金細工師の工房にて
第6章
フィリップとの面会が出来ず、それではとステファンと一緒に、結婚指輪の制作と紅珊瑚のネックレスのリメイク相談に出かけたジュリエット。
個人的な好奇心から宝剣の修繕の事実を突き止め、装飾された紅珊瑚の行方について情報を聞きだそうと考えていたジュリオ。
必然だったのか偶然だったのか、二人は同じ日、同じ場所に向かったのでした。
「いらっしゃいませ。何かご入り用でしょうか?それとも修理のご依頼でしょうか?」
ジュリエットとステファンが金細工師の店に入ると、奥の工房からすぐ若い職人が出てきて二人に話しかけました。
「あの、こちらに指輪の制作をお願いするとなると、どのくらいお時間がかかるのかしら?」
「細工にもよりますが、今は少しご注文が立て込んでおりまして・・・そうですね、一月はみていただけると助かるのですが。」
「ああ、やはりそのくらいはかかるものなのですね。」
「お急ぎであれば、すでに見本として制作したものにアレンジを加えるという手段もございますが、それでも2週間ほどはかかるかと。」
「そうですか。でもせっかくの結婚指輪なら一からデザイン考えたいわ。」
「お二人の結婚指輪でしょうか?」
「あら、いやだわ! 連れは息子ですわ!」
「あ!すみません。大変失礼いたしました。とても若々しい奥様でいらっしゃったので。」
このやりとりを聞いていたのか、隣で先客の相手をしていた別の初老の職人がこちらを向いて、話しかけてきました。
「奥様、大変失礼いたしました。非礼をお許しください。今着けていらっしゃるその指輪、長くご愛用いただいているようで職人冥利に尽きます。ありがとうございます。」
「もしかして、あのときの? この指輪を作ってくださった。」
「ロバート様はお元気でいらっしゃいますか?」
「はい。ありがとうございます。こちらは息子です。」
「なるほど。あのときのプロポーズは無事成功されたのですね。」
「母上、指輪よりネックレスの相談をされたらいかがですか?」
「あ、そうね、この紅珊瑚のネックレスなのですが。こちらも少し今風に作り直せないかな、と思っておりまして。何代も前から受け継いできたものなのですが、もともとは宝剣に象嵌されていた紅珊瑚だったそうです。」
「宝剣に象嵌されていた紅珊瑚だって!!」
突然、先ほどまで初老の職人が相手をしていた先客が大声を上げたので、全員驚いて、その客を見つめました。
「あ、失礼。つい驚きのあまり大声を出してしまいました。自己紹介させてください。私はジュリオ・ベレッツァと申します。シチリアの出身で、先祖伝来の宝剣について、今調べておりまして。かつてこちらの工房で、その宝剣を修理したという記録を発見したのですが、その宝剣にもともと紅珊瑚が象嵌されていたそうで、その行方を追っていたのですよ!」
明るい調子ではきはきと元気よく話すジュリオに、全員ただ目を丸くして聞き入ってしまいました。
「いや、これは驚いたな。神の采配かご先祖様の引き合わせか。もしかして、昔、ヴァティカンにいらっしゃったアルフォンソ神父という方とご縁をお持ちではないですか? 私の曾祖父に当たる人物なのですが、彼が昔・・・」
そこまでジュリオが話したところで、ジュリエットは思わず少女のように泣き出してしまいました。
そっと母を抱き寄せたステファンは微笑みながらジュリオに挨拶しました。
「ジュリオ・ベレッツァ殿、私はステファン・ヴァイツァーと申します。母ジュリエットは、アルフォンソ神父の血縁に当たります。」
「ああ!やはりそうでしたか。お母上をひどく驚かせてしまい、本当に申し訳ない。ご主人、店内でどこか座れる場所はないだろうか。」
「よろしければ、ジュリオ殿、我々の宿が近いので、そこのサロンでお話を伺えないだろうか? とりあえず母をゆっくり休ませたいし。我々はいろいろ話すことがありそうだ。」
工房の親方である初老の職人に、後日また伺うからと約束して、ステファンはジュリオの手を借りて母ジュリエットを宿まで連れ帰ったのでした。