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バルバリーゴ家の極秘事項

第61章

 「これは十二人委員会のメンバーでも元首と一部のメンバーしか知らない極秘事項だ。ここ最近委員会の一員となったファビオ・フォスカリも知らない。20年以上前には計画されたことだったからな。この計画を立案したのは、君の伯父、リッカルドだった。」

 「リッカルド・・・そんな昔からの・・・」

 「君はバルバリーゴ家の一員だから、君が決して誰にも話さない、この問題に対処する役目を負うという2つの条件を受け入れるなら経緯を明かそう。」

 尊敬するリッカルドの計画であること、そして何よりカテリーナの身に何か被害が及ばないように何とかしたいという気持ちが強かったので、パオロは条件を受け入れました。


 「あのキプロス王の副官は、ヴェネツィアが送り込んだ諜報要員だ。」

 驚くパオロをじっと見据えたまま、フェデリコは長い話を始めました。


 「彼は、とあるムスリムとナポリのアンジュー家の分家の末裔の娘の間に不義の子として生まれ、4,5歳のときにある修道会に孤児として引き取られた。将来はそこの修道会の下男として働くところだったのが、面倒をみることになった神父がすぐ彼のたぐいまれな記憶力と言語能力に気づいて、特別に教育を受けさせることにしたのだそうだ。

 10歳くらいのころ、修道会の用事でその神父とともに船である街へ移動したときに、ムスリムの海賊船に襲われ、彼だけさらわれてしまった。彼をかわいがっていた神父が修道会のトップに嘆願して、何とか彼を救い出すための身代金を集めるために奔走し、4年後、彼は無事解放されたが、その神父は、心労が重なっていたせいか、彼が解放されて安心したのか、その直後に亡くなってしまった。

 後見人を失ってしまったためか、彼は修道会にも戻らず、帰国する彼を乗せてくれた船の船長のつてを頼って、バルバリーゴ家で通辞として働くことになった。その船はバルバリーゴ家の商船だったのだ。

  その後、ジェノバヴァ出身のジェローム王がキプロスの王に即位したという情報が入ると、通商の中継基地として最重要な地点の1つが、ジェノヴァ勢力に押されてしまうことを懸念したリッカルドが、彼をキプロスに送り込んで王の身近に潜り込んで常に内偵させることを思いついた。彼の言語能力、交渉能力、そして自分への忠誠心を充分理解していたリッカルドは、当時サンマルコ共和国の養女としてジェローム王のもとに嫁がせることになった花嫁の随行人の中に彼を紛れ込ませた。

  どうやって彼がジェローム王に近づき、王の信頼を勝ち得たのか詳細は分からない。だが、その外見と言語能力からムスリムの人間だと言われても疑う者はいなかったのだろう。いつの間にか、彼は副官として、王が最も信頼する人物となっていた。」


 「歴代の商館長たちすら、その彼の正体を知らなかったのですか?」

 「ああ、もちろん元首は知っていたが、バルバリーゴ家の家令を送り込んだようなものだったからな。本当に数人しか知らないことだった。彼は秘密裏にこちらに情報を流し、我が国は最恵国待遇を長い間、享受することができた。しかしリッカルドが亡くなってからは、少々雲行きが怪しくなってきた。」

 「というと?」

 「表向き何か大きな行動の変化が現れたわけではないが、キプロス王と過ごす時間のほうが、彼の人生では長くなっていったのだ。それにジェローム王の後継者が誰になるのか、という問題は、我々と同じように、いやそれ以上に彼にとって死活問題であったはずだ。ジェローム王の息子は皆幼い内に原因不明の病に倒れ、誰一人成人していない。」

 「・・・・・」

 「彼はキプロス生まれのムスリムということにしていたから、本国からの指令がない限り、ヴェネツィアに帰国することもできない。リッカルドを信用していたことは確かだが、バルバリーゴ家の他の人間とはほぼ何も交流がなかった。彼はリッカルドが亡くなった時点で、キプロス行きが片道切符だったことを自覚しただろう。」

 「私には、ジェローム王は彼を後継者と考えているようにも見受けられました。王自身、スルタンの意向もあり自分だけでは決められない、とは言っておられましたが。」

 「ジェローム王と副官の間で、具体的にどのような会話や合意があったのかは、わからない。ただ、新しいスルタンの動向がきな臭くなってきたタイミングで、そなたがキプロスに新しい商館長として赴任してきた。しかも新婚の妻も伴って。ヴェネツィアがキプロスを直接領有するという可能性には早くから気づいていたに違いない。そしてキプロス王の死後に、まるで殉死するかのように服毒自殺を図った。しかし実際は埋葬されたという遺体は見つかっていない。行方不明だ。そんなときに、そなたの妻がヴェネツィアで彼を見たと言い出した。」

 「キプロスでは最後まで、彼は終始こちらに好意的な態度でした。ヴェネツィア政府に刃向かうつもりはなかったのではないでしょうか。何より、妻カテリーナがイエニチェリに襲われたときに、命がけで守ってくれたのです。」

 「そのイエニチェリは、最近薬草園に雇われた人間だったそうだな。もともとスルタンに恭順を誓っているキプロス王のもとへ、何のためスルタンがわざわざ暗殺団を送り込む?あれはキプロスをジェローム王から力尽くでもぎ取ろうとした、スルタンの側近の勇み足の行動だ。その証拠に、戦闘が始まってもスルタンは援軍を送り込んでこなかった。スルタンは、あのときキプロスの情勢を冷静に的確に把握していたんだ。誰かが、スルタンに正確な情報を送り続けていたはずだ。」

 「それが・・」

 「あの副官が、いつからスルタン側に寝返ったのか、もともと二重スパイだった可能性もあるということで、今後どう対処するか今、元首と協議中の大問題だ。ジェローム王も何をどこまで気づいていたかどうか、今となってはわからない。」

 「私も、疑われていたのですね。だから帰国命令が・・・。」

 「あの副官が生き延びているということは、もはや確定事項だ。そなたは疑われていたというより、より詳しい情報を直接聞き出したかったのだ。」

  「それで、私はもうキプロス戻ることはないのですね。」

 「ああ、そなたは、国内の治安維持の責任者に任命されることになるだろう。表向きの活動はもちろんしてもらうが、同時に特命が下される。あの副官を見つけ出し拿捕することだ。彼の目的がわからない。わざわざヴェネツィアに戻ってきて、そなたの妻の目につくような行動をしていることが不可解だ。」

 「もしかしたら、我々に対話を求めているのではないですか? 友好的な接触も可能かもしれません。そもそも副官の本名は何というのですか?」

 「それが、全くの偶然だが・・・王と同じ、ジェロームという名だ。」

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