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弟の不満、兄の覚悟

第71章

 母とジェロームにルカの捜索と、見つかった場合は監視を頼み、ジュリオはナポリの商会で父ジャコモと合流しました。 

 そしてジャコモ、サルヴァトーレ、ドゥッティ家の家令シルベストロと4人で、今回の対策を話しあううちに、中長期的な方向性について協議することになったのです。


 「愚息ではあるが、ルカにも申し開きの場は与えてやりたい。彼一人に経理を任せきりにしていたことは、私の責任でもある。」

 「どういうことをしたのか詳細を聞き出すためにも、まず彼の話をきくのは当然だがジャコモ、もう親族内の問題ではすまされない。家令のシルベストロやそちらのジャロームも気づいてしまったことだ。それなりの処分をしないと従業員に対して示しがつかないぞ。」

 「それはわかっているよ、サルヴァトーレ。そもそも我々二人で立ち上げた商会だが、事業が大きく成長したからこそ、目が行き届かなくなってしまっていた。今からでもきちんとした組織作りと後継者を育てなくては・・。」

 「それは同意だよジャコモ。ただジュリオはすでに医学の道に進んでいるし、私の息子はまだ12になったばかりだ。今から学ばせても、一人前になるには少なくとも5,6年はかかるだろう・・・。」


 ここでジュリオは覚悟を決めたのでした。

 「サルヴァトーレ殿のご子息ロレンツォが一人前になるまで、私が中継役をいたしましょう。 実務面ではここにいるシルベストロとジャロームに頼んでしまうことになりますが、管理面であれば、私でもできると思います。実際、パドヴァ大学での医療機関創立に関しては、私が中心になって仲間とともに推進してきました。組織作りという事に関しては、お役に立てると思います。」

 「本当か? ジュリオ」

 ジェコモとサルヴァトーレは思わず同時にそう聞きました。


 「はい、ただ、今すぐというわけにはいかず、少し猶予時間をください。今関わっているパドヴァ大学付属の医療機関の設立はヴェネツィア政府が拠出した金で進めてきた公共事業ですので、軌道にのせるまでの責任があります。あと恩師と共著の形で出版してきた解剖学の指導書は、あと残り2巻、5巻目と6巻目を出版予定です。これも資金援助してくださったフォスカリ家とのお約束があります。遅くとも今年中にこれらを完了すれば一段落つきますので、そのあとは心おきなく実家に落ち着くことができるかと。」

 「本当にそれでよいのか? ジュリオ。」

 「はい、父上。ロレンツォが商会を継げる歳になったら私は彼の補佐役におりて、できればもう一度フェデリーコⅡ世大学に戻って、研究を続けられればと考えています。もしそれでよろしければ、これから明日にでも母校に行って、恩師と相談してきます。」


 「ジュリオがそう決心してくれたのなら安心だし嬉しいが、ルカの処分はどうするのだ?ジャコモ。もし素直に罪を告白して謝罪するなら許してこのまま商会で働かせるのか?」

 「それは、ルカの態度によって決めさせてもらえないだろうか、サルヴァトーレ。」


 この話し合いの三日後、ルカが無事に新居に戻ってきたというカミーラからの速達がドゥッティ家に届き、ジャコモはジュリオとともにパレルモに戻ることにしました。


*****


 パレルモに戻る高速船の中で、ジュリオはジャコモに「まず自分とルカの二人だけで話しをさせて欲しい」と頼み込んだのです。

 「いきなり父上と私と、それにジェロームの3人でルカと問いただしたら、あいつのことだから口をつぐんでしまうでしょう。まず二人だけで、私がルカに話しかけてみます。彼も、もしかしたら一人で悩んでいることがあったのかもしれない。それに・・・。」

 「それに?」

 「いえ、これは単なる想像なのですけれど、もしかしたら名家の末裔の花嫁を迎えての結婚生活が、彼の負担になってしまっていたかもしれません。」

 「あの結婚話は、最初からルカは乗り気だったのだよ。」

 「そうかもしれませんが、母上も気になっておられたようです。あの新居や奥方の衣装。少し贅沢過ぎるのではありませんか。」

 「それは、確かにそうだが。奥方のご実家の支援も受けているのかと思っていたが、違うのか?」

 「そうだとしても、あそこまでの財力をお持ちなのでしょうか。アンジュー家の血につながる末裔のお嬢様ということで、ルカが見栄を張ってしまっているのではないかと。」


*****


 パレルモに戻ると、改めてジュリオはルカの新居に、今度はきちんと事前に来訪する連絡を入れてから訪問しました。

 応接室に通され、久しぶりに会ったルカは、ジュリオが父親とナポリから戻ったばかりという話を聞いていたためか、妙な警戒心をあらわにして、ジュリオがまず口にした結婚のお祝いの言葉にもそっけない態度を示したのでした。

