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やはりルカは

第70章

 父と相談する前にルカと話したいと思ったジュリオは翌朝早く、ルカが商会に出かける前に新居を訪ねました。


 母カミーラに教えられた新居のある通りは中心街にあり、思わず「本当にここなのか?」と呟いてしまうほど、立派な建物でした。

 召使いが出てきたので、自分の素性とルカに会いたい旨を告げると、少々お待ちくださいと玄関前でしばらく待たされたことから、ジュリオはすでに強烈な違和感をはじめていたのです。

 「ご主人様はただいまいらっしゃいません。今日はお引き取りくださいとの奥様からの伝言です。」

 「それは残念だ。結婚式に参列できなかったことは幾重にもお詫びする。せめて奥様にお祝いの一言だけでも申し上げたいのだが・・・。」

 ジュリオは得意の人なつっこい笑顔と明るい声で召使いに打診しました。

 彼の陽気な雰囲気に親しみを感じてしまった召使いは思わず「奥様に伺ってまいります」と再び室内に戻り、改めて「どうぞこちらでお待ちください。今奥様が参ります。」とやっとジュリオは玄関ホールの中に通されたのでした。


 『本宅並の内装だな。奥方のご実家がよほど資産家なのか?』などと思ながらジュリオが周りを見渡しながら待っていると、アンジュー家の末裔というルカの妻ポーリーナが、豪華な衣装と装飾品を着けた姿でやってきました。

 ジュリオの姿を品定めするようにじろじろと見るポーリーナとは対照的に、ジュリオは召かしこんだ彼女が一目で自分より年上かもしれないとすぐに悟り、親しみを前面に出しながらも実に丁寧な態度で話をすることにしました。


 「ご婚礼のお祝いを申し上げるのが、大変遅くなりまして、大変失礼いたしました。ルカの兄に当たるジュリオです。大変お美しい方だと家族から伺っておりましたが、これほどとは。ベレッツァ家にはない高貴な気品は、やはりアンジュー家のご出身ならではでいらっしゃる。感服いたしました。」

 そう言って丁寧にお辞儀するジュリオに警戒心が解けたのか、彼女も口を開きました。

 「わざわざおいでいただき、ありがとうございます。」

 「ルカは幸運ですね、こんな素晴らしい女性と一緒に暮らせるとは。婚礼の式に参列しなかった非礼を心よりお詫びいたします。パドヴァでの病院設立に大変多忙だった上に、あのキプロスの戦いに巻き込まれまして・・・。」

 「あ、それはルカから聞いております。大変な戦闘だったとか・・・。」

 最初は気位の高い態度を示していたポーリーナでしたが、キプロスでの話は噂話に聞いていて、実は興味津々だったのです。もちろんヴェネツィア商館長の妻がほとんど何も持たずに命からがら脱出し、しばらくの間、ベレッツァ家のシラクーサの別荘に避難していたことも聞いていて、どんな状況だったのか話が聞きたかったのでした。


 実際の戦闘と負傷者の対処という地獄の現場の状況などはもちろん話さず、ポーリーナが喜ぶような戦闘前夜の脱出劇の話だけを少し大袈裟に話すと、先ほどまでの高慢な態度はどこへやら、ポーリーナは目をキラキラ輝かせてジュリオの話を聞き入ってしまいました。

 こうしてあっという間にポーリーナに心を開かせたジュリオは、続けて彼女に問いかけたのです。

 「それで、今朝ルカは何故いないのでしょうか?まだ商会の事務所に行くような時間ではないかと思うのですが。」

 「それが、ルカは・・・一昨日から帰ってきていないのです。」

 「え、それは商会で何か事件や事故に巻き込まれたのか? さぞやご心配でしょう。私がこれからすぐに商会に行って様子を見て参りましょう!」

 「いいえ、いいえ。その、今までも何度か2,3日家に戻らないことはあったので・・・。」

 「そうですか。確かにルカは責任のある立場ですから、一人商会に残って残務をこなさざるを得ないことがいろいろあるかもしれません・・・。」

 

 そのあとポーリーナを慰め、励ましながらジュリオはルカが仕事だけではなく家庭内でも何かやらかしているのではないかと心配になりました。

 -ルカのやつ、結婚してまだ半年もたたないというのに、何をやっているんだ?-


 ルカの新居から本宅に戻ると、今度は母カミーラが慌てているところに出くわしました。

 「ああジュリオ、ちょうど良かった。今さっきサルヴァトーレからジャコモ宛の速達が届いて。おそらくお父様がナポリに到着する前に出されたものでしょうね。それで、表書きに『大至急開封のこと』とあるの。ドゥッティ家からの業務上の通信は私が代理で開封しても良いと言われていたのだけれど、その場合、発信者は家令のシルベストロからだったのよ。でもこれはサルヴァトーレの字だし。」

 「何かドゥッティ家で大きなトラブルがあったのかもしれない。実はルカは家に不在だったんだよ。彼のところにもドゥッティ家から連絡がきて、急遽ナポリに向かったのかもしれない。」

 「まあ、では開封しましょう。もう二人はナポリに向かったのだし、不安なまま過ごすことはできないわ。」


 サルヴァトーレ・ドゥッティからの通信にはカミーラには意外な、ジュリオのとっては半ば予期していたことが書かれていました。


 ドゥッティの家令が、年末にその一年の取引について帳簿を整理確認していたところ、おかしなところがいくつか見つかったこと。初めは単なるミスか誤記かと思ったが、ずっと会計簿を任されてきたルカがそんなことをするとは思えない、と。

ただし、ルカが結婚しシチリアに戻って以降は、そういった奇妙なことはなくなり、帳簿におかしな点は見つからなかった、と。


 「これは、考えたくないことだが、やはりルカが何かしでかしていたのかもしれない。」

 「やはりって、どういうこと? ジュリオ」

 「・・・・・」

 「私だって、商いの家の娘よ。商売のルールはちゃんとわかっています。話して頂戴。」

 「実は、私が今回シチリアに急遽里帰りしたのは、ジェロームからの連絡があったからなんだ。年末に父上から商会の帳簿管理を任されていろいろ確認したら、不正を疑うようなことを発見したと。」

 「不正?」

 「まだはっきりとつかめていないが、売上げの横領や商品の横流しを隠蔽したのないか、と。それで今朝、父上と相談する前に、ルカに問いただそうと思ったんだ。ジェロームも確証を得ていたわけではなく、父上に進言する前に私に相談してきたんだ。」

 しばらく黙り込んでいたカミーラでしたが、覚悟した表情になって口を開きました。

 「実は、私もルカの新居のこと、少し気になっていたの。お父様が援助してくださったのは知っていたけれども、あそこまでの邸宅を構えるとは思っていなかったわ。奥様のご実家が名家に連なる方だとは聞いていたから、相当な資産があるのかと思っていたけれど、どう考えても身の丈に合っていないと気になっていました。」

 「父上は気づいていない様子だった?」

 「あの頃は新しい取引の話が複数きていて、本当に忙しかったのよ。そこへあなたがジェロームさんを推薦してくれて、本当に助かると大喜びしていたわ。それで少し時間的に余裕が出来たから、今後のことを話し合うために、商会のナポリ支店に行くことになったのよ。本当は2月中旬に行くつもりだったのが、久しぶりにサルヴァトーレとゆっくり話し合いたいからと、出発を早めたの。」

 

 久しぶりに実家に帰ったばかりのジュリオでしたが、父ジャコモに相談するためにその翌日にはナポリに向けて旅立ったのです。


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