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それぞれの道

第79章

 -彼のように死にたい? ジェローム王のように? パオロは何を言っているんだ?-


 パオロの鬼気迫る発言に面食らい、何も言えなくなったジュリオにたたみかけるようにパオロは話を続けました。


 「それで、私が出発したらカテリーナが寂しがると思う。たまには話し相手になってくれ。月に1回はファビオ殿に経過報告のため、フォスカリ家に来ているだろう?」

 「ああ、パオロ、ちゃんと話していなかったね。申し訳ない。実は私も、今年中にはここを去らなければならないんだ。」

 「え?」

 「ファビオ殿からも聞いていないんだね。実家の家業の商会を継ぐために、私もシチリアの本店かナポリの支店に戻らなければならないんだ。」

 「そ、そうなのか?」

 「それに、多分私も戻ったら、身を固めろとか詰められるだろうから、気安くカテリーナと交流するのもはばかれるだろうし…。」

 「そんな話が進んでいるのか?」

 「いや、ナポリでの学生時代に世話になった叔母が世話好きで、しょっちゅうそんな話を持ってくるんだよ。今回は、商会の設立当初からの長年の取引先の令嬢だとかで。トゥールーズの名家の傍流らしい。」


 「ジュリオ、君はもう医学の道からは離れるのか?」


 「いや、実は共同執筆者の恩師から、母校を手伝ってくれと頼まれているんだ。どうもパドヴァ大学での評判を聞いて“フェデリーコⅡ世大学でも医療施設を”という話が出ているらしい。

 それに、実家を継ぐといっても商会の実務は優秀な現場スタッフに任せるしかない。私が出来ることといえば取引先との交渉とかスケジュール管理とか市場調査、あと帳簿管理とか人事とかかな。そういう管理面は、今回の医療施設の立ち上げと運営の経験から、そこそこできるという自信もある。」


 「そうか。お互い、新しい道に進む時期なんだな。」


 ***


 ジュリオが指導書の最終巻の刊行予定について報告しにフォスカリ家を訪れたのは、それから三週間後のことでした。

 サロンでファビオと話していると、中庭のほうからリュートの演奏が聞こえてきたので、思わずジュリオはファビオに聞いてしまいました。

 「あの音色は、カテリーナさまですか?」

 「ああ、授乳にもすっかり慣れて、最近は合間にリュートを弾く余裕も出てきたようだ。」

 「それは良かった。」

 「君は…パオロには会っているのか?」

 「いえ、最近は…。私も病院の開設後もいろいろ忙しくしておりまして…」

 「病人や患者だけでなく、各地の大学から視察がきているようだな。」

 「ええ、それに先週は港で、商船同士のわりと大きなの衝突事故があって、その患者を多数受け入れましたし…。」

 「ああ、あれは政府としても本当に助かったよ。大きな医療機関が近くにあるというだけで、こんなに国として安全保障が向上するとは。文明国の証だな。」

 「そうご評価いただいて、光栄です。」

 「東方の果てにある国には、あのような立派な医療施設などないだろうに…。」

 「そうかもしれませんね。でも全く未開の地というわけではありませんから。」

 

 そのまましばらく黙りこんでしまったファビオでしたが、召使いが突然サロンに入ってきて、ファビオの耳元で何か囁きました。


 「すまない、ジュリオ。今日のところはこのへんで。よかったらこのあとカテリーナを見舞ってやってくれないか。まだ中庭にいると思う。パオロはブレンダ運河の別荘のほうに行ってしまったんだ。墓参りとかで。」

 「墓参り?」

 「ああ、彼が幼い頃から世話になったマリアンヌの一周忌なんだよ。あの別荘の近くの教会の墓地にマリアンヌは眠っているんだ。」

 


 ジュリオが中庭に行くと、四阿の中で、カテリーナが眠っている赤子をゆりかごからそっと抱き上げたところでした。


 「まるで聖母子像だな」

 「やめてよ、ジュリオ。私はそんな従順な妻でも貞淑で優しい母ではなくてよ。」

 「そうなのか?」

 「昨日も、つい、パオロとけんか腰になってしまったわ。二人の口論に驚いてこの子も泣き出すし。とても悪い母親よ。」

 「まだパオロの東方行きに納得してないの?」

 「もう諦めたわ。この間、パオロとともに布教に出る修道会の仲間がご挨拶にいらして。まだみんな若くて目がキラキラしていて、希望に満ちあふれ、使命感に燃えているのよ。彼らと一緒に溌剌としているパオロを見て、ああ、もうとても留められない、と観念したわ。でも…この子のことを思うとね、どうしても不安になるのよ。」

 「ええと、カテリーナ、僕はこの件に関しては、中立だからね。どっちの味方にもならないよ。」

 「え~、ジュリオ、ずるいわよ。ね、アダムちゃんもそう思わない…。あ、そうだ! あなたもパオロとともに東方へ行くというのはどう? お医者様であるあなたが一緒なら、私も安心だわ!」

 「全く君は、突拍子もないことを。いや…でもそんなにパオロが生き生きとしているのなら、よほど素晴らしい冒険が待っているのかもしれないな。」

 「ね、そうでしょ! なかなかいい案じゃない?」

 「本当に行ければ、ね。カテリーナ、実は私も年内にはここを出て行かなくてはいけないんだ…。」

 「え? あなたはどこへ行くの?」

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