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カテリーナの心の支え

第76章

 「ローマに? パオロが公務の仕事を離れて一商人となるつもりだということは主人も了解ずみでした。キプロスでの戦闘とその後の激務でしばらく休養してから次の準備をしていると娘への手紙には書かれていましたが…。なぜローマに?その準備のためでしょうか?」


 ブレンド運河沿いの屋敷でパオロに会えなかったジュリオは、そのままフォスカリ家を訪ねて、カテリーナの母マリアグラツィアに状況を報告しました。ファビオは元首宮での委員会に出席していたため不在でした。

 ジュリオは、もしかしてパオロの不在を知ったカテリーナはショックを受けるかもしれないと考え、身重のカテリーナの体調を考え、あえてマリアグラツィアのみに話すことにしたのです。


 「何故ローマなのかは現状ではわかりません。ただ召使いの話によると、次にやりたいことの具体的の準備のためだったようだったと。あと、カテリーナ様あてと同時に彼は兄のサンドロ殿にもお手紙を出したようなので、もしかしたら彼が何か詳細をご存じかもしれないですね。」

 「そうですね。主人とも相談してみますわ。」

 「それで、カテリーナ…様のご体調はいかがですか?」

 「ええ、落ち着いて過ごしておりますわ。そろそろお腹も目立ってきました。やはり娘には、今日伺った話はまだ言わないでおきましょう。きっとパオロ殿も将来の見通しがついてから話したいのでしょう。変に期待させて上手く話が進まなくなったとき失望させたくないのでしょうし。」

 「そうですね。マルクの話ですとパオロ殿は肉体的に回復しましたし、何より気力も出てきたようなので、私も安心しました。今は未来に向けて雌伏の時なのかもしれません。彼ならば、近いうちにまた活動を始めるでしょう。」

 「それを言うならば、ジュリオ殿は、まさに今大活躍でいらっしゃいますわね。パドヴァ大学付属の医療施設は、6月の聖アントニオの祝日に開設されるとか。本当に素晴らしいことですわ。心から感謝しております。あのときにあれば、あの子や、多くの人達が助かっていたでしょうに…。」

 マリアグラツィアがさきの疫病の流行で亡くした幼い息子のことを思い出し、思わず涙ぐんでしまった姿を見て、改めてジュリオは病院をきちんと軌道にのせないと、気持ちを新たにしたのでした。

 「こんなに早く事が進んだのは、ファビオ様はじめヴェネツィア政府高官の方々のおかげです。私も来年には実家に戻る目処がたったので、こちらこそ感謝の気持ちで一杯です。」

 「やはり、ジュリオ殿は来年、シチリアのご実家に戻られるのですね。主人からちらりと聞いてはおりましたが、なんだかとても寂しいわ。パオロも離れてしまっているし、ジュリオまでいなくなってしまうと…。」

思わず呼び捨てにしてしまったことに気がつかないマリアグラツィアを微笑ましく思ながら、ジュリオは励ましました。

 「大丈夫ですよ。私はまだ半年以上いますし、何より、まもなくフォスカリ家には新しい家族が増えるじゃないですか。感傷的になっている暇などなくなってしまいますよ。」

 「そうね、無事に元気な子を産んでもらわないと。ね、お時間があるなら、カテリーナに会っていっていただけないかしら? パオロが側にいないのでカテリーナも寂しそうなの。あなたと話せばカテリーナも気分が明るくなるに違いないわ。」


 マリアグラツィアに誘われてカテリーナがいるという館の中庭に行こうと客間を出るとちょうど出かけようと玄関ホールに出てきたカテリーナと鉢合わせをしたのでした。


 「ジュリオ! いらしてたの?」

 「カテリーナ! 元気そうで何より!」

 顔つきもややふくよかになり、膨らみかけた下腹を隠すようなゆったりとした外出着を身につけたカテリーナの様子は、想像していたより元気そうだったのでジュリオはほっとしました。

 「安定期とはいえ、ご無理なさらないように。確かに軽い運動は健康のためにおすすめしますが、小走りなどして転んだりしたら、大変なことになりますからね。」

 「あら、さすがにそんなに軽率なことはしませんわ! このお腹じゃ、したくてもできませんもの。」

 「カテリーナ、あなたどこかに出かけるの?」

 「ええ、お母様。ちょっとサンドロ先生のところに…。」

 母からの問いかけに、手にしたリュートを持ち上げながらカテリーナは答えました。

 「あら、一人じゃ心配だわ。ねぇジュリオ、もしよろしかったら音楽院まで娘に同行してくださらないかしら?」

 「承知いたしました。荷物持ちの召使いとしてお嬢様のお供をいたしましょう。さ、カテリーナお嬢様、そちらのリュートと楽譜は私がお持ちいたしましょう。」

 「え? お嬢様って、ジュリオったら、もうからかうのはやめて頂戴。お母様、夕餉の時間までには戻って参ります。」

 楽しそうに連れだって出かけていく二人の後ろ姿を眺めながら、ふとマリアグラツィアは、もし娘がジュリオのプロポーズを受け入れていたなら…と想像してしまうのでした。



*****


 音楽院で久しぶりのカテリーナの演奏だけでなく、彼女の師匠サンドロとの素晴らしい合奏を聴いているうちにジュリオはふと思いつき、思わず、6月の聖アントニオの祝日である病院の開設日に、プラート・デッラ・バッレでの屋外演奏会をお願いできないか、と申し入れしてしまいました。

 「聖アントニオのバジリカでの特別ごミサのあと、今回の大学付属病院創設にご協力、ご尽力してくださった方々のために感謝の気持ちを込めて何か催したいと考えていたのです。新しい病院の市民のかた方への宣伝活動という意味合いもあります。」

 「なるほど、ヴェネツィアとパドヴァの市民の方々に広く知っていただく、よい機会かもしれませんね。喜んで協力させていただきます。音楽院の生徒たちにも協力してもらおうかな。ただ、カテリーナ、もしかしたら君は6月だと、臨月になってしまうかな。」

 「ええ、でも、できるなら私も先生と演奏したいわ!」

 かつて、演奏したザルツブルグでのコンスタンツァたちの婚礼の祝宴の場や、マリアンヌの葬儀の後など、たくさんの人々の前で演奏したときの高揚感を思い出しただけでなく、以前ジュリオから病院建設の資金集めのための演奏会を望まれたときに自分の価値を強く感じたカテリーナは、どうしてもジュリオの願いに応えたいと強く思ったのです。


 それに、パオロと離ればなれになってしまっている今の状況に、実は塞ぎ込むことも多かったカテリーナにとって、6月の聖アントニオの祝日での演奏会という目標は大きな心の支えとなったのでした。

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