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最後のメッセージ

第10章

 「ほら、ここ。木の床に、何か文字が彫られていないか?」

 「ああ、確かに。よく気がつかれましたね、ジュリオ殿。」

 「あの窓から差し込む日差しがなかったら、わからなかったかもしれない。何だろう、堅い物で彫ったような感じだね。」

 「もしかして死期を悟ったアルフォンソ神父が、誰かにメッセージを残そうとしたのかもしれませんね。文字が読み取れますか?」

 「う~ん、マリー・・・ルイーズ? 女性の名前のようだね。

 「マリー=ルイーズ。誰のことでしょうか?」

 「うん、これは興味深い。アルフォンソ神父が我々に残した最後のメッセージ。またひとつ謎が生まれたね。」

 いつの間にか、いつもの陽気なジュリオの口調に戻ったので、ステファンも思わず

 「ジュリオ殿、なんか楽しんでいませんか?」

と思わず呆れた声を出してしまいました。


 「シスターマルタ、どうもありがとう。素晴らしい宝物ばかりで、感服いたしました。秘書館長殿にもよろしくお伝えください。」

 「いえ、お二人とも、何も隠していませんね。」

 「もちろんですとも。ヴァティカンの宝物を着服するなんて、神の罰が下りそうで、小心者の私なぞ、とても怖くてできませんよ。ご要望でしたら、上着を脱ぎましょうか?」

 「ふふっ、いえ、そこまでは。では出口までご案内いたしますので。」


 ずっとジュリオとマルタの会話の聞き役だったステファンでしたが、急に会話に入ってきました。

 「あの、シスターマルタ、先ほどお話しされていた修道女見習いの、あなたと一緒に宝物庫の整理をしていたアガタという女性ですが。」

 「え?」

 「いえ、きっと今幸せに暮らしていると思います。あ、突然すみません。何故かそんな気がしましたので。」

 「あら、そうだと私も信じているわ。きっとあなたのような素敵なご子息もいらして、あの立派な殿方といつまでも幸せに暮らしていると。とても可憐で穏やかでありながら、芯の強さを感じる方だったわ。もっと仲良くなりたかったのに、突然いなくなってしまって、お別れも言えなかったのが、残念でした。」

 「きっとアガタも、あなたにまた会いたいと願っていると思います。」

 「優しい方ね。ありがとう」

 不思議そうな顔をしたマルタでしたが、若い青年が自分に気を遣っているのだと思い、ただ微笑みながらお礼を言いました。


 宝物庫から戻り、その日中に出立の準備をして、ジュリエット、ステファン、ジュリオの一行は隠し部屋探索の翌日、ヴェネツィアに向かって出発しました。


 「私は馬で参りますのに、ジュリエット様、ステファン殿、窮屈ではございませんか?」

 ジュリエットとステファンの乗ってきた馬車に同乗したジュリオは、借りてきた猫のように身体を小さくして遠慮がちに座っていました。

 「大丈夫よ、ジュリオ。それより、私たちは親戚。身内のようなものだから敬称で呼ぶのはお互いやめましょう。ヴェネツィアに到着するまで、あなたのご実家のお話を伺いたいわ。」

 「わかりました。その前に、1つだけお伺いしてもよろしいでしょうか?『マリー=テレーズ』というお名前に聞き覚えはございませんか?」

 「ジュリオ、そのことだけど、昨晩私からも母に確認したんだが、知らないそうだよ。」

 「そうでしたか・・・。あ、そういえば、ステファン、結婚指輪は注文してきたのかい?」

 「いや、時間がかかりそうなので、地元の金細工師にお願いしようかと思っている。」

 「それがよいかもしれないわね、ステファン。コンスタンツァはこだわりがあるほうだから、彼女の好みのものを贈ったほうが喜びそうだし。」

 「母上、紅珊瑚のネックレスのリメイクはどうされるのですか?」

 「それは、ジュリオにお任せするわ。」

 「え? 私に?」

 「というより、あのネックレスは正式にベレッツァ家にお戻しいたしますわ。もともと宝剣に象嵌されていたものですし、ジュリオ、あなたが将来の自分の婚約者にお贈りしてはどうかしら?」

 「い、いまのところ、そんな予定は全くありませんが・・・。」

 「あなたは宝飾工房に弟子入りさせてもらって、いろいろデザインや技術を教えてもらったりしているとおっしゃっていたじゃない? 意中のかたに、自分でデザインした宝飾品をプレゼントって、女心を落とすにはとっても効果的よ。」


 -ジュリオ相手だと、こんなに冗談めいた話をするのか、母上は-

 母親の意外な一面を見て、少し驚いたジュリオでしたが、ジュリエットが元気を取り戻した様子を見てジュリオに密かに感謝していました。そしてヴェネツィアへの道中ずっと、ジュリオが面白おかしく話すベレッツァ家のことについて、母子ともに聞き入っているうちにあっという間にヴェネツィアに到着したのです。


 ヴェネツィアでは、ジュリエットとステファンは大運河沿いにある神聖ローマ帝国の駐ヴェネツィア大使の館に滞在させていただくことになっていました。ぜひ一緒に滞在を、というお誘いをジュリオは「大学の教授の友人宅にお世話になることになっておりますので」と丁寧に断り、リアルト橋から少し奥まったところにある館に落ち着きました。


 フォスカリ家への訪問は、先方のご都合を伺ってから改めて連絡を取り合うということになっていたので、到着翌朝、さっそくこの運河で張り巡らされた魅力的な街での散策を楽しんでいたジュリオでしたが、昼食をとるために教授友人宅に戻ったところで、ステファンからの『すぐ大使館まで来られたし』という伝言を受け取りました。


 「ごめんなさい、ジュリオ。お見舞いに伺おうとした先生がちょうど療養先への引っ越しの最中で。薬剤師学校の敷地内の建物から、ブレンダ運河沿いの別荘に移ることになったらしいの。引っ越しが落ち着いてから会いに来て欲しいとのことで、先にあなたをフォスカリ家にご案内しようと連絡したら、現在のフォスカリ家ご当主がちょうど長期の商用に出るところで、できるだけ早いほうがありがたい、と。」

 「いえ、私の父も幼い頃から家族の都合などより商売優先でしたから。商機は時間が勝負でしょうからね。それより早速お会いいただけるとは光栄です。」


 ヴェネツィア到着の翌々日の正賓に、ジュリオはフォスカリ家に招かれたのでした。

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