ある出会い
第63章
久しぶりにジュリオと会って話しをした翌日、パオロは元首宮に行き、元首の前でフェデリコにジュリオが副官の遺体確認も埋葬確認もしていなかったこと、そしてジュリオが彼と共謀して逃したのではないという意見を述べました。
「あのときは私自身も大けがのため寝台から身動きが取れずにいましたが、ジュリオ・ベレッツァがたった一人の外科医として休む間もなく大量の怪我人の処置に大車輪の活躍をしているのをこの目で見ています。さらに逃亡にジュリオは関与していないと判断したのは、ジュリオ自ら、治療を受けていた副官から依頼されたことを明かしたからです。『自分が死んだ場合は、キプロス王の隣に埋葬して欲しい』とお願いされたそうですが、快復に向かっているからと励ましたそうです。ファビオ殿がおっしゃったように副官が我々を欺して自殺を偽装し、部下の助けを借りて逃亡したのは確実でしょう。」
「やはりな。ジュリオ。で、その後奥方は副官の姿はヴェネツィアの街中で見ていないのか?」
「見ておりません。音楽院で見かけたと聞いて以降、外出を控えさせておりますので。ただ、副官はわざと存在を知らせているような行動をしていることから、彼の顔を知っている私や、ジュリオ・ベレッツァの前に現れる可能性が高いと思われますので、ジュリオ殿に見かけたらすぐ報告するよう協力を依頼しました。」
「もしスルタン側に内通していると思われる言動を確認したら、パオロ、そのときはその場で捕縛せよ。緊急を要する状況ならその場で処分してもよい。」
あまりに性急なフェデリコの態度に、パオロは大きな違和感を覚えました。副官逃亡という今回のバルバリーゴ家の不手際で元首から諫められたのか、この失敗で次期元首の可能性が潰えそうになっていると焦っているのか?
「伯父上、その前に確認すべきことがあるかと。」
「何だ?」
「副官の目的です。もしかしたらスルタン側には死亡したと思わせている可能性もあります。もし二重スパイとしてヴェネツィアに潜入しているのなら、なぜ身バレするような行動をしているのかが、説明がつかないので、何か別の目的がある気がしてならないのです。まずはそれを探り出さないと、対応を誤りかねないかと存じます。」
「バルバリーゴ家の名誉がかかっているのだ。懸念材料はすぐにでも潰さないと。」
「・・・・御意」
-あの副官はまだ敵か味方かわからない。しかもカテリーナの命の恩人であることは事実だ。もしここでカテリーナを誘拐しようとしたら、とっくにしていたはずだ。なぜ伯父上や上層部は安易に対処しようとするんだ。-
もやもやとした気持ちをかかえたままパオロが元首宮を出たところで、隣接するサンマルコ寺院の前で何やら困っている様子の若い修道士の一団に気がつきました。
「どうなさいました? 何かお困り事でも?」
国内の治安維持の責任者という立場でもあったパオロは、街中で困っている外国人のトラブルを解決するという仕事の責任者でもあったのです。
どうやらその数名の若い修道士たちはスペイン人とフランス人だったようで、その中に一人だけイタリア語に堪能だった者がいたようで、代表してパオロに話しかけてきました。
「すみません。我々はローマから法王様の推薦状を持ってここまで来たものです。こちらで司教様から叙階を受けるようにと。サンマルコ寺院に司教様がいらっしゃると伺ってここまで来たのですが、どのように取り次いでいただいて良いのか分からず・・・。」
「分かりました。私がご案内いたしましょう。この街の治安維持の責任者のパオロ・バルバリーゴと申します。念のため、その推薦状を確認させていただきますか?」
「なんとご親切な。私はマテオと申します。新しく修道会を立ち上げるため仲間達と一緒にパリから参りました。」
「わざわざパリからですか?」
「ええ、パリの神学校で学んでいた仲間が集まって立ち上げたんです。新しい未開の地での布教活動を目指していますから、パリからローマ、ヴェネツィアなんて、たいした距離の移動ではありませんよ!」
「未開の地?」
「ええ、アジアです。まずはマカオに、そのあとは、未だイエス様の教えを知らない、さらに東にある島国まで布教活動に行くつもりです。」
マリオと、その仲間たちの希望に満ちた活気溢れる姿に、パオロははっとしました。自分と同年代と見受けられるこの一団は、自分たちの信じる目的のために、何と生き生きしているのだろう? それに比べて今の自分は、しがらみにもがいて、なかなか自分が正しいと思う行動ができずにいる・・・。
パオロが大司教のもとに案内した後、マテオは改めてパオロに連絡先を尋ねてきました。
「我々は叙階を受けた後ローマに戻り、あらためて法王様に修道会設立のお許しいただくことになっております。無事修道会を設立できましたら、ぜひあなた様にもお礼を申し上げたいと存じます。」
パオロは何故か、このマテオという若い修道士がとても印象に残ったのでした。