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慌ただしい帰国

第21章

 オスマンの大軍がウィーンに向かって進撃している。いやもうウィーンを包囲しているらしい。


 狩猟の館の大広間で、祝宴の招待客を前に飛び込んできた急報を冷静に伝えたロバートは、皆がパニックにならないように、まだ戦闘が始まったわけではないこと、事前に危険を察知して皇帝陛下が陣頭指揮をとり、続々と防衛体制の構築が進んでいることも伝え、

 「今ならまだ安全にご帰宅ができます。落ち着いて行動されてください。ヴァイツァー家としましても、何かございましたらできるだけお手伝いいたします。」

 と落ち着いた口調で話したのでした。


 ロバートとフレデリックは防衛のためにともに皇帝軍に合流するべきという状況だったので、相談の上、とりあえず一足先にフレデリックがステファンとともに至急ウィーンに向かい、ロバートは招待客の無事帰宅の手配と確認が出来次第、ウィーンに向かうということに決めたのでした。

 

 知らせを聞いたときは驚いて倒れそうになり、しばらく恐怖で震えていたコンスタンツァでしたが、ロバートの説明で落ち着きを取り戻し、すぐにウィーン向かう準備をしているステファンのもとに駆けつけたのでした。

 「コンスタンツァ、新婚早々こんなことになってすまない。」

 「あなたは何もしていませんわ。私はもうあなたの妻ですもの。一緒にすぐウィーンに戻り、あなたを支えます。」

 「そのことだけど、コンスタンツァ。ロバート殿とも父上とも相談したのだが、君は念のため、どこか安全なところに避難して欲しいんだ。」

 「え? 何を言っているの? お母様だってジュリエット様だって、ともにウィーンに戻るのでしょう? なぜ私だけ?」

「私だって、君にそばにいて欲しいし、支えて欲しいんだ。けれど、妊娠している可能性がある。だから・・・」

「あ・・・」


 カテリーナもロバートの説明を聞いてすぐに母と宿となっている館に戻り、帰宅準備を始めたのでした。倒れそうになり震えていたコンスタンツァとほぼ同時に、すぐ横にいた自分の母親も恐怖に震え出したので、母を落ち着かせながら、とりあえず部屋に戻ることにしたのです。

カテリーナも恐怖感を感じなかったわけではありませんが、母国ヴェネツツィアに戻れば、まずは安全だろうと思っていたのでした。

 そこへ、ジュリエットが突然やってきたのです。


 「フォスカリ家の皆様に、折り入ってお願いがあるのです。」

ジュリエットは単刀直入に、きっぱりとした態度で用件を切り出しました。

 「母がまだ気分が優れず休んでおりますので、代わりに私がお話を伺います。」

 「本来ならば、こんな無理なお願いをできる間柄ではないのですが、息子の嫁コンスタンツァ様を、フォスカリ家でしばらくの間、保護していただけないでしょうか?」

 「承知いたしました。」

 「え!?」

 あまりの即答に思わずジュリエットも声をあげてしまいました。

 「お母様に相談されなくて良いのですか? 期間もまだわかりませんし・・・」

 「母に相談しても父に相談しても回答は同じだと思います。ジュリエット様は、疎遠になっていたベレッツァ家とフォスカリ家の交流を再開させてくださった恩人です。そして私にもこんな素晴らしい演奏の機会を与えてくださいました。それに今回は命の危険がかかっている状況です。そして何より、私はコンスタンツァ様を大切な友人の一人と思っております。大切な友人が困っているときに助けないなんて、私には出来ません。」

 「カテリーナ様・・・」

 「すぐに準備にかかりましょう。ジュリエット様、私たちフォスカリ家を信用してくださって、ありがとうございます。ウィーンでのご無事を心からお祈りしております。コンスタンツァ様はフォスカリ家がお守りいたします。ステファン様には、安心してくださるようにお伝えください。」


 ジュリエットが宿を出ると同時にカテリーナは母が休んでいる部屋に行き、事情を話すと、何故か気力が戻ったのか休んでいたベッドから起きだし

「カテリーナ、ジュリオ殿に同伴していただきましょう。彼にエスコートしていただけないと、女三人の長旅は危険です。すぐ彼を呼んできて!」と命令したのでした。


 ジュリオはカテリーナの書いた呼び出しのメモを受け取ったあとすぐに、馬車や人足の手配などをして明日朝そちらの館に迎えに来るという返事をよこしてきました。

 数時間後、いくつかの荷物とともにコンスタンツァがカテリーナの部屋にやってきました。

 「カテリーナ、義母から聞きました。本当に何とお礼を言ったら良いか・・・。」

 「いいの、コンスタンツァ。ステファン殿と離ればなれで不安でしょうけれど、両親も歓待してくださるわ。どうぞ安心なさって。」

 「ありがとう。」

 「荷物はこれだけかしら?」

 「ええ、あら、あなたはまだ荷物をまとめていないの?」

 「いままで、母の整理を手伝っていたから。これからやるわ。」

 「お願い、手伝わせて。せめてものお礼に。それに何かしていないと心配で頭がいっぱいになりそうで。」

 「わかったわ。では私は衣装をまとめるから、デスクやチェンバロの上にある筆記具や本や楽譜などをまとめてくださると嬉しいわ。」

 「あ!そうだったわ。この部屋で私たちが見つけた楽譜、大司教様が持っていって良いとおっしゃってくださったの。」

「本当に? こんなときに不謹慎だけど、嬉しいわ、コンスタンツァ。ありがとう。」


 こうして、カテリーナは母とコンスタンツァとジュリオとともに、ザルツブルグを慌てて出発していったのでした。

 ジュリオは女性三人をヴェネツィアまで送り届けたあと、アルド社で解剖学の指導書の最終稿を受け取り、そのまま一人ナポリに戻っていきました。


 火急の事態に遭いながら、ヴェネツィアまでの帰路、明るい態度で気遣い、女性たちが何の不自由も不安もなく過ごせるように対処し、無事ヴェネツィアのフォスカリ家まで送り届けたジュリオに対し、カテリーナの母の中では評価が大いに高まったのでした。


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