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幸福な旅

第19章

 「シチリアと同じように、ナポリもさまざまな国の人々がともに暮らす街なのですね」

「そうだね。ナポリ人とは誰のことを指すのか、私もよくわからない。支配する側の人間が変わるだけで民衆は確かにナポリ人なのだろうけど。確かにヴェネツィアとは大きく違う社会かもしれない。」

親しくなるにつれて、ジュリオとカテリーナは面白い体験や笑い話といった話題から、社会環境や人生観といった真面目な話もするようになっていました。

そしてジュリオは自分の通う大学にカテリーナを案内した後、はじめて自分の身の上の不安と希望をカテリーナに明かしたのでした。


 「私は、今はまだ、さきほどご紹介した教授の助手という立場ですが、無事、あの解剖学の本を出版することができたら、私の将来も見えてきます。教授との共著ということになったので、教授の推薦と出版の実績があれば、どこかの大学で教鞭を執るチャンスを掴み取ることができます。そうなれば父を安心させることができますし、私も自立することができます。」

 「ジュリオ、あなたは長子でしょう? ベレッツァ家の家督を継がれないのですか?」

 「どうでしょう。商売は弟が引き継ぐことになっていますから、私は名目上の家長になるしかないでしょう。ただ、資産は弟にも引き継げるようにしたいと考えています。私は自分の好きな道に進んでいるので、将来ベレッツァ家の屋台骨を支えてくれるのは実質的に商売を手伝っているルカになるでしょうし。弟に余計な負荷をかけたくはないのですが・・・。」

 「そうですね・・・。私も5年前に弟が産まれるまでは、フォスカリ家を支えるため婿養子をとるという前提で育てられてきました。」

 カテリーナも自分の置かれている状況をジュリオに打ち明けます。

 「5年ほど前に弟が産まれました。それ自体はとても喜ばしいことなので、私も兄弟が出来たことをとても嬉しく思いました。ただ、それまではずっと私が婿養子と結婚して家を継がなければならないと言われておりましたが、弟の誕生で、急に嫁に行かねばならない身の上となりました。弟はまだ幼いのですが、最近は母に早く家を出るよう追い立てられているようで・・・。ヴェネツィアでは、貴族の娘は14歳で嫁入りすることも珍しくないので、母の心配も分かります。18歳では行き遅れと言われてしまいますし。でもどこかの貴族の奥方になったら自由が奪われていまいます。その前に私はどうしても自分が生きた証として、自分の作品集を出版したいのです。」

 「カテリーナ、約束しませんか? あなたのリュートの楽曲集と、私の解剖学の指導書、お互いの作品を交換しましょう。私はあなたの作品が世に出ることを信じています。信じて心から応援しています。」


 ルカの出立の準備が整い、カテリーナはいよいよヴェネツィアに向けて戻ることとなりました。カテリーナの父のほかに、そのあとザルツブルグでのステファンとコンスタンツァに婚礼に招待されているジュリオ、そしてこれからフォスカリ家の世話になるジュリオの弟ルカ。ヴェネツィア商船に乗り込んだ一行は、特に問題もなく穏やかな海路でヴェネツィアに戻ると、カテリーナとジュリオは二人して再度アルド社を訪れ、ジュリオは解剖学の指導書の第1巻の最後の校正を確認し、カテリーナは楽曲集の進捗報告をしたのでした。


 本来は、ヴェネツィアに2週間ほど滞在してからザルツブルグに出発する予定でしたが、シチリアでの滞在が伸びたため、カテリーナ、カテリーナの母、ジュリオの三人は、早々にステファンとコンスタンツァに婚礼に出席するためにザルツブルグに向かったのです。


 ザルツブルグへの道中、カテリーナの母は改めてジュリオの人間性や将来性などを見極めようと、失礼にならない範疇で、でも熱心にジュリオにいろいろと質問してきました。

 普通の若い男性なら辟易するようなところでしたが、生来の愛想のよいジュリオはカテリーナの母の質問に丁寧に答えるだけでなく、自分が祖父から聞いた宝剣にまつわる話や、ヴァティカンで体験した隠し部屋での話など興味をかきたてるように面白く説明したので、カテリーナも交えての会話の弾む旅となったのでした。


 そしてザルツブルグではヴァイツァー家の大歓迎を受けました。カテリーナもジュリオもロバートとは初対面だったのですが、ジェローム王の昔話を聞いていたので、二人とも何故かすでに知り合いのような親近感を感じたのです。

 そしてステファンからコンスタンツァを紹介されたカテリーナは、何故か鏡を見ている気になりました。

 顔や髪の色は違うのですが、背格好や物腰、声、雰囲気が似ていると感じたのです。コンスタンツァも同じように感じたようで、お互い見つめ合ったあと、思わず同時に笑い出してしまいました。


 その日、ヴァイツァー家の人々とコンスタンツァ、カテリーナとカテリーナの母、そしてジュリオとで過ごした晩餐は、カテリーナにとって、人生で一番幸せな時間だったかもしれません。


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