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東へ、未知の国へ

第80章

 気がつけば、フォスカリ家の中庭には西陽が差し込み、遠くの空が赤く染まりはじめていました。


 「そろそろ室内に入ろうか。アダムが風邪など引いたら大変だ。」

 「え、ええ。」

 「パオロ今日は戻らないのか?」

 「墓参りのあと、別荘のほうに泊まるかもしれないと言っていたわ。出発前に向こうの荷物のかたづけもしたいと言っていたし…。」

 「そうか、私も少しずつ荷物を片付けないとな。」

 「ねえ、だからあなたはどこに行ってしまうの? ジュリオ。」

 「行くんじゃなくて、戻るんだ、実家へ。」

 「シチリアに?」」

 「そうだね。シチリアの本店か、もしくはナポリの支店に」

 「ご実家の商会を手伝うのね。」

 「手伝うというより、継ぐことにした。」

 「え? ということは、ジュリオは医学のもう医学の道からは離れるの?」

 

 このマリアンヌの質問に、ジュリオは思わず笑ってしまいました。

 「ふふ、面白い。」

 「何よ。急に笑ったりして。」

 「夫婦して同じ事を言うんだね。パオロからもそう聞かれたよ。で、同じ事を答えるけれど、母校のフェデリーコⅡ世大学でも医療施設作る手伝いをするかもしれない。恩師から手伝ってくれと言われていてね。」

 「素晴らしいわ! 父も『各地の大学から視察がきている』って話していらしたけれど、あなたの功績が各地で注目されている証拠ね!」

 「あなたのお父上が私の本のスポンサードしてくださった上に、各地の大学に寄贈してくださったのが、よい広報活動になっているのだと思うよ。本当に感謝している。」


 お腹が空いたのか、アダムがぐずり始めたので、ジュリオは「また来月、アダムの成長ぶりを見に来るよ」とカテリーナに約束してフォスカリ家を後にしたのでした。



 フォルカリ家の好意でパドヴァへ帰るためのゴンドラと船頭を用意してもらったので、ブレンダ運河を遡りながらジュリオは考え込んでいまいました。

 -もしかして、ジュリオとカテリーナの間では、普段からあまり会話が交わされていないのだろうか? 共通の友人の消息など、夫婦間なら一番話題になることなのに…。-


 途中下船して、パオロが滞在している別荘に立ち寄ろうかとも思ったジュリオでしたが、ちょうどそのとき、ブレンダ運河の岸辺からやや離れたところを、野草を摘んで作った花束を持って呆然と夕陽を眺めているパオロの姿が目に入ったのです。


 カテリーナが話していた“溌剌とした姿”とは正反対の、力なく遠くを呆然とながめている様子に、ジュリオは声がかけられませんでした。


***


 その年の10月はじめ、ついに準備が整い、パオロはマテオの修道会の仲間達とともに、東方へと旅立ったのでした。教皇庁のお墨付きと、ポルトガル王からの国家的プロジェクトとしての支援を受けていたので、充分な装備と交易のための大量の船荷、優秀な護衛兵たちも揃った最新鋭の帆船での船出だったのです。そして、このプロジェクトのお目付役として、アラン・デ・アルブルゲも同行することになったのでした。


 「私はマラッカまで同行して、そこの商館に総督として留まります。マラッカを拠点にその先のさらに東にある豊かな島国に布教活動、商活動に赴いてもらいますが、まずはその島国で群雄割拠している領主たちのうち、キリストの教えを受け入れる姿勢をもつ者から交渉することになるでしょう。彼の国は長い歴史を持ち、領主たちは普段はとても礼儀正しく、対話によって相手の文化や宗教を理解しようとする文明人たちとのことです。そのため、マラッカである程度、その島国の言葉を学ばなければなりませんし、まずすべきことは、優秀な通辞を探すことと考えております。」

 アラン・デ・アルブルゲは、マカオ到着までの時間を有効に使うため、自分が仕切り役となって布教活動と交易活動をより効果的に行うための作戦会議を、船の中で連日開催していたのでした。


 「その島国は内乱状態になるということだが、いきなり武力で威圧してくることはないのだろうか?」

修道士の一人が不安そうに質問しました。


 「もちろん警戒はすべきかと思います。領主だけでなく、もともとその地に根付く宗教の宗主らの権力武力もそれなりにあるでしょう。しかしこの島国の住民は好奇心が強く、大陸からの新しい技術や文化には非常に関心を示す傾向があるようです。そこを刺激するために大量の交易品があるわけです。まずは我々に興味を持ってもらわないと、どんな教えや考えも聞く耳を持ってもらえないでしょう?」


 「なるほど。それで、そのイエスの教えに理解のある領主は、具体的に分かっているのですね?」

 「ええ、もちろん慎重に接触する必要がありますが、領主に我々が味方だと認識してもらい、さらに入信させることができたら、自然にそこの領民たちも従うはすですし、同じように入信する者たちも出てくるでしょう。」

 「そうなると、まず商取引の相手として信頼される必要がありますね。さまざまな交易品を用意してきましたが、領主達が、今一番求めているものは何か、まずそれを探る必要がありますね。」


 パオロはもう過去を振り返ることもなく、視線は東へ、新しい活動の場へとしか向かっていなかったのでした。


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