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4人の謀議

第17章

 フランソワの葬儀は、事件からかなり時間がたってから行われることになってしまいました。フランソワの部下の多数が教会軍側に拘束されてしまい、フランソワの遺体も教会軍に回収されてしまったこと。総司令官のエドモンの負傷で、エドモンの部下たちは法王への連絡や、遠征先の都市の治安維持に人数を裂かれ、混乱していたことが原因で。ジャンカルロが教会軍側に直接交渉しようとしたが、拒否されてしまっていました。結局最後にはエドモンの妻マリアからの依頼に、フィリップの法王への懇願が通り、フランソワの遺体がやっと引き渡され、ジャンカルロは何とか葬儀を執り行う準備を始めることができたのです。

葬儀は、状況が状況だけに、わずかな近親の者のみの参列で、ひっそりと行われることになりました。誰かがリッカルドの参列を目撃したところで、ヴェネチィアお得意の情報収集が目的だろうと思われるくらいで、特に世間に注目されることもなく。


 葬儀のあと、早速話し合いが行われました。時間を無駄にはできなかったのです。まずフィリップが口を切りました。

 「できるだけ、これは偶発的な事件、という印象を法王に持っていただこうとしたのですが、ある意味、成功したようです。法王はこの事件を利用したくても今は動けないでしょう。何しろメディチへの返済が先ですので。支払いが遅れるほど、利子もかかってきますし。当初予定していた最後の遠征地へエドモンの部下たちを派遣させることで頭が一杯だったようです。今のところ、皇帝の親戚関係にあるこの国に手出しする余裕はないでしょう。その点は安心できるよ、ジャンカルロ。」

 「しかし、皇帝は、反対に、いやな動きを見せ始めた。私に、そろそろ軍備を整えておけという命令が下った。同じ命令がここにも届くかもしれない。」とカルロス。

 「まだ時間はあるでしょう。カルロス。少なくとも、皇帝の宮殿近くに駐在しているヴェネチィア大使からの報告では、皇帝は、今回の事件は法王側の責任ではないから、何も干渉するつもりはないようです。ただ、次の教会軍総司令官に任命された人物が、下手な行動を起こすとなると、皇帝に付け入る隙を与えてしまうかもしれない。エドモンは思いのほか重症ですが、この遠征による儲けに味をしめた法王が、また領地を分捕りたくなって、別の者を立ててくる可能性は高いでしょう。フィリップ、どう思われますか?」

というリッカルドの問いかけに、

 「どうもそこが鍵のようですね。教会軍総司令官に、我々が信頼できる人間を、私が推挙できれば一番よいのだが。今のところ、私は法王の信任を得ているし。」

 「それなら、よい人物が一人いるではないですか? フィリップ、あなたもよくご存知の方です。エドモンの腹心の部下ですよ。」とリッカルドが真剣とも冗談ともとれる明るい声で言いました。

 「え? どなたのことですか? 見当がつかない。」

 「ジャンマリア殿です。」

 「何てこと言うんだリッカルド! 冗談だろ! あれは、カルロスが一時的に変装してエドモンの部下になりすましただけで、カルロスは皇帝軍の総大将候補の一人なんだそ! それにマリアエレナの立場はどうなるんだ!」驚くフィリップに

 「いや待ってくれ、兄上」と、それまで一切口を出さなかったジャンカルロが発言したので、みんな一斉に彼の顔を見ました。

 「ジャンマリアはカルロス殿のことなんだね。存外、妙案かもしれない。私たちは、法王対皇帝という前提に縛られすぎているのじゃないかな。今の法王に対して、ナポリはよく思っていない。法王も、彼らを少しこらしめようと、次の矛先をナポリに向けるかもしれない。彼はラングドックの人間だもの。いままでの法王の感覚と、少し違う気がする。それに、今は自前で軍隊を増強する金がない。ナポリへの示威行動に、皇帝の総大将を貸してくれ、ということも言いかねないんじゃないのかな。」

