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アラン・デ・アルブルケ

第75章

 「ああ、あなた様が、こちらの新しい修道会をポルトガル王と謁見するよう推薦されたポルトガル大使様でいらっしゃるのですね。パオロ・バルバリーゴと申します。サンマルコ共和国の出身です。」

 マテオが残してくれた買い置きにあった名前だったので、ジュリオは失礼のないように礼儀正しく挨拶を交わしましたが、同時に自分が値踏みされているような視線を感じました。」

 「少しお話をさせていただいてよろしいでしょうか? こちらの修道会を王に推薦した手前、ともに活動される可能性がある方の背景をお伺いしたいと考えることは許されると思うのですが。」

 「もちろん、結構ですよ。」

 「お二方とも、どうぞお座りください。今ワインを持ってまいります。」

修道士見習いが気を遣って、そう声をかけてから、奥に行ったのを確認してから、アランはまるでここが自分の家かのように「どうぞお座りください」とパオロにすすめてから優雅な所作で椅子に腰掛けました。


 「ヴェネツィアのバルバリーゴ家といえば元首も輩出する名門のご一家ですね。」

 「はい。しかし私は傍系の三男ですので。」

 「この修道会の布教活動で彼らと一緒に商人として同行したいということでしょうか? 彼らの多くがコンソルベということはご存じでしたか?」

 「ええ、マテオ修道士たちと最初にヴェネツィアでお会いしたとき、匂わせるようなことをおっしゃっていましたから。それにそもそもパリ大学の神学部の仲間で結成したのに、わざわざ法王の推薦をいただいてあえてヴェネツィアまで叙階を受けにいらしていた、ということは、パリでもトゥールーズでもリヨンでも大司教からの叙階を受けられなかったのではないか、と考えるのも当然でしょう?」

 「かもしれませんね。リスボンに来ていただければ、リスボア大司教は、喜んで叙階を授けたと思いますが。」

 「貴国はエンリケ航海王子の時代から、当方や新世界への開拓には熱心でいらっしゃいますから、布教に意欲的な修道会には積極的にサポートされる、ということですね。」

 「おっしゃる通りです。しかし、名門ご出身のあなたが、東方に赴くということにご家族は納得されているのでしょうか? 信じる神はもちろん、風習も文化も社会制度も違う、大使館も商館もない地に乗り込むのですよ。 外地で当主にもしものことがあったら、一家断絶になる可能性も低くない。失礼ですが、ご結婚は?」

 「結婚はしておりますが、私は妻の実家に婿養子に入った身です。いま妻は身重でまもなく子どもが産まれます。妻の実家を継ぐべき男子が無事産まれたら問題ないかと。いえ、もちろん外地で命を落とすつもりなどありませんが。」


 それまで、やや威圧的に詰問調で話していたアラン・デ・アルブルケが、急にトーンダウンし、若干哀しそうな表情を浮かべてパオロを諭すような口調に変わりました。


 「そうですか。いえ、余計なお世話かもしれませんが、後悔はしていただきたくないので。私はもともと母を早く亡くし、父は…私のことが遠因で事故により亡くなりました。後ろ盾を失ったまだ10代の私は、双子の妹の将来も考えて、ポルト近郊に所領をもつ跡継ぎのいなかった父方の遠い親戚の家、アルブルケ家の養子に入ることになったのです。」

 「それでポルトガルに…。御尊父が亡くなられたのは、戦闘か何かで?」

 「皇帝陛下ご臨席の馬上鑓試合でのことです。父には脚に古傷があり、脚力が弱くなっていたそうですが、落馬して…。」

 「そうでしたか…。」

 「さらに不幸が重なりまして。私の後を追って、双子の姉妹がマルセイユに向けて乗船した船が、途中で行方不明になってしまったのです。おそらくムスリム船による誘拐だということで、父の古い友人のツテで捜索したのですが、美しい金髪の双子だと珍重されたのか、身代金の要求もなくそのままスルタンのハレムへと献上されてしまったのだろうと…。」

 「一度後宮に献上されたら、二度と生きて戻れませんね…。」

 「パオロ殿、地中海でさえ、そういった危険がつねに伴います。ましてや東方や新世界はその比ではないのですよ。」

 「私自身も、キプロスでの話ですが、戦闘に巻き込まれた経験がございます。」

 「もしや、昨年秋の?」

 「そうです。そのときは、キプロスにあるサンマルコ共和国の商館長という立場でしたので。」

 「あなたは、あのときの商館長殿だったのですか。であればなおさらです。お若くしてそこまでの地位に上り詰めながら、なぜ一商人となって、危険を伴う布教活動に同行されようと思われたのですか?」


 アラン・デ・アルブルケから率直に問われて、パオロは思わすこう答えていました。

 「私はバルバリーゴ家からの恩義に縛られて、自分のことよりもヴェネツィア政府のために尽力してきました。しかし、キプロスに駐在して、そばでキプロス王の生き様を間近で拝見して、大きな影響を受けたのだと思います。自分が大義と思うことを信じて、自分の望む生き方をしたいと強く願うようになりました。そして、あの籠城戦です。私の身をかばって、私の目の前で戦いながら亡くなったキプロス王の姿を忘れることは出来ません...。」


 しばらく黙っていたアラン・デ・アルブルケは、話を始めたときとは全く違う、やや感傷的な声でパオロに静かに語りかけました。

 「改宗イスラム教徒であった、元ジェロームという名のキプロス王のことですね。私も若いとき、一度お目にかかったことがございます。」

 「そうなのですか?」

 「ええ、まだとても若い頃、ある方の護衛役としてキプロスまで同行したのです。正直まだまだ一人前ではなく、たいして使い者にならないような若者でしたが。そのときお会いした精悍なキプロス王の姿はよく覚えております。私がその後、船乗りに憧れを抱くようになったのも、今思うと彼の影響かもしれません。」

 

 修道士見習いが追加のワインを運んできたときには、二人の会話はとても和やかな雰囲気に包まれていました。そしてそのあと二人がともにマリアンヌという共通の恩人がいるという事実に気がつくのは、時間の問題だったのです。

 その晩、パオロはアラン・デ・アルブルケにポルトガル大使館に客人として招かれ、そのままマテオ達の帰国まで滞在させてもらうことになったのでした。


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