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ジュリオ・ベレッツァ

第1章

 ふと目覚めると、テーブルの上には雑然と積み上げられた本と紙の束、蓋を開けたままのインク、羽ペンが所狭しと散らかったままでした。

 一番上の紙には、宝剣の形や装飾のデザインを忠実に描き写した図。こぼしたインクの染みもすっかり乾いています。

 「ああ、眠っちゃったか。今日は解剖学の講義の日か。もう支度をしないと」

 下宿させてもらっている船会社の客用寝室の窓からはどんよりとした曇り空が見えたのでした。


 ヴァティカンから宝剣を受け取ったベレッツァ家当主の孫であるジュリオが、その宝剣に強く興味を持ち、その来歴を調べることにしたのは、医学生として滞在していたナポリの大学の最初の夏の休暇に、シチリアの実家に帰省したときからだったのです。


 休暇中、暇をもてあまして家の図書室の蔵書をあさっていたところ、自分と同じフェデリーコⅡ世大学で医学を学び、その後神父となった曾祖父が送ってきた手紙の束を見つけ、そこに細かく記載されていたベレッツァ家と宝剣の来歴などに強く興味を引かれたのです。


 そもそもベレッツァ家のはじまりはノルマン系のオートヴィル朝、ノルマンディーから南イタリアに移住してきたところから始まった、とジュリオは祖父から聞いていました。鉄腕グリエルモと歴史上呼ばれるタンクレードの息子たちが南イタリアに移住し傭兵として活躍してきた時代の傭兵軍団に属し、始祖とされるご先祖様は、のちに正式にローマ教皇によってプッリャ・カラブリア公爵に封じられたロベール・ギスカール(ロベルト・イル・グイスカルド)の腹心の部下の一人。そのロベールが弟のルッジェーロ1世にシチリアを分与して伯爵とした際、ベレッツァ家の一族もシチリアに一緒に移住した、と。

 そして、ルッジェーロ1世に頼まれて、ロベール・ギスカールの息子、ボエモン1世が第1回十字軍に参加するのに、そのときの当主は右腕としてイスラエルまで同行したのだと、曾祖父はまるで自分のことのように何度も自慢げに話してくれました。

 その後、ベレッツァ家の当主は、何代にもわたりシチリア王に仕え、タンクレディ王の第3回十字軍にも、第6回十字軍のフリードリヒⅡ世の時代も参戦し、輝かしい戦果を挙げたその活躍の報償として、戦利品である宝剣を与えられたということだったのです。


 大学へ出かけるために着替えながら、ジュリオを幼い日の祖父との会話を想い出しました。

 「ほら、持ってごらん、ジュリオ。重いだろう。剣身の部分は鉄で、握りの部分には宝飾が施されている。柄頭には象嵌が施されているだろう?鍔の装飾も見事だ。何より鞘に施された細工が素晴らしい。」

 「これって、昔サラセン人との戦いで奪ったものでしょう? なのになぜ鍔のところに、十字架がついているの?」

 「ほう、目の付け所がさすがだな、ジュリオ。わしもそこが気になって調べたが、どうもタンクレディとともに戦った第3次十字軍のときにサラセン人に奪われた剣を、フリードリヒⅡ世の時に奪い返したものらしい。活躍の報償として我らが一族に下賜されたあと、さらに宝飾を施したようだな。」


 ジュリオは幼い頃、祖父が得意げに自分に見せた宝剣をよく覚えていたのでした。傾きかけているベレッツァ家の財政を再建するために、友人と船会社を興した実務的な父は、ほとんどこの宝剣には興味を示さず、それどころか会社の資本金を捻出するために売却しようとして祖父とよく言い争いになっていました。幼いジュリオは宝剣の美しさに心を惹かれて、よく祖父に宝剣を見せてくれとせがみ、祖父は喜んで宝剣にまつわるいろんな話をしてくれました。ジュリオが成長するにつれ、手先は器用だが商売には向かないと踏んだ父親は、ある日ジュリオに「手先が器用なら外科医にでもなれ」と言い渡し、商売は次男に引き継がせると宣言したのです。

 

 そういった経緯で医学の道へは、父の命令で進んだものの、実は絵を描くことが一番好きだったジュリオは、実物の宝剣を細部にいたるまでこと細かにデッサンしました。そして休暇は終わってナポリに戻るときに、ジュリオはその写し取った絵とアルフォンソ神父からの手紙を下宿先まで持っていったのです。


 自室の片隅で、勉強の気晴らしのつもりではじめたことが、そのあとの自分の運命を大きく左右することになるとは、このときのジュリオは思いも及ばなかったでしょう。

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