になるようなことはしたくないなぁ。とはいえ、パオロとは唯一無二の戦友だしなぁ。そうかそうか、彼は妻よりも、私に本音を話してくれていたのか。つまり私はカテリーナに勝ったというわけだ」

 「ちょっと! ジュリオったら、そんなこと言うなんて、酷いわ!」

兄弟ケンカのようにジュリオをぱんぱんと叩くカテリーナに

 「ごめんごめん、冗談だよ。パオロは君を心配させたくなくて、傷つけたくなくて、ずっと悩んでいたのだと思うよ。」

 と慰め、帰国の船内でのパオロとの会話をかいつまんで話したのでした。



 「知らなかった…。どうして? パオロは命をかけてキプロスを守ったのに、共和国政府からそんな扱いを受けていたの?」

 「私もパオロからキプロスの初代総督になるという話も反故にされたと聞かされたときは驚いたよ。確かに強制送還されたような感じだった。共和国政府の上層部は彼に対して何で突然、あんな態度をとったのか分からないが、きっと何か誤解があったのだろうと思っていた。あのときの『必死に敵と戦ったあとに、味方のだまし討ちにあったような気分』というパオロの言葉は忘れられない。」


 「彼がそんなに傷ついていたなんて、わからなかったわ。普段から私に遠慮している感じがあって、あまり自分の気持ちを率直にぶつけてくれることがなくて…。あなたの方が、彼の理解者だったのかもしれないわね…。」

 「あのときは身重の君を心配させたくなくて、話せなかったんだと思うよ。」

 「ええ、手紙にもそう書かれていたわ。」


 ジュリオはパオロから聞いていた『新天地で人生をやり直したいんだ。もう今までしがらみからは解放されたい』という本音については、黙っていることにしました。それは彼が自分にだけ漏らした悲痛な叫びであり、カテリーナには知られたくないことだと察していたからです。

 「パオロは真面目で責任感の強い男だと思う。今まではバルバリーゴ家への恩返しと亡き実母との約束で、命をかけて国に、バルバリーゴ家への忠誠を果たしてきた。

今度は君とフォスカリ家のために、尽くそうとしているのだと思う。」

「でも、“万が一のことがあったら、妻カテリーナは、本人が望む相手と躊躇なく再婚し幸せになってくれることを衷心より望む”なんて…。」

「いや、それこそ彼らしいフォスカリ家への深謀遠慮じゃないか? 縁起でもないことだが、もしも何かの事情でパオロの帰国がかなわないだけでなく、アダムの身に何かあった場合、フォスカリ家はどうなる? 考えたくはないが、婿養子の立場として考えておかなくてはならないことだろう? 」

「・・・・・」

 「今は遠くに離れて寂しいとは思うが、君なら信じて待てるだろう? それに君には今、アダムを育てるという大事な仕事もあるしね。」

そうジュリオに言われて少し考え込んだカテリーナでしたが、気持ちが吹っ切れたのか、笑顔で答えました。


 「わかったわ、ジュリオ。あなたもご実家でのお仕事と母校の手伝いと、二足のわらじで大変とは思うけど、頑張ってね。」

 「カテリーナも、できれば来年には楽曲集も二冊目が出版できることを祈っているよ。ま、私は指導書を全6巻、今年中にすべて刊行することができたからね。まあ、この点では私は、君の先輩でもあるわけだけだから、叱咤激励する権利があるわけだし。」

 「何よ、もう偉そうに!」


 娘が明るい表情で楽しそうにジュリオと話している様子を中庭の入り口からそっと眺めながら、マリアグラツィアはジュリオとの、ベレッツァ家との不思議な縁に思いを馳せていたのでした。


*****


 ジュリオは一旦シチリアの実家に戻ったあとすぐに、ナポリ支店に勤務することになりました。商会のパレルモ本店は、父がまだ健在なのと、何より彼の推薦で実務を仕切っているジェロームがいて、盤石の体制だったからです。そのため、ナポリ支店のドゥッティ家のほうを手伝ってくれ、ということになり、ジュリオとしてもナポリの母校に週1,2回は顔を出すのに好都合ということで、すぐに準備をしてナポリへと行くことが決まりました。

 

 ナポリでは叔母のマルガリータが、ジュリオの見合い話を整えて、今か今かと待っていたのです。


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