 「それで兄さん、どういう用事で? 結婚式にも参列してくれなかったのに。」

 「それは本当に謝るよ、ルカ。あのときは私も忙しいのと、精神的に落ち込んだこともあってね。もっと早くシチリアに来たかったけれど、あの戦闘に巻き込まれてしまって。」

 その弁明にルカは冷たく返しました。

 「ああ、大変だったね。そういえば、あの親しかったフォスカリ家の令嬢は、結局、バルバリーゴ家の人間と結婚したんだっけ? さすがの兄さんも落ち込んだのか。それにしても自分を捨てて人妻になってしまった元恋人を救出するのに奔走したんだってね。シルベストロから聞いたよ。相変わらずお人好しなんだね、兄さん。」

 「もう私はカテリーナのことはきっぱりと諦めたのだよ。それにパオロ・バルバリーゴとは一緒に艱難辛苦を乗り越えた戦友のような関係になったよ。」

 「何それ、気色悪いな。そんなに簡単に人間関係を変えられるわけないじゃないか。いいように利用されているだけなんだよ、兄さんは。」

 「ルカ、おまえ・・・どうしたんだ? 奥方と上手くいってないのか?」

 「どうしてそんなことを! くそ、ポーリーナが余計なことをしゃべったんだな。」

 「いや、そうじゃないよ。ただ、母上も父上も少し心配している。おまえ、新妻にいいところを見せようとして、無理しているんじゃないか?」

 「何が言いたいんだ?」

 「いや、この新居だって、家財道具から何から、かなりの贅沢品だとわかるよ。父上が結婚祝として援助したにしても、これだけ用意できるはずはない。おまえがどこから金を調達したのか、父上も首をかしげている。」

 ジュリオの言葉にさっと顔を青ざめたルカは、声が震えだしたのです。

 「僕が、か、金を、そんな、何を証拠に!」

 -やはり図星だったか。-

 ジュリオは興奮しだしたルカを落ち着かせようと優しい声で語りかけました。

 「ルカ、父上も早晩気がつくはずだ。おまえが横領していることを。こちらから素直に罪を認めれば、今ならまだ父も許してくれるはずだ。いいか、この商会はベレッツァ家だけのものではないんだ、ドゥッティ家側の人間が気づいてしまったら、おまえは罪を糾弾され、商会から放り出されるぞ。父もドゥッティ家から非難され、もしかして商会が分裂してしまうかもしれない。そうなったらどうする? 同業者もそんな人間を雇ってはくれない。」


 このジュリオの言葉に、かえってルカが激昂してしまったのです。

 「何を偉そうに説教しているんだ! 兄さんが好き勝手なことをしている間、商会を手伝い父上を助けていたのは誰だよ!。それなのに、家のために何もしていない兄さんが俺に命令する権利はない!」

「ルカ・・」

「家のことを何もしない兄さんが家督を継いで、あの宝剣を受け継いで、不公平じゃないか! 何で兄さんだけが好きなことをしていられるんだ? どんなに商会を大きくしたって、結局すべて兄さんのものになってしまう。僕が少しくらい儲けをもらったって、いいじゃないか! くそ!シルベストロの奴がなんか告げ口したんだな!」

 「おい、ルカ、落ち着け」

 「結婚したばかりだから、今、いろいろ金が必要なんだよ。嫁にいい衣装を着せてあげたいし、喜ばせてあげたい。兄さんはまだ独り身だから、こんな気持ちはわからないだろうけどね。それに私は兄さんにこの商会のことでいろいろ言われたくないね! それとも戻ってくるつもりか? 兄さんと一緒に経営するなんて絶対にごめんだ!。」


 そのとき、応接室の扉が開き、ポーリーナが入ってきました。

 「ポーリーナ! 誰も入れるなと言っておいただろう!」 

 「義父様がいらっしゃいましたので・・・。」

 ポーリーナの後ろに、今まで見たこともない厳しい顔をしたジャコモが立っていました。

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