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完璧な会食

第37章

 「まあ、素敵だこと!」

 フォスカリ家に挨拶に訪れたパオロから贈られたキプロス特産のレフカラレースのショールを見て声を上げたのは、カテリーナではなく母親のマリアグラツィアでした。用意周到なパオロは、カテリーナだけでなく、マリアグラツィアにも贈り物を用意していたのです。


 その様子を見て、『これはますます娘より妻の方が乗り気になるな』と思いながらファビオはパオロに椅子をすすめながら、キプロスでの生活ぶりを訪ねました。

 「それにしてもパオロ、立派な青年になったのだね。キプロスはどうだった?」

 「ええ、ヴェネツィアよりも雨が少なく、晴れの日が多いです。少し乾燥していますが温暖で過ごしやすいですよ。治安もよく、商館長殿はとても温厚な方だったので、仕事もやりやすかったです。」

 「そうか。ジェローム王は息災であられたのかな?」

 「ええ、我が国との取引にはつねに前向きな姿勢で、あのお年で、と驚くほど精力的に活動されていらっしゃいます。たまにお忍びでひょっこり商館に出向いてくださることもございまして。」

 「以前、カテリーナを連れて商用でシチリアに行ったとき、偶然お会いしたことがある。義父が商館長をしていたときは、かなり親しくさせていただいていたと聞いている。シチリアでお会いしたとき、カテリーナは王の前でリュートの演奏を披露したのだが、とても気に入ってくださったようだった。」

 「はい、そのときのお話を帰国前に伺いました。カテリーナ様の演奏は、とても心に響くものだったと。それで私も自分の壮行会でのことを思い出しまして。こうしてカテリーナ様とお会いできるのを楽しみに戻ってまいりました。」

 そう百点満点の受け答えをして、カテリーナに微笑むパオロ。


  いつものカテリーナなら興味津々な態度でキプロスでの生活を質問攻めにしそうなものでしたが、婿候補として自宅に現れた“初恋の”パオロに、カテリーナは動揺してしまっていました。

 「そうだ、よろしければ食事のあとにリュートを弾いていただけないでしょうか? 昨日はあの後、本家に呼び出されていたので失礼しましたが、今日一日はフォスカリ家から追い出されるまでここにいられますので。」

 少し冗談めかしてのお願いに

 「え、ええ喜んで。そのときのシチリアの滞在から生まれた曲を披露させていただきます。」

 そう応えてすぐカテリーナは、はっとしました。そもそもあのシチリア滞在は、ジュリオに招待されたベレッツァ家への表敬訪問だったことを思い出したのです。父ファビオも少し困惑したような顔で自分を見ていることにも気づき、表情を見られたくなくて、下を向いてそのまま黙ってしまいました。


 一瞬会話が途切れてしまったので、あわててマリアグラツィアが、シチリアのあとにザルツブルグでの婚礼に招待され、そこでカテリーナが演奏会を行い、大好評だったこと、ザルツブルグ大司教様直々にお褒めの言葉をいただいたことなどを話しました。

 「それは素晴らしい経験をされたのですね。カテリーナ様の先生でもある兄のサンドロも、弾き手としても自分をしのぐほど優秀だ、と大変褒めておりました。」

 「まあ、サンドロ先生までも! でもね、その娘の演奏会の翌日、大変なニュースが飛びこんできまして、突然ウィーンが包囲されたとか、大騒ぎになりまして。」

 その話題から、父ファビオとパオロが政治がらみの話しを始めたので

 「先にリュートを取ってまいりますわ。」

 とカテリーナは席を立ち、自分の部屋に向かいました。


 そしてしばらく自分の部屋で心を落ち着け、冷静さを取り戻したカテリーナは、食事中はいつものように明るく会話をしながら過ごし、食事後は見事にリュートを演奏し、夕方にはにこやかな笑顔で礼儀正しくパオロをお見送りしたのです。


 パオロとの会食の推移に、マリアグラツィアもファビオも満足していました。どのように満足したのかは、全く違いましたが。


 そしてカテリーナは、パオロを送り出した後は、一人で部屋にこもって『万人のための薬草学』を読んでいました。

 そこへ召使いがカテリーナあての手紙を持ってきました。 

 父との約束で、もう一人の候補者パオロが戻ってくるまでの間、ジュリオはカテリーナとの手紙のやりとりはしないと約束させられていたので、一体誰からの手紙かと思うと、それはコンスタンツァからの近況報告でした。ただ、その手紙には、さらに別の手紙が同封されていたのです。それはジュリエットからの長い手紙でした。


 『私と夫ロバートは、ザルツブルグでカテリーナ様がコンスタンツァと一緒に見つけた手記を拝見いたしました。

 二人で冷静に推察した結果、確かに夫ロバートの母、ドロテア様の日誌に間違いないと思います。

 このことを知り、夫はしばらく考え込み、いろいろと調べていたのですが、今回ロバートの了解と以来を受けて、この手紙を書いています。ここでカテリーナ様を信用し、ヴァイツァー家の名誉に関わることを打ち明けなければなりませんが、どうかこちらの望みをお酌み取りいただければ幸いです。これからご説明する背景をご理解いただいた上で、カテリーナ様に伏してご協力をお願いしたいのです。本来ならば、私がそちらに伺うべきところなのですが、私の体調が安定しておらず、侍医の判断で長期に旅行に出ることができない状態です。この歳で妊娠するとは予想外でした。』

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