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隠し部屋その3

第9章

 「アルフォンソ神父のご遺体が発見された場所?」

 「宝剣について、唯一といっていい資料がヴァティカンの図書館で見せていただいた、前秘書館長が著された『レオナルド・ブロンツィーノの覚え書』でした。そこに、我々が邂逅したあの宝剣を修理した金細工師の工房の名前はもちろん、宝剣発見の経緯が記載されていたのです。そう、あなたの母上ジュリエット様が見つけられた、その場所です。どこか母上から聞いておられますか?」

 「いえ、詳しくは・・・。」

 「なんと、ヴァティカン宮の奥のほうにある、普段は立ち入り禁止の宝物庫のさらに奥で見つかった隠し部屋、だそうです。」

 「そこに行って、何か意味があるのでしょうか? 少なくとも母は、あまり足を踏み入れたくなる場所ではないかと思います。」

 「ですから、二人で参りましょう! 今回の我々の出会いは、何かアルフォンソ神父のお導きのような気がしておりまして。その場所で彼の魂のために祈りたいのです。」


 ジュリオの論理にはあまり納得できないステファンでしたが、ヴェネツィアへ向けて出立するには、とりあえずジュリオの意向に従うほうが得策だと判断し、その日のうちに秘書館長を訪ねたのでした。

 「それならば、明日朝9時にいらしてください。係の者に案内させましょう。」


 翌朝、ジュリオとステファンを宝物庫まで案内してくれたの中年の陽気な修道女に、いつもの人なつこさ全開にしてジュリオが話しかけました。

 「こんな奥にあるのですね、宝物庫は。まあ、当然かもしれないね。泥棒もここまではたどり着けないんじゃないかな。さぞや素晴らしい宝物でいっぱいなのでしょうね。普段は秘書館長ほかごく限られた人間以外は立ち入り禁止と伺っておりますが、あなたはお入りになったことがあるのですか?」

 「昔ですが、まだ私も若くて、見習いの頃に、宝物庫の整理を秘書館長から頼まれたことがござまして。しばらくの間、ここで作業していたのですよ。昔の法王様の指輪とか、いろいろありましたわ。」

 「それは貴重な体験をなさったのですね。」

 「でも、そのときは一部の宝飾品が紛失したりして、いろいろ大変でしたわ。ここだけの話ですが、整理にかり出された見習い修道女の一人が、なんと窃盗団と通じていて。持ち出されたものはすべて取り返せたのですが、そのことで、整理作業の責任者がひどく落ち込んでしまって。あのときは本当にかわいそうでしたわ。彼女のせいじゃないのに、いろいろ噂されて。私と違ってとても繊細で優しい子だったから、とても傷ついてしまって・・・。」

 「なんと、そんな事件があったのですね。」

 「ええ、でもね、その事件がきっかけで、彼女、素敵な殿方と知り合うことになって。しばらくして還俗してここから去っていったのだけれど、あのときの殿方と何か良いことがあったに違いないと私は想像しているの。」

 「そうなんですか?」

 「ええ、だって彼女、アガタという子だったのだけど、もともと口がきけない子で、私たちとも筆談だったのだけど、私たちにはわからない難しい言葉やラテン語なども読み書きできる教養があったから、絶対に良いお家柄のお嬢様だと思っていたわ。きっと何らかの事情で、ここに匿われているお姫様だったのね。」


 それまでジュリオと修道女の会話を聞き流していたステファンでしたが、アガタ、という名前に思わず質問してしまいました。

 「その、アガタ、という見習いは口がきけなかったのですか?」

 「ええ、でもね、私、見ちゃったのよ。彼女がある日、作業中に脚をひどく挫いたのか怪我をしてしまったことがあってね、そんな彼女を助けたのがその殿方で。で、それから何度かローマ市内で、二人で歩いているのを見かけてしまったの。私も用事の途中だったから、声はかけなかったけど、あれば、絶対デートだわね。それに楽しそうに話している様子だったし。『あの二人は幼い頃からの許嫁で、アガタは何か特殊事情があって命を狙われていて、唖者の振りをしてヴァティカンに隠れているんだわ』とか勝手に想像していたの。あの二人、どうなったのかしら? とっても素敵なカップルだったんだもの。結婚していてくれたら、私もなんだか嬉しいわ。」

 そこまで話したところで、宝物庫に着いたので、マルタ修道女は持ってきた鍵で扉を開けました。


 「これは・・・さすがにヴァティカンの宝物庫だけあるな。収蔵点数だけでも大変なものだ。きちんと整理保管されていて、素晴らしい。」

 「20年程前に、目録を作成しましたの。中心になって作業したのが、先ほどお話ししたアガタ修道女見習いでした。それで、私はこちらにご案内するようにとだけ仰せつかっているのですが・・・。」

 「ジュリオ殿、例の場所はおわかりなのか?」

 「ああ、ちゃんと調べてきたよ。シスターマルタ、ちょっと調べ物をするだけだから、1時間後にまた来てくれないだろうか?」

 「かしこまりました。保安上、外から鍵を掛けさせて頂きますが、なにとぞご了承くださいませ。」


 マルタ修道女が出て行くと、ジュリオは収蔵された品々には目もくれず、部屋の壁沿いに歩き出しました。

 「見たところ、どこにも隣の部屋に通じるような扉が見当たらないようだが・・。」

訝しむステファンをほっておいて、部屋の奥へとどんどん進んでいたジュリオでしたが、とある壁龕の前で、足を止めました。

 「ジュリオ殿、すまないが、手を貸してくれないか?」

 「何か見つけたのですか? この壁がどうかしたのですか?」

 「この壁龕を向こう側に押すのを手伝ってくれ。まあ、君の母上が動かせたくらいだから、たいして力は必要ないかもしれないが。」

 

 20年ぶりに現れた隠し部屋は、綺麗に掃き清められ、何も使われていないようでした。

 

 「こんなところがあったのですね。」

 「窓がないという記述だったが、あの事件のあと、ひとつだけ明かり取りの小さな窓が作られたようだな。」

 隠し部屋の東側に、小さな窓があり、そこから朝の陽光が差し込んでいました。

 先ほどまでいつものように陽気に修道女と話していたジュリオのひどく真剣なまなざしを見たステファンは、改めてここで遺体と対面した、若き日の母を思いやりました。

 「ここで、アルフォンソ神父が一人亡くなられていたのですね。」

 「心臓発作だったらしい。宝剣をかかえたまま、座り込んだ状態だったそうだ。そばには脱いだ外套と、パンが包まれた布切れしかなかったらしい。」

 「今は何もありませんね。特に倉庫としても使用していないようだ。もしかして、ここにまだ何かあるかと考えておられたのですか?」

 「いや、ただ、来たかっただけだ。宝剣から外された紅珊瑚の行方が気になっていて、秘書館長の覚え書を読んだときは、もしかしてここにあるのかもしれないと思っていたが、それは先日ジュリエット様にお会いして発見することが出来たし。」

 「母が、ご遺体を発見されたということでしたね。」

 「この部屋を偶然発見したらしいね。さっきマルタ修道女が話していたように、宝物庫の収蔵品整理と目録を作成していた作業中の出来事だそうだ。」

 「私は運命論者ではないのですが、母からこの話を聞いたときは、あなたと同じように、アルフォンソ神父が母を呼び寄せたのではないかと感じました。」

 「どんな方だったのだろうね。教皇軍の侍医でもあったそうだ。従軍もされていたようだから、屈強なイメージなのだが、レオナルド秘書館長の覚え書によれば、とても面倒見のよい方だったという。」

 「私にとっては祖母の祖父ですが、お会いしてみたかったですね。」

 「そうだね。我らのご先祖、アルフォンソ神父の魂が安らかであることを祈ろう。」

 ジュリオの言葉に促されて、ステファンも目を閉じ、遠いご先祖のアルフォンソ神父もために祈りました。

 

 ステファンが目を開けると、ジュリオはかがみ込んで指で床を触っていました。

 「何か見つけたのですか? ジュリオ殿」

 「うん、ちょっと興味深い発見をしたよ。」

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