ロバートの打ち明け話
第14章
「ザルツブルグ大聖堂で?」
「はい、ザルツブルグ大司教は、私の母と旧知の間柄で、私の名付け親でもあるのです。ロバート様のご了解を得られるのであれば、ぜひ婚礼の司祭をお願いしたいと考えておりますが、何か問題でもございますでしょうか?」
ステファンがジュリエットのお伴としてフィリップとマリアンヌのお見舞い旅行に出てしまっている間、残されたコンスタンツァはロバートに婚礼の儀式に関して相談を進めていました。
ザルツブルグでの結婚式について、コンスタンツァの実家から正式にザルツブルグ大司教に打診する前に、花嫁本人であるコンスタンツァからロバートに了承を得ようと、ある日、一人でロバートのところにやってきたのです。
即答で承諾を得られると思っていたコンスタンツァは、「ザルツブルグか・・・」とつぶやいたまま、複雑な表情で黙り込んでしまったロバートを見て、面食らってしまいました。親の代から交流のある両家で、幼い頃から知っているロバートが躊躇する理由がわからなかったのです。
「よろしければ、了承できない理由をお教え願えないでしょうか? 私も母に説明をしなくてはならないので・・・。」
「いや、駄目だというわけでないよ、コンスタンツァ。いまのザルツブルグ大司教殿との関係も悪くはない。ただ、前のザルツブルグ大司教の時代に、我が家は、ちょっといろいろあってね。私自身があの地にあまりよい思い出がないのだ。」
「え? 申し訳ありません。全く存じ上げなかったもので。ステファンからも何も聞いたことがなかったものですから。」
「そうだね。ステファンにも詳しくは話していなかったからね。私自身もあまり思い出したくない体験でもあったので。」
「あ、お許しください。母には、ロバート様には別のお考えがあるようだと話しておきます。」
「それでは、お母様は不審に思われるだろう。そうだね、あなたはヴァイツァー家の人間になるのだから、話しておいたほうが良いだろう。この指輪のもともとの持ち主、私の母ドロテアの終焉の地が、ザルツブルグだったのだ・・・。」
ロバートは、身につけている遺品の指輪を見せながら、自分の息子ステファンにも話していなかった、母ドロテアを巡る長い話をしました。
ザルツブルグで幼い自分が母の殺害現場を目撃してしまったこと、それにより心神喪失状態になり、マリアンヌの治療を長年受けていたこと。成長してから、偶然にもフィリップから母の遺言と、遺品の指輪を渡され、母が長年ザルツブルグのフォーフェンバッハの別荘に幽閉されたまま亡くなってしまっていた事実を知ったこと。母は父の腹心の部下であったフォーフェンバッハの謀略で不倫の汚名を着せられたものの、明確な証拠がなく、父にそれを訴えられなかったこと。
そして、個人的にフォーフェンバッハに復讐しようとキプロスまで赴いて、投獄されていたフォーフェンバッハと面会したことなどを話したのです。
いつもならその性格上、疑問に感じたことがあるとすぐ質問をしてくるコンスタンツァでしたが、あまりに予想外の内容だったからか、ずっと黙ったまま、ロバートの話を聞き入っていました。しかしキプロス王宮の中庭で、ロバートがジュリエットと出会ったというところで、思わず声を上げてしまったのです。
「え? それは、つまり・・・」
「ああ、ジュリエットは当時、キプロス王の妻という立場だったんだ。これから話す事情は、この家の秘密でもある。あなたは聡明だし、信頼できるとわかっているから、真実を打ち明けようと思う。いいかい?」
「はい。」
ロバートはキプロスでの出来事を簡潔に説明し、キプロスからの脱出、ジュリエットが父の最後の看取りをしてくれたことまでを話し、次の言葉で締めくくりました。
「私はジュリエットと出会ったことで、それまでフォーフェンバッハへの復讐だけを考えていた自分が救われたのだ。」
しばらくの沈黙が続いた後、コンスタンツァは口を開きました。
「お話いただき、ありがとうございます。ロバート様のお母様が早くに亡くなられたとだけ、ステファンから聞いておりました。幼い時に、そんな悲劇的な事件に会われていたなんて・・・。ジュリエット様はとてもお優しく繊細な方だとばかり思っていましたが、そんな試練を乗り越えられてきた方だったのですね。私、正直なところ、とても驚きました。そんな運命を乗り越えてきたそぶりなど、全く見せない方だったのですね。お二人に、心から尊敬の念を禁じ得ません。そして今回、フィリップ様とマリアエレナ様のところにお見舞いに向かわれた理由を深く納得することができました。ロバート様にとっても、とても大切な方々だったのですね。」
「ありがとう、コンスタンツァ。あなたに私の半生を話したことで、私自身もやっと、あの復讐の感情を飲み下せた気がする。喜んで、お母様からのご提案をお受けすることにしよう。」
このとき、ロバートはジュリエットの本当の父親と母親のことは、コンスタンツァには明かさなかったのでした。明かす権利はジュリエット本人しかないと考えていたからです。そしておそらく、事情を知るジャンカルロも、コンスタンツァの父フレデリックには話していないだろうと。
「打ち明けていただいて、ありがとうございます。ロバート様。改めてこの家の一員になる決心がつきました。でも、あの、ステファンが詳しい事情を知る前に、私がうかがってしまって、よろしかったのでしょうか?」
「そうだね、おそらく今頃、ジュリエットがステファンに話していると思うよ。」
家に戻り、母シャルロットに「ロバート様からご了承をいただきました」とだけ伝えると、コンスタンツァはすぐ自室に戻りました。そして部屋で一人、ロバートから聞いた話を反芻していたら、なぜかとても心が高揚してきて眠れなくなったしまったのです。




