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年末年始の穏やかカップル  作者: 宙色紅葉
3/5

外の空気を吸いたいな

 お正月というものは、とにかく暇だ。

 忙しく親戚にあいさつ回りをしたり、お正月であろうと働かされる者もいるわけなので、全日本人が暇だ、とまでは言わないが、大抵の人間は暇だろう。

 そして、暇を楽しむ贅沢な休日でもある。

 のんびりとしたお笑い番組を眺めたり、一獲千金を狙うマグロ漁師のドキュメンタリーを見たりと、一応、いくつか暇つぶしは用意されているのだが、何となくそれらを選ぶ気にはなれない。

 けれど、積極的に何かをしようとも思えない。

 完全に堕落しきってコタツに入り込み、スマートフォンを弄っていると、コートを着て、しっかりとマフラーをした彼女が、

「コンビニにお菓子でも買いに行かない? なんか、外の空気を吸いたくなっちゃって」

 と誘ってきた。

 年末年始に向けての準備に勤しんでいる時は、お正月には絶対に外に出ないぞと意気込むのだが、確かに彼女の言う通り、いざお正月になると、ぬくぬくの空間を抜け出して、引き締まった外の空気を浴びにいきたくなる。

「ん~? いいけど、少し待っててくれ。おお、室内でも、コタツから出ると少し寒いな」

 火照った体がほんの少しの冷気で冷やされ、悪くない気分がした。

 脱がないんだからいいだろうと部屋着の上からコートを身に着け、マフラーをしていると、彼女が俺の顔をじっと見つめてきた。

 どうしたのかと首を傾げると、彼女が真剣な表情で、

「いや、頭に可愛い寝癖が……とった方が良いよね。分かるよ。分かるんだけどさ……」

 と、俺の寝癖とやらにふわふわと触れた。

 やがて、名残惜しそうにしながら手櫛で寝癖と格闘していたのだが、意外と頑固な寝癖が大人しく眠ることは無かった。

 負けたはずの彼女は、どことなく嬉しそうにしながら、「だらしないな~」と寝癖をつついている。

 楽しそうで何よりだ。

 彼女と並んで歩く外は静かで、やたらと澄んだ空気が美味しい。

 よく冷えた酸素を吸い込むと、堕落している間に体の中に溜まったモヤが浄化されるような気がした。

 歩いて徒歩五分の場所にあるコンビニは、本日も通常営業しているわけなのだが、客も少なく、店員も暇そうだった。

『そう言えば、昔、友達が、正月は業務内容が暇な割に賃金が高かったりするから、店によっては、その日にシフトを入れるのも悪くないって言ってたな』

 俺は、正月はガッツリと休みたい派だが、その辺りについては色々な考え方をする人間がいるのだろう。

 このコンビニ店員は、どちらなのだろうか。

 コンビニでは、チルドのお節やお餅の入った新商品のカップ麺、辰年にちなんだ、同じく新発売のお菓子なんかを眺めた。

 それから、いくつか飲み物とお菓子を買い、途中で発見した紅白饅頭風のスイーツなんかもカゴに入れて、レジへと向かう。

 気が付かない間に大きくなったレジ袋に苦笑して、俺たちはコンビニを出た。

「さっきの振袖のお姉さん、可愛かったね。これから神社にお参りに行くのかな?」

 店を出て少しすると、彼女が思い出したように、先にレジで並んでいた振り袖姿の女性の話題を出した。

 確かに、髪型にも随分と気合を入れており、綺麗な姿をしていた。

「そうだな。初詣ってところだと思う。振袖は華やかでいいな。去年は君も来てくれたっけ。俺は、君の振り袖姿、好きだな」

 去年の俺たちは珍しく張り切っていて、一日から初詣に行った。

 慣れない振袖を着ていた彼女は動きづらそうにしていて、歩くのもゆっくりだったが、晴れ着を着て笑う彼女の姿を眺めるのが好きだった。

『あの日は、荷物を持ってあげたり、ぎこちなく食事をする彼女の世話を焼いたっけな。少し大変だったけど、楽しかった』

 懐かしい記憶に目元が緩む。

「ありがとう。あのさ、お正月ちょっと過ぎた頃に振袖着ても、変じゃないかな?」

 俺を見上げる彼女は照れ臭そうに笑っている。

「去年、あんなに大変だって言ってたのに、着てくれるの?」

「うん、その、折角だし……」

 彼女はモジモジとマフラーの中に顔を埋めた。

 きっと、振り袖姿を褒められたのが嬉しかったのだろう。

 可愛いと褒められるために努力をしてくれる姿が、素敵だと思う。

 俺たちは人混みが苦手だから、今年は、初詣に行くのはもう少し後からにしようと話し合っていた。

 初詣も、行くべき日にちとか、振袖の意味とか、細かい作法や礼儀がたくさんあるのかもしれない。

だが、あいにく俺はミーハーで、お正月もハロウィンもクリスマスも、可愛い彼女と楽しい時を過ごすためにあると思っているタイプの悪い日本人だ。

だから、彼女の振袖を見ることができるならば、細かい理屈は気にしない。

「常に着物を着ている人もいるくらいだから、大丈夫だよ。楽しみにしてるからな」

 親指を立てて太鼓判を押してやれば、彼女は嬉しそうに笑って、俺の空いている方の手を繋いだ。

 ところで彼女は、コンビニ袋にこっそりと潜んでいる、可愛らしいポチ袋の存在に気が付いているのだろうか。

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