ジャンカルロの意見に、カルロスは反対します。

 「しかし、大変危険な賭けだよ、ジャンカルロ。私は皇帝の性格や行動パターンをよく知っている。単なる示威行動が、本当の軍事行動に転換するほどたやすいことはない。戦闘を経験してない者には、理解しにくいことかもしれないが。」

ジャンカルロは、ここで憤慨するどころか、目を輝かせて答えました。

 「カルロス、君もそう思うなら、きっと皇帝もそう思うだろうね。ただ、私が妙案だといったのは、あなただけが司令官として教会軍に参加するということだったんだ。あなたの兵隊と一緒でなくて。いくら君が優秀な総司令官でも、兵隊がいなきゃ戦えない。兵隊はわずかでいいんだ。現状と同じ。しかもエドモンが回復するまで、という条件で。ただ、法王と皇帝が手を組んだという事実だけを世間に見せればいいんだよ。ナポリをおとなしくするためにね。まさに皇帝も思いつかない妙案じゃないか?」

 「しかし、皇帝がそれで満足するだろうか。」とカルロス。

 「法王に恩を売っておいて、損はないと考えるのではないかな?」とフィリップ。

 「しかし、私は、前にマリアンヌ探しで、さんざん法王宮内を歩き回ったので、私の顔を覚えている人間がいるかもしれない。変装していたとはいえ、マリアンヌにはすぐばれてしまったし。」

 「いや、それはかえって好都合かもしれない。」しばらく考え込んでいたリッカルドが言葉を継いで、カルロスのほうを向きました。

 「カルロス、君が本当はどちら側の人間か、判断がつかないほうが、各国勢力の寄り合い所帯であるヴァティカン内では、それぞれの勢力とも疑心暗鬼になって動きがとりにくくなってちょうどよい。ヴェネツィアとしては、皇帝と法王のこの取引については静観する、という姿勢さえ明確にすればよいだろう。ただひとつだけ、つらい選択をしてもらわなければならない。君が教会軍総司令官である間は、マリアエレナ殿とご子息アランは人質として、皇帝の下に置かれることを覚悟しなくてはならない。絶対に法王側に寝返らないという保証のために。」

 「もともとマリアエレナは皇帝の姪の後見を受けてきたわけだし、それは、つらいが受け入れるしかないのだろう。」


 ここまで話し合ってきて、リッカルドは思わす笑みが浮かんできました。「ジャンカルロ殿はカルロス殿より策略家かもしれない、上手くいきそうだな」と。リッカルドはさらに謀議を続けました。

「では、はじめから検討し直してみよう。まずフィリップ、君が法王を直接口説く。教会軍がこういう状況になって、ナポリが不穏な動きをはじめている。こういうときにこそ、教会軍を建て直し、ナポリを押さえておかなくてはいけない、と進言する。当然、今、金のかかることはできないと法王は答えるだろう。そこで、すかさず、お金をほとんどかけず、最も効果的な方法があるという。一時的に皇帝と手を結び、ナポリ脅かすのだと。それにはエドモンの代わりに、教会軍総司令官に皇帝側の人間を据えるだけでよい。どうせエドモン回復までの一時的な措置だし、今回の事件による皇帝の監督不行き届きを責めないことで、皇帝に恩を売ることもできる、と。もちろん法王やフィリップと姻戚関係にある人間を推挙してもらえれば、なおよいのだが、と言い添えて。そして皇帝に勅書を届けさせる。いや、勅書はまずいな、私信のほうがいい。皇帝派の人間による教会軍総司令官への暴挙は、大変残念なことだったが、そちらの管理不行き届きについて責任を問うつもりはない、ただ、その代わり、皇帝ご自身も、我々ヴァティカンも、この事件を穏便におさめようという意志があることを示すために、そちらの優秀な武人を一人、教会軍総司令官の空席を埋めるために推挙して欲しい。もちろんエドモンの体調が回復するまでの当座の処置であるが、できればエドモンと同じく、法王と姻戚関係にある人間を。勘のするどい皇帝のことだ、ジャンカルロかカルロス殿のことだと気づくだろうな。」

 「ジャンカルロが選ばれる可能性は?」とカルロス。

 「まあ聞いてくれ。」リッカルドは続けます。

 「そして、マリアエレナが、皇帝の姪を通じて、父と叔父の事件でご迷惑をおかけしたことをお詫びし、ぜひ穏便に解決してくださいと懇願する。次にジャンカルロ、君が重要だ。同じく皇帝に、父を殺したエドモンを討たせてくれと懇願する。」

 「何ですって! いや、まさか皇帝はそんなことをお許しにはならないでしょう。」慌てるジャンカルロ。

 「もちろんです。でも、あなたがそういう行動をとることで、確実に“エドモンの代わりとして推挙できる、エドモンと姻戚関係のある人間”から外れることができる。それにエドモンはヴェネチィア元首の娘婿。何かあれば、ヴェネツィアも黙ってはいない。おそらくカルロス、皇帝は君を呼び出して、マリアエレナやジャンカルロのことを心配する振りをして、君の気持ちを探ってくるはずだ。そこで、君は、皇帝軍の将来の総大将の地位を狙う武人として、それとなく、今ナポリの情勢を探ってくるのは有効だ、と必要性を説く。私が皇帝だったら、カルロス、間違いなく君を送り込むね。」


 カルロスはリッカルドの明晰な思考に素直に感嘆するとともに、少し畏怖を覚え始めていました。リッカルドは味方につけたら心強い参謀になる男だが、敵に回したら恐ろしい、と。

 「なかなか、筋が通っているね。さすがだ、リッカルド。ただ、そもそもの前提としてナポリの動きはどうなんだ?」

 「フィレンツェの、メディチの動きに警戒しているようだ。実際彼らと法王は商売上の付き合いに過ぎないのだが。レオナルド枢機卿は、先のコンクラーベで、あれほど一気にエマニュエル枢機卿に票が流れると思っていなかったらしい。背後にあったメディチの財力と、提携関係をかなり恐れているようだ。あのときエマニュエルに投票しなかった、前法王の甥を通じて、我々ヴェネツィアにすらコンタクトしてきている。」

 「次のコンクラーベへの準備かな。だとしたら、ものすごい執念だ。」

フィリップの言葉に苦笑しつつ、リッカルドはさらに続けた。

 「まあ、それもあるだろうが、ナポリ王としては、近い将来、皇帝と対峙するのに、当座ヴァティカンやフィレンツェの協力は期待できないとすると、せめてヴェネチィアと友好関係を作っておきたい、ということだろう。我々が握っている情報網も魅力的なんだろうし。」

 「で、どうするんだ、あなた方の政府は。そもそもヴェネチィア元首の娘婿が理不尽に殺されたのだぞ。」カルロスの質問に、こう答えたリッカルドの返事で、一同の決意は決まったのです。

 「元首も十二人委員会も静観することに賛成のはずだ。いざというときの取引材料にはとっておくが。こちらから何か動くつもりはない。しかし法王にナポリの動きが怪しいとささやくことくらいはできる。」


 話し合いがついたので、女性たちがいるサロンに移ろうとしたとき、ジャンカルロがリッカルドにそっと声をかけました。

「あなたがた政府の意向は納得できたが、リッカルド殿、マリア殿のお気持ちは大丈夫なのか?夫を殺されかけたんだぞ」

「私が心からお慰めしましたので。彼女は、あれでとても気丈な方なのです。私は幼いときからマリア殿を見守ってきましたので、彼女は私のことを信頼してくれています。彼女は大丈夫です。何かあれば、私が責任を持ってマリアのことは守ります。」

「なるほど、それで安心しました。」

リッカルドがマリアと呼び捨てにしてしまったことに、ジャンカルロは気がついたのですが、あえて何も言いませんでした。


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