第四十八章
※ この話に様々な性的志向を否定する意図はございません。
あくまで物語上の演出のため、フィクションとしてご理解ください。
誤字確認はしましたが、それでも漏れはたくさんあると思います。ご指摘の程よろしくお願いします。
また、制作の都合上、タテ書きで作った文をそのまま貼り付けてあるので、改行等不自然なところがあるかもしれません。
文化祭の準備は着々と進む。が、それはさして俺たちには関係ないことで、今週も今までと変わらないように図書館の受付に腰を下ろしていると、背後の司書室から少し楽し気な声が聞こえてきた。
小窓から中を窺うと、司書さんとシャツにスラックスに身を包んだあおいが楽しそうに話していた。文化祭で出すコラムのことだろうか? この前一度図書館便りのレイアウトの話をしたとか言ってたし、今回もそれかもしれない。文化祭初日までもう一週間切ってるし、製本することも考えたらそろそろ原稿は上がってないとさすがにまずそうだ。
「…………」
なんか、やっぱり蚊帳の外に追い出されているような気がする。
コラムを書き始めるキッカケになるタイミングに立ち会ったり、あおいのことは一番近い距離で見てきたつもりだったが、いつの間にか俺が知らないあおいになってしまったと思う事が最近増えた。
もう、こういう感情にも飽きた。
自分の不出来をあおいに押し付けてるみたいでバカみたいだ。それで俺の態度がかわってあおいも迷惑だろうに、ほんと……
「あの、スミマセン」
「え……あ、すみません」
目の前には単行本を持ったお客さんが立っていた。うつむいて考えていたものだからいるのに気づかなかった。図書カードを預かって、単行本を読み込む。
「お待たせしました」
そう言って本を返すと会釈をしてお客さんは図書館を後にした。
「はぁ……仕事しよ」
考えていてもどうしようもない。返却された本の束を見て、それらを全てパソコンに読ませ在庫処理を施し、数冊手に持つ。
その日は珍しく返却された本に全集があった。授業で使ったのか知らないが全集は他の本と違い、二階に置かれていて借りていく人はほとんどいない。一冊だけのそれを手に持って階段を昇る。
「――――」
すると二階から声が聞こえてきた。
二階はあまり借りられない全集や郷土史、地図などの大判本のほかにそれなりの数のテーブルが置かれていて図書館二階の利用者のほとんどの利用者が勉強目的で使っていた。そう言えば二階へ上がっていった男女がいたなと思い出し、勉強していると思うし、そんなところに俺一人一冊だけ本を返しに行くのは邪魔になりそうで気が引けた。また出直そうと踊り場で振り返った瞬間、思いもよらぬ言葉が聞こえてきた。
「俺たち、付き合わない?」
「!!!!!!!!??????????」
頭の全機能が「?」に塗りつぶされ、一瞬身体の全機能が止まってしまったのかと思った。
え? 今なんつった? 付き合わない? 告白したのか⁉
声からして男性の声だ。たしか今二階には男女二人しかいない。つまり、男側から女性に向かって告白をした……ってことだろうな……えぇぇ……。
もちろん告白なんてしたこともされたこともなくて、当事者になることも、それを目にしたり耳にすることも初めての経験だった。
異性との関りがなさ過ぎて半ば都市伝説のようなものだと思ってた行為に悪い好奇心が芽生えてしまった。俺は踊り場からそーっと音をたてないように数段階段を昇った。細心の注意を払いながら二階の様子をうかがうと、やはり二階には受付で見た男女二人だけが向かい合わせに座ってノートと教科書を広げていた。が、どうも勉強に集中という空気ではない。
告白をした男性の方は緊張で少し顔が強張っていたが、それとは打って変わってメガネをしていた女性の方は目を見開いて小さな口をポカンと開いていた。わざとらしくメガネの位置を整えてから、数秒考える素振りをしてから、「……はい」とだけ小さく言った。
「―――――――――――――っっっっ!!!!」
OKだ! OKが出た!
俺は今、見てはいけないものを見てしまっている。
その罪悪感と共に、目の前で起こっている事への高揚感に胸が躍った。
リボンとネクタイの色から二年生だと分かる先輩男女のカップル誕生を目の当たりにしてしまっていた。こんな瞬間、誰にも見せたくなかっただろうに本当に申し訳ない。テーブルの下でガッツポーズをしている男性と同じくらい俺も喜んでいるから堪忍してほしい。おめでとうございます。
「…………」
その後、「文化祭マジックには早い」だとか「これで文化祭一緒に回れる」だとか初々しい会話を耳にしながら、俺は二人からは見えない階段の中腹で座り込んでしまっていた。
初めて告白の現場を目撃し、あまつさえ成功してカップルが誕生する瞬間に立ち会って、俺は〝羨ましい〟を思ってしまった。
本やアニメ、ドラマや歌でその感情を言葉としては知っていたが、今まで誰にも抱いたことはないと思っていた。思っていたが、人知れずあの人に抱いていた俺の気持ちが、まさかアレだったなんて思いもしなかった。
分かってしまえば単純な話だ。俺が俺と同じ格好をしているあおいを歓迎できていない理由にも説明が付く。
俺は今まで、水瀬あおいのことを女性として好きだったんだ。
人の愛を見て、自分の気持ちを知るだなんて恥ずかしくて仕方ない。
だけどありふれたそんな感情で、俺の気持ちは説明がついてしまう。だったらもう否定する余地もない。自分でも知らぬうちにそんな感情に踊らされていて、今こんな状況になってしまっても捨てきれていなかった現状に、羞恥心こそあれど、それは徐々に自分への嫌悪と憎悪に代わっていった。
いや、さすがに…………ヤバいだろ、マジで…………
〇 〇 〇
ほんとにこのままでいいのかと勘繰りながら、今日も一日を終えた。
いや、いいか悪いかで言えばいいに決まってるし、ようやく正常になったとすら言える。
その正常が憎らしくて、耐えられないと苦悩しながら、脳裏では仕方ないと奥歯を噛んでいた中学時代に戻ってしまった今日この頃。今の状況とボクの考えを口にすると、お父さんは許してくれたし、お母さんもどこかホッとしたような表情で許してくれた。二人ともどちらかというと安心したっていう気持ちが大きそうだった。ボクのことを許してくれたからといって、不安がなかったわけではないだろうし、その不安の種が無くなった今、安心するのは当然で、頭では分かっている。
でもやっぱり、何も完治したわけではないし、まだまだ諦めきれていない気持ちも、正直ある。
「言えるわけ……ないよな」
ボクがお風呂から上がって部屋着のスウェットに身を包み、書きかけのSSのファイルを開く。
何を書けばいいのかサッパリ分からなかったから、まずは二次創作に手を出した。
好きな曲から連想される背景を文字化してみた。ボクの想像した背景に必要な人物を登場させて、ゴールに向かって登場人物を動かす。書きあがった時は意