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親族会議

第11章

 ついに皇帝の姪と皇帝が、ジャンカルロの居城にお出ましになる日がやってきました。エレノアは愛する人々に囲まれ、皇帝陛下じきじきに、親しくお話をさせていただき、こんな名誉と幸せな時間はないと、夢見心地でした。一人の女性として、こんなに満ち足りた思いをしたことはなかったと。やがて、女は女同士、男は男同士で部屋に分かれ、さらに親密な会話になり、それは打ち明け話にまで進むことになったのです。


 「エレノアさん、フランソワ殿とのこと、本当にお察しいたしますわ。最初からエドモン殿をお選びになっていらっしゃったら、よろしかったのに。それにしてもエドモン殿は、あんな素敵な方なのに、なぜいままで結婚なさらなかったのかしら?」

とソフィーの母アナスタシアがエレノアに話しかけ、言葉につまっているエレノアにソフィーが助け船を出し、

 「それはきっと、どなたか愛していらっしゃる方がいたけれど、事情により結婚できなかったんじゃないかしら。若いときの失恋の痛手を、今も、ひきずっているのよ。」

この会話は、エレノアより、マリアエレナの胸にこたえたでしょう。


 そんな打ち明け話が続いていたとき、召使がやってきて、とんでもないことを伝えたのです。

 「奥様、あの、フランソワ様がお見えになっております。」

ソフィーはとまどい、すぐに返事を返せません。なんて間の悪いことなの。いつものように私一人だと思われたのかしら。

 「あらあら、噂をすれば何とやら、ね。ジャンカルロ殿に会いにきたのかしら? わざわざいらっしゃったのなら、同席していただいたほうがよいと思いますよ、ソフィー。」

そうアナスタシアが言い終わらないうちに、フランソワが入ってきました。


 一同の姿を見たフランソワの驚愕の表情は、嘘いつわりのないものでしたが、ぎこちない挨拶をすませ、別室にいた男たちが女たちのいる部屋に戻ってきたときに、唐突に問いかけたのです。

 「皇帝陛下、お呼びとのことで、フランソワ、参上つかまつりました」

 「ずいぶん遅かったな、フランソワ。私が呼んだのだよ、ジャンカルロ。父上にもぜひご出席いただきたくてね。ところで、エレノア」

 「はい、陛下」

 「フランソワは、つい先日、身辺整理をして、あらためてあなたとの関係を修復したいといってきた。私としては、無益な戦争の原因となるような騒動は解決せねばならない。いまここで、親族全員に証人になってもらい、彼が差し伸べた手を受け取ってくれないか?」


 このような状況に追い込まれて、エレノアに、諾という言葉以外を発することができたでしょうか。


 「なぜここで、手をさしのべるのがエドモンではないの? なぜマリアエレナを刺した憎い男でなければならないの? 」心の中で叫んでみても、どうしようもありません。さらにこれ以上の失望はないであろうと思った直後に、さらなる絶望がエレノアを襲います。

 「ところで、エドモン、君もその歳だ。いいかげん領主夫人を迎えるべきではないのかな?ちょうど今、ヴェネツイア元首の末娘の嫁ぎ先について、相談を受けているところなのだ。大変教養のある、それでいて穏やかな娘だそうだ。」

 「大変光栄に存じます。ただ、」

 「何か約束した娘でもいるのかね?」

 「いえ、お話から、かなりお若い方かと。あまりに歳の離れた夫婦では、新婦がかわいそうなのでは。」

 「たかが20程度の年の差だ、問題なかろう。ぜひ前向きに考えておいてくれ。」



 皇帝陛下と姪のアナスタシアがお帰りになられた後、居心地の悪さを感じたフランソワはすぐに、明日迎えの馬を出す、とだけ言って帰っていきました。エレノアの気持ちを察したソフィーは、エレノアとジャンカルロ、マリアエレナを3人だけにしてあげることにし、カルロスとエドモンは席を外し、二人だけで話すことにしました。

 「知っていたのか?カルロス」

 「いや、全く。皇帝にしてやられたな。今日はこちらが皇帝に要求を聞いていただこうと思ったのに、私たちが用意した情報はすでに入手ずみだったようだ。」

 「ああ、そしてフランソワが到着するのを待っていたんだな。」

 「フランソワの奴、皇帝に嘆願していたとはな。ついこの間までは、エレノアを捨てて、あのマリアンヌとかいう女と一緒になるつもりでいたのに。何が奴の気を変えたのか。フィリップなら、何か知っているかもしれない。」

 「そうか」と、突然エドモンは搾り出すような声でつぶやきました。

 「兄上は、一生、エレノアの出生の秘密を口外しないと決めたんだな。」

 「エレノア殿の出生の秘密?」

 「ああ、そうだカルロス、知っているのは、ほかにフィリップと私だけだ。」

そのまま黙ってしまったエドモンに、カルロスは何も言わず、やがてエドモンは、また語りだしました。


 「エレノアはヴァティカン内の高位の聖職者の私生児だったんだ。私が父から聞いていた話では、前法王の子かもしれないと。幼い頃はローマ近郊の村に母親と一緒に匿われていたらしい。フランソワはジャンカルロの婚礼終了後、エレノアの出生の秘密がわかったとして、婚姻関係の無効を公表し、マリアンヌと結婚するつもりだった。それで、完全に皇帝派となることを世間に印象づけようとしていた。それでジャンカルロの立場が微妙になるとは考えなかったのかもしれないな。マリアンヌとの間に男の子が生まれれば、改めて皇帝と婚姻関係が結べるとでも読んでいたんだろう。ところが、マリアンヌに子どもができなかった。それどころか、他のどの愛人にもできなかったんだ。」

 「ということは、ジャンカルロも」

 「私の子ということになるな。あのときの。いや、あのときほど、エレノアを慰め落ち着かせなければならないことはなかった。」


 エドモンはしばらく、視線を宙に浮かせていたが、やがて、まっすぐにカルロスの視線を捕らえて言いました。

 「とにかく、フランソワにはジャンカルロだけが頼みの綱になってしまった。そこで、エレノアとよりを戻し、皇帝との関係を維持しようとしたんだ。」

 「皇帝陛下はご存知だったのか?」

 「何を?君がいったとおり、カルロス、私とエレノアの仲はご存知だったろう。しかしジャンカルロはフランソワの子だと思っていたのではないか。でなければ、二人の関係修復に手を貸すことはしなかっただろう。私をエレノアから遠ざけようとされているし。ただ、エレノアがの父が誰なのか、詳しいことはご存知ないと思う。」

 「でも、現法王は噂を知っている」

 「ああ、知っていて、最も効率的なときにこの情報を利用しようと考えていたに違いない。ただ、その法王自身が、今や病の床だ。」

 「エドモン、いいのか? このままで」

 「私に何ができる」

 「エドモン、エレノアをあきらめるのか?」

 「愛している。だけど、最初から兄の妻だ。兄の妻として彼女に出会ったんだ。それに」

 「それに?」

 「こういう事態だから、フランソワがエレノアを殺したり、傷つけたりすることはないだろう。」

 「フランソワのことだ、また愛人と不倫はするだろうがな。」

 「それは、私とエレノアの仲も同じだと人は思うだろう。フランソワが戦死したと聞かされたとき、私たちは、正式に結婚もしていた。だから、エレノアとの娘が、マリアエレナがフランソワに傷つけられたとき、マリアエレナを救い、エレノアを支えられるのは、私だけだったんだ。」

 「わかっている、エドモン。私は真の事情を理解できる、あの場にいた唯一の人間だよ。」

しばしの沈黙。


 「エドモン、1つだけ気になる。あのヴェネツィア元首の娘との話だ。ここでなぜヴェネツィアがでてくると思う?」

 「皇帝がヴィネツイアと相互不可侵条約でも結びたいのではないか?」

 「いや、それなら現状もそうだ。何か強固な協力関係が作られつつあるのを感じる。今日の陛下が把握していらした、あれほど正確な秘密情報は、おそらくヴェネツイア大使経由としか思えない。おそらくヴェネツイア側が、皇帝と特別な同盟関係を考えているのかもしれない。」

 「たとえば?」

 「新法王への牽制のための裏取引だ。法王の今の病状を考えれば、いつコンクラーベが開かれても不思議ではない。現法王は皇帝を敵対視していたが、ヴェネツイアにとっては都合のよい法王だった。次期法王も、その路線の人間、つまり現法王の甥であってほしいのではないかな? とはいえ次期法王の最右翼は、ナポリ王家親族のレオナルドだ。彼が法王になっては、ナポリの王位継承を大儀名分とした皇帝の南下政策は、ほぼ見込みがなくなるだろう。それで、両者の利害が一致したわけだ。もしヴェネツィア側の後押しで、新法王が、現法王の甥の枢機卿になったとしたら、おそらく既定路線で君を教会軍総司令官に任命するだろう。その君がヴェネツイア元首の娘と結婚。おそらくヴァティカンは大歓迎だ。皇帝の鼻を明かしたとでも思うだろう。でも実際は、ヴェネツィアと皇帝は裏で通じているわけだから。平素は表のカードを見せ、いざヴァティカンが妙な動きをしたときに、裏のカード、つまり皇帝との同盟関係を使って法王を脅せる。見事な外交手腕だ。」

 「なるほど。皇帝にしてみればコンクラーベの結果がどっちに転ぼうと、皇帝を敵対視する新法王になっても、ヴェネツィアの情報網を使って法王の動静を逐一入手できるようになるわけだから、損はないわけだ。ということは、カルロス、私と元首の娘との結婚は、教会軍の総司令官任命より後でないと意味がない、ということかな。」

 「そうなるね。今のところ君は皇帝の信任厚い領主なのだから。」

 「カルロス、私は、この結婚話を受けようと思う。君に話した当初の私の計画は、うまく進まなかったが、今回は上手くいくかもしれない。」

 「戦争が起きそうで起こらない均衡状態を作る、というあれか。」

 「エレノアとの子どもたちが互いに争うことを避ける。それを実現することが、私の彼女への愛情表現だ。彼女が理解してくれるかどうか、わからないが。」



 エレノア、ジャンカルロ、マリアエレナの三人の話し合いは、もっと感情的なものになりました。最初はエレノアよりもマリアエレナのほうが、取り乱していたのです。

 「陛下はひどいわ! こんなに突然に。お母様、本当によいのですか?本当にお戻りになるおつもりですか?」

 「仕方ありません。皇帝陛下のご命令なのですから。いまの私たちの立場で、背くことなど、できないでしょう?それに、陛下の手前、フランソワも私に下手な手出しはできないでしょうし。」

 「でもまた、変な女を連れ込んだりしたら! ジャンカルロ、お願いよ。あなたもできるだけお母様の様子を見にいくようにして。フランソワを監視して!」

 「ああ、必ず、フランソワが二度とこの屋敷に入らないように監視するよ」

はっとして言い直すジャンカルロ。

 「そう、変な女が二度とフランソワの屋敷に入らないように、監視するよ。」

 「どういうこと?ジャンカルロ。今日以外にもフランソワがこの屋敷に来ることがあったの?」

 「いや、そんなことは・・・」

 「ねぇ、マリアエレナ、ジャンカルロ、今日は、母としてあなたたちとゆっくりお話できる最後の晩だから、黙っていたことをすべて打ち明けておきます。だから、あなたたちも私に隠し事はしないでね。」

 「最後の晩って?最後ってどういうことお母様。そんな不吉なことおっしゃらないで!」

 「大丈夫よ、マリアエレナ。今日ならすべて話せるような気がするわ。心を落ち着けて聞いてちょうだいね。まず、あなたの本当の父親は、エドモンなの。」

 「ええ、そのことなら存じています。」とマリアエレナ。

 「え?なぜ?誰から聞いたの?」

 「それは、あとでお話します。続けてください。」

 「そしてジャンカルロ、あなたの父親も」

 「そうでしたか。エドモンが父でうれしいといったら、不快に思われますか? 母上。」

 「不快なんて、いいえ、ジャンカルロ。二人とも、真実の愛から生まれたのよ。それを信じてほしいの。ジャンカルロ、あなたのことは、そうではないかと思っていただけだったけど、今日、フランソワが身辺整理をしたと聞いて確信したわ。どの愛人にも子どもができなかったのよ。そういう運命なのか、それとも十字軍のとき感染した病気のせいでそういう体になったのか、それはわからないわ。それから、二人とも、あなたたちのおじい様に当たる方はね。つまり私の父上というのは。それは、」

 「それも存じています。前の法王様でしょ。」とマリアエレナ。

 「なんだって! 母上! それは本当なのですか?」とジャンカルロ

 この反応の違いに、エレノアは、マリアエレナの情報源に見当がついたようでした。

 「マリアエレナ、知っていたのね。あなた、もしや。」

 「ええ、フィリップです。フィリップからの手紙で知ったのです。」

 「いつ知ったの?」

 「ジャンカルロの結婚式の後です。お母様、心配しないで。私は心からカルロスの妻です。でもフィリップは双子の兄なのよ。ジャンカルロの結婚は、それはうれしかったけど、気がついたら、法王側にいるのはフィリップ一人になってしまったでしょ。彼のことが、心配だったの。味方がいることを伝えたかったのよ。それから手紙のやりとりが始まったの。」

 マリアエレナの物言いにちょっと腑に落ちないものを感じたジャンカルロでしたが、黙っていました。


 ひとつ息を深く吸うと、エレノアはゆっくりと自分の生い立ちを話し始めました。

 「そう、父が本当に法王様だったのか、はっきりとはわからないけれど、ヴァティカンにいる聖職者の偉い方だったのよ。早くに別れてしまったから、おぼろげな記憶しかないのだけれど、司教様の格好をされていたことは覚えているわ。私は一人娘で、生まれてからずっと母と幸せに暮らしていたのだけれど、ある日突然、養女に出されたの。もともと父とは余り会えなかったけれど、優しかった母と離ればなれになってしまって、それ以来、連絡も出来なくなってしまった。本当に寂しくて悲しくて。多分両親は私の将来を考えて、よかれと思って養女に出したのだと思います。きちんとした格式のある家の子どもになれたのだから。けれど、義理の母とも姉たちとも、関係は冷たくて、孤独だったわ。だから子ども達には、あなたたちには幸せな家庭を築いて欲しくて・・・」


 そこまで話したとき、部屋の戸をたたく音がしました。入ってきたのは、ソフィー。

 「そろそろお茶でもいかがかと思いまして」

と、召使たちに飲物の準備をさせたあと、ジャンカルロに言いました。


 「お義母様に、あのこと、お話してよろしいでしょうか。私、これ以上、秘密にしておくことに耐えられません。」


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