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結婚あるいは同盟

第13章

 翌日のエドモンの総司令官就任を祝う特別ミサ、その翌日の市内凱旋のパレード、と行事が続いたため、エドモンとフィリップとそしてジャンマリアに扮したカルロスの三人が落ち着いて話し合えたのは、ヴァティカン到着から4日目のことでした。フィリップはやっと、何か起きているのか、理解することができましたが、なかなか納得はできません。

 「では、母はフランソワのもとで暮らしているのですか! 危害は加えないにしても、母は精神的に耐えられないでしょう。しかも父上、あなたの支えも期待できないとなれば、きっといつか倒れてしまう。」

 「ジャンカルロとマリアエレナに、できるだけ訪問して、エレノアを元気付けるように、とお願いしておいた。」とカルロス。

 「カルロス! あなたこそ、こんなときに母を守っていただきたかったのに! だいたいわざわざ変装して、偽名まで使って、皇帝派のあなたが、なんでここまでいらっしゃったんです?」

 「そう、それが本題だ。エドモン、どう感じた? あのヴェネツイア大使の本心は。」

 「リッカルドの本心?! 彼が何か?」

 「フィリップ、どうか怒らないで聞いてくれ、君がマリアエレナに、もう手紙を送らないでくれと連絡してきたとき、マリアエレナは君との文通のことを私に告白したんだ。彼女は自分の手紙のせいで、君を窮地に陥れるかもしれないと、死ぬほど心配していた。そもそも君を巻き込んだのは、あの3人の会合に同席をお願いした私だから、マリアエレナと同じくらい君の身の安全を憂慮したんだ。で、マリアエレアへの君の手紙に、ヴェネツイア大使の動きが書かれていて、君が彼を信用しているのが気にかかった。彼が何か特別な意図があって、君と親しくしていると感じたんだ。」

 「彼とは確かに、よい関係ですが。。。」

 「さきほども話したように、今回のエドモンの結婚話は、ヴェネツイア元首から皇帝への働きかけが発端だ。もちろんそんなこと、法王は知らないが。私たちの計画に、ヴェネツイアが割り込んできたわけだ。彼らを敵に回すことはできない。直接会って、彼らの真意を探り、利益相反するなら、妥協点をさぐらなきゃいけないのだよ。ぜひ、ヴェネツィア大使との非公式の会合をすぐにでも用意してくれないか。君と大使とエドモンと、そして、私。」

 「わかりました。結婚式の細かい打ち合わせの続き、ということならば問題ないでしょう。すぐに、今晩にでも来てくれるはずです。」


 ところが、フィリップが連絡すれば、いつもはすぐやってくるリッカルドが、このときは、「火急の用事」とかで翌日の晩ということになりました。そこで、丸一日無駄にするのはもったいないと、カルロスは、ひそかに法王宮内の様子を探ってみたのです。カルロスはあちこち歩き回り、なんと大胆にも「迷ってしまった」という単純な理由で、法王の私室の近くまで出現したので、フィリップはさすがに秘書官長から

 「何かあれば、あなたの責任ですぞ」

と小言を言われ、冷や汗をかきっぱなしだったのです。


 翌日遅く、ヴェネツイア大使がフィリップの執務室に到着しましたが、今度は肝心のカルロスが、またどこかに行ってしまっていました。

 「昨日は、参上できずに失礼いたしました、枢機卿殿。本国から緊急の連絡が入りまして。」

 「元首殿が、何か」

 「いえ、ご心配には及びません。総司令官殿。それより、今日のこの集まりは、結婚式のためのものではありませんね。」

 「なぜ、そう思われるのですか?」

そこへ、息を切らしたカルロスが飛び込んできました。

 「逃げたぞ!あの女」

 「やはりそうでしたか。どうそお席におつきください、カルロス殿」

 「いや!大使殿、この者は、私の」

 「お互い腹を割って話したほうが、解決策がすぐ見つかるのではありませんか? 総司令官殿。私がお連れした、あの薬草使いの女が失踪したとなれば、法王の病状が悪化するのは時間の問題です。」

 「え! あの唖の女が? なぜ? あの女を知っているのですか? カルロス!」

 「私に顔を見られたからだよ、フィリップ。私もここに到着した日に見かけたような気がして、ずっと探していたんだ。あれは、マリアンヌだ。フランソワの愛人だった。」

 「そうです。私たちが雇い入れて、法王看護のために送り込んだのです。」

と、リッカルドはあっさりと告白しました。

 「どういう性格や前歴の女にしろ、処方と看護の腕前は、彼女の右に出るものはいないでしょう。十分な報酬を与えていれば満足する、政治的野心はない女だと判断した共和国政府の意向です。」

 「大使殿、もう私の素性を詳しくご存知だろうから、改めて自己紹介はしないが、心から詫びる。私が軽率だった。捕まえて、何を知っているのか吐かせようと思っていたんだが、かえってやっかいな事態を招いてしまったらしい。」

 「いえ、そもそも私も、枢機卿殿に1つ嘘をつきました。唖の女だと。そうでもしなければ、とてもお使いいただけるとは思えなかったので。それ自体は、実害はないと思っていたのですが、こちらの計算違いがございました。あの女は金銭欲から、法王の私室に出入りする人間の情報を探り、ゆすろうとしていたのです。我々の共和国出身の枢機卿もゆすられ、元首に強硬に抗議がきました。昨晩伺えなかったのは、その対処を検討していたからです。これは誓って申しますが、我々共和国政府が、あの女に指示したことではありません。」

 「なるほど、私の手紙がなくなったのも、あの女の仕業か。確かに玄人なら、盗み見るだけで、奪うなんてことはしないだろうから。」

 「フィリップは納得しているようだが」とカルロスが続けます。

 「ということは、失策はお互い様ということだな。さきほどの詫びは撤回するかな。」

 「我々の目前の問題は、法王がご存命のうちに、エドモン殿の結婚式を決行することではないですか。お互いの利害関係が異なろうと、お互い信頼関係が不完全でも、この一点はお互い一致しておりますでしょう。」

 リッカルドの一言で、皆、当座の対策を検討することにしました。まず、エドモンとヴェネツィア元首の娘マリアの結婚式だけでも、できるだけ早くとり行うこと、そのためのヴェネツィアへの準備、連絡はリッカルドが責任をもって行うこと、フィリップは法王を説得し、結婚ミサの準備をすること。カルロスは、エドモンの部下の一部を率いて、念のため、マリアンヌの捜索を行うこと。

 「要は法王様の体調次第ということですね。結婚ミサを執り行うのが法王様でなければ、この結婚の意味は半減してしまいますから。私が明日朝、お体の調子を確認し、日取りが確定次第、すぐリッカルドに連絡します。」とフィリップ。

 「せっかくの君の結婚式に参列できなくて、残念だな、エドモン。」とカルロスは冗談をたたいたあと、リッカルドに向かって真剣に切り出しました。

 「ひとつ頼みがある、大使殿。あの女マリアンヌの逃亡先は、あなたの国である可能性が最も高いと思う。逃げるとしても女一人だ。土地勘もあり、かくまってくれる知り合いもいる故郷にまず向かうだろう。そこで、私が貴国内を自由に出入りできる信用状のようなものをいただけないかな。もちろん期限付きでよいのだが。」

 カルロスは、リッカルドがどれだけ自分を信頼しているか、試そうというつもりで質問したのです。おそらくリッカルド大使は拒否するか、少なくとも躊躇するだろうと思っていました。ところが、すぐにリッカルドはすぐに快諾したのです。

 「おっしゃる通りですね。カルロス殿。もし彼女の背後に誰かいるならば、至急捕まえて探り出さなければならない。私の名前で、サンマルコ共和国および衛星国の領土内の通行許可書および滞在許可書をすぐご用意します。もちろんあなたの身分は極秘扱いにしますのでご安心ください。ただ、1つだけ条件をつけさせてください。あの女を捕まえたら、尋問に立ち合わせてください。我々もあの女に裏切られたわけですから。」

 結婚式には参列できなくても、今回の“ヴァティカン詣”は、大きな収穫があったとカルロスは感じていました。このリッカルドという大使、敵に回したら難儀だが、同盟者としては信頼できそうだ、と。


 エドモンとマリアの結婚式は、エドモンの教会総司令官就任式のわずか8日後に挙行されました。予定を前倒ししたため、近郊の領主らの参加は少数で、参列者はヴァティカン駐在の各国大使や枢機卿がほとんどでしたが、サンマルコ大聖堂で、法王自らが司祭となり、荘厳な雰囲気の中で執り行われたのです。花嫁は二十一歳で、当時としてはかなり晩婚といえました。ヴェネツィア元首には5人の娘がいたのですが、よい婿を探すことは、政治的な策略や配慮以外にも、親として、なかなか難問だったのかもしれません。

 「やっと最後の一人を片付けることができて、元首殿もさぞやほっとなされたことでしょう。」

結婚式の後、素直に、そんな感想を漏らすフィリップに、リッカルドは微笑みを禁じえることができませんでした。実は、元首は末娘結婚式も早々に、リッカルド大使からの報告で、次回コンクラーベの対策に、早速、十二人委員会を招集し、討議を始めていたからです。


 ところで、この結婚式の前倒しの理由について、ヴァティカン内外で、いろいろ揣摩臆測が飛び交っていましたが、これは最初から仕方のないことと、フィリップもエドモンもリッカルドも割り切るしかありませんでした。ただ、エドモンだけは、この結婚式の話が、妙な尾ひれがついてエレノアの耳に届く前に、どうしても自分から事情説明したくて、危険を承知で、手紙を出していました。

 -この結婚は、君も知っているように、皇帝の命令だが、私が決心したのは、この同盟関係が、私たちの子、フィリップとマリアエレナとジャンカルロにとって、互いに敵対するような状況を避ける唯一の手段だと確信したからだ。賢明な君なら理解してもらえると思っている。私とカルロスとフィリップが協力して、勢力均衡政策を維持し、愚かで無益な戦争を避けるようにする。君を愛しているから、この決断をしたのだ。結婚したからといっても、私の心はいつでも君のそばにいる。この手紙は危険だ。特にフランソワに見られないように、読んだらすぐに焼き捨ててくれ。いつかまた君に会えると信じている。いつまでの君のエドモン-


 もちろん、エレノアは、この手紙をすぐに焼き捨てることなどできず、ずっと大切に隠し持つことになるのです。


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