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シチリアでの再会

第15章

 カテリーナの両親への説得がやっと認められて、ついにシチリア行きが決まったのは、ジュリオがナポリに戻ってからひと月ほどたった頃でした。旅の本来の目的はベレッツァ家の訪問ということだったので、フォスカリ家当主である父親の最後の商用旅行にカテリーナが同伴とするということで実現したのです。

 しかも、シチリアの後すぐ、今度はザルツブルグに行くということにもなりました。マリアンヌの訪問を終えて戻ってきたジュリエットとステファンから、フォスカリ家訪問の報告を聞き、これからもサンマルコ共和国で有力なフォスカリ家と深い繋がりを持っておこうと考えたロバートが、ステファンとコンスタンツァの結婚式にフォスカリ家ご夫妻を招待したのですが、当主は商用の旅のあとすぐ政務に就かなければならないため、カテリーナが父の名代として結婚式に参列することになったのでした。

 

 カテリーナの母としては、ヴェネツィア内での婿捜しを諦めて、旅行先でなんとか娘の良縁が探せないかと考えていたのです。カテリーナの母の胸の内では、ジュリオ・ベレッツァも候補の一人でしたが、長男でありながら家業も継いでいない男は不安だったので、ザルツブルグでの出会いにも大きな期待をかけていました。


 カテリーナにとっては、シチリア旅行は父と、ザルツブルグは母との旅行ということで、期待に胸を膨らませていました。但し、母親から

 「カテリーナ、あなた、こんなことをしていたらもう18歳になってしまいますよ。いいですか、この旅行から帰ってきたらすぐ、結婚相手を決めますからね。」

 と釘を刺されてしまいました。

 しかしカテリーナの頭の中は、「旅先で作曲するためにリュートと筆記具を持っていかなければ」という考えで、頭がいっぱいだったのです。


 シチリアへの船旅は、実に快適なものでした。もともとヴェネツィア-シチリア間に定期便が運行している航路でもあり、海路は穏やか、フォスカリ家所有の立派なガレー船は居心地がよく、心配していた船酔いもほとんど感じないまま、パレルモの港に着きました。

 港で父とともに駐シチリアのサンマルコ共和国大使の出迎えを受けたカテリーナでしたが、ヴェネツィアの街を出たことがなかった彼女にとって、パレルモの街中の雰囲気だけでもドキドキしました。街中を歩くムスリムの人々、独特な建築様式のモスクから聞こえる礼拝の声、さまざまな国の人々で賑わう市場など、ヴェネツァでは味わうことのない空気感に惹き付けられたのです。

 

 「ほう、どうやらキプロスから要人がすでにいらっしゃっていうようだね。」

 「はい、フォスカリ殿。ちょうど昨日より、錫の取引継続の件でご滞在中です。」

 「わざわざ王ご自身がいらっしゃるとは相変わらずのようだな。」

 「ご健啖家ぶりも変わらず、それでいてあのお年で精悍な体躯を維持していらっしゃるようで。」

 「丁度良かった。早速ご挨拶がてらの会食の機会を用意いただければ助かるのだが。」

 「承知いたしました。」

 父と大使のそんな会話を交わしている横で、カテリーナは好奇心が抑えられず、落ち着かない様子で周りを見渡していました。


 「カテリーナ、街の散策は荷ほどきが済んでからにしなさい。それにここはヴェネツィアではないのだから、一人での町歩きは厳禁だよ。」

 「フォスカリ殿、よろしければ我が家の下僕を派遣いたしましょうか?」

 「お父様、そんな遠くには行きませんわ。私、一人で大丈夫です。」

 「おまえは本当に怖い物知らずだな。ここでヴェネツィアの常識は通じないぞ。大使殿、寛大なお申し出、感謝します。できれば・・・」

 港に近いヴェネツィア商館に向かう途中で、そんな会話を交わしているときに、港前の広場に明るい声が響きました。

 「カテリーナ! フォスカリ殿! ようこそシチリアへ!」

 相変わらずの陽気な調子で、ジュリオ・ベレッツァが駆け寄ってきたのです。


 「ああ、お迎えが間に合ってよかったです! 」

 「ジュリオ! お久しぶり!」

 「カテリーナも元気そうで何より! 船旅は快適だったようですね。フォスカリ殿、またお会いできて光栄です。今夜は早速拙宅においでください! 父も心から歓迎したいと待っておりました!」

 お互い呼び捨ての二人にちょっと引っかかるものがあったカテリーナの父でしたが、大使とも親しく言葉を交わすジュリオの姿に、もしかしてこのじゃじゃ馬な自分の娘をうまくコントロールできるのは、ジュリオのような男性かもしれないなと、出発前に妻と話していた会話を思い出したのでした。


 「カテリーナ、私はこれから大使とちょっと話すことがあるから、おまえはその間、ジュリオ殿と一緒に町歩きをすればいい。ジュリオ殿、来て早々申し訳ないが、娘の相手をお願いできるだろうか?」

「もちろんですとも! 喜んで。ヴェネツィアを案内してくださったお礼ができて、私も嬉しいです。夕刻までに大使館に伺いますので、そのあと一緒に拙宅までご案内します。」


 その晩のベレッツァ家での歓待は、ジュリオ主導のもとに用意されたものであったせいか、実に陽気で楽しく、心温まるものでした。もしアルフォンソ神父やマリオ・フォスカリの父が知ったらきっと喜んだことでしょう。カテリーナに興味津々のマルガリータもナポリからわざわざ里帰りして参加していました。

 ジュリオとジュリオの母とカテリーナとマルガリータは宝剣やヴァティカンの隠し部屋、リュートの話で盛り上がり、ジュリオの父と弟とカテリーナの父は商売の話で盛り上がっていました。要するに、全員にとってとても有意義で楽しい会食となったのです。


 「ぜひ、複式簿記は取り入れられることをおすすめします。今ヴェネツィアでは常識になりつつありますよ。よろしければご子息がヴァネツィアで学ばれてはいかがですか?」

 「父上、行ってきてよろしいでしょうか? 前から噂には聞いておりましたが、ここではなかなか学ぶ機会がなくて。」

 「学ばれるなら、若いうちが良いと思われますよ。では我が家の商売を手伝っていただく代わりに、というのはいかがでしょうか? 私はこの旅のあとすぐ国の元老院議員として活動しなくてはらないことが決まっておりまして、跡継ぎ、カテリーナの弟に当たりますが、まだ幼く、しばらくの間、商売は家の番頭に任せることになっております。彼のもとで1年ほど実地で学ばれれば、身につくかと思いますよ。もちろんその期間は我が家に滞在していただくように用意いたします。」

 「フォスカリ殿、よろしいのですか? 本の出版に関して、長男に出資していただいただけでも大変な恩義を受けておりますのに、次男のルカまでお世話になってしまいますと、申し訳なく・・・。」

 

 こうしてベレッツァ家の息子ジュリオとルカは二人とも、フォスカリ家に援助を受けることになったのです。

 このときはそれが将来の悲劇の発端になるとは、誰も想像していませんでした。


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