商会存続のために
第72章
ジャコモが下した結論はこうでした。
ルカは横領などに関する不正をすべて告白した上で、今回の不祥事によりベレッツァ-トゥッティ商会を辞める。但し表向きはベレッツァ-トゥッティ商会から独立するという形をとり、独立に当たり、当座の生活のための資金と、ベレッツァ-トゥッティ商会所有の船一隻を無償で譲り受ける。
独立した商会は、ベレッツァ-トゥッティ商会の現時点での取引先とは一切関わり合わず、自分の力で新たな取引先と商圏を開拓すること。
「処罰が甘すぎるという者もいるかもしれないが、おまえはまだ新妻を迎えて半年とたっていない身だし、今までベレッツァ-トゥッティ商会を手伝ってくれていたことは確かだ。商売のことは一通りわかっているはずだし、創業資金としては充分な資産を与えたのだから、あとは自分の力で頑張りなさい。」
そうルカに宣言したのです。
カミーラはジャコモの決定には一切口出しはせず、でも蔭でこっそりと、自分が嫁入りときに持たされた資産の一部を渡してルカを送り出したのでした。
ルカの処遇についての話し合いがつき、客間でぐったりと座り込んでいたジュリオを見つけたジェロームが声をかけました。
「大変お疲れのようですね、ジュリオ様。ドゥッティ家の皆様もジャコモ様の裁定に納得されたのでしょう?」
「ああ、最初はシルベストロが自分の管理不行き届きだと言って職を辞すとか言い出したから、父と叔父と3人で必死になって説得して引き留めたよ。」
「ジュリオ様は、とりあえずはパドヴァに戻られるのですね。」
「そうだね。そろそろ戻らないと、マルクに負担かけてしまっているな。向こうでの仕事が一区切りついたら、こちらに帰ってくる。確かにルカがしたことは許されないことだが、だが私が家業に全く携わらずにきて許されていたことで、彼が不満に思っていたことも分かる。まあ、少し前までは、ルカにこの家を世襲させて、私が他家の婿養子に入るという話しもあったんだが・・・。」
「そうなっていたら、商会もこの家も、三代目が受け継ぐ前に無くなっていたでしょう。」
「ジェローム・・・」
困惑するジュリオに、にこりと微笑みながらジェロームは続けました。
「あなた様がお戻りになるまでの間、私がしっかりとお父上を支えますよ。商船が一隻少なくなってしまいましたが、残った三隻を効率よく運用する方策を考えれば良いだけです。」
そう言われたジュリオは、あのキプロス王が彼を副官として長い間信頼していた理由が、心の底から理解できた気がしました。
「ジェロームありがとう。今回のことは、あなたのおかげで我が家、わが商会が救われたよ。」
「いえ、ドゥッティ家のシルベストロ様も帳簿の不審点には同時期に気づかれたようですし、何より下からの報告に対し、両家のご当主様が迅速に的確に対処されたからこそです。多くの主人たちは下の者から報告を軽んじたり無視したり、いい加減に対処したり、先延ばししたりするものです。ジュリオ様、ジャコモ様は違いました。ベレッツァ家に出仕させてただいて正解でございました。今のバルバリーゴ家で同じような問題が起きたとしても、このように問題解決はできなかったでしょう。」
「ふふ、相変わらず遠慮無く鋭い意見を言ってくれる。これからも宜しく頼む。私も遅くとも年内にはすべて片付けて戻れるようにするつもりだ。」
*****
ジュリオはいつも通り船でヴェネツィア経由でパドヴァに戻りましたが、今回はフォスカリ家には立ち寄らず、すぐに大学に向かいました。長くて2,3週間のつもりが、1ヶ月近くも留守にしてしまっていたからです。
ただでさえ、マルクに迷惑をかけてしまった上に、彼に年内には実家に戻ることになったと伝えることはさすがに気が引けて、ジュリオはなかなか言い出せずにいました。しかしすでに植物園も常駐の庭師が管理を始め、3月には医療施設の建物が内装や設備も含めて完成する目処がたったところで、ジュリオはマルクに打ち明けたのでした。
「いつ言い出すかと思っていたよ、ジュリオ。あれだけ長く実家に戻っていたってことは、きっと何かあったんだろうとは思っていた。」
「マルク、やっとここまできて、本当にすまない。初代医院長は君だ。感染病については君の知見に勝る者はいない。まさに適任だよ。」
「いや、でもとりあえず年内まではいてくれるんだろう? 航海中の事故による外科の患者もそこそこ多い。安定運用できるようになるまで、頑張ってくれ。」
「ああ。もちろんだ。多分開始して数ヶ月はいろいろな問題や大小のトラブルが発生するだろうけれど、それをきちんと解決するように尽力するよ。それと同時に人員の確保だな。」
「私も同郷の人間や、モンペリエの大学にいたときの友人とかに声をかけていたけれど、バルセロナ大学にいる学生時代の仲間にも連絡をとってみるよ。そうそう、君がいない間、コインブラ大学で学んだというポルトガル人が見学にやってきたんだ。熱心に話しを聞いてくれたから、興味があれは申し入れてほしいと言っておいたよ。」
「そうか、マルクは顔が広いな。私も母校に興味がある人間がいないか声をかけてもらっている。学生でもやる気にある人間なら歓迎だと言っておいた。」
「正式な治療受け入れの開始6月13日、パドヴァの守護聖人、聖アントニオの祝日で考えているのだけれど、どうだろう?」
「それはいいね。それなら年内にはきっと軌道に乗ると思うよ。」
「では学長と、このプロジェクトのヴェネツィア政府側の責任者、フォスカリ殿に上申しよう。」
マルクと話した後、毎月フォスカリ家での進捗報告が2月はできなかったので、そろそろヴェネツィアに行かなくては、とジュリオが思い始めたある日、ジュリオは学長に呼び出されました。
「ベレッツァ教授、現地で状況を確認したいということで、明日ファビオ・フォスカリ殿が私に面会にやってくる。概要を説明した後は、君とマルクで施設を案内してもらうから、そのつもりで準備しておいてくれたまえ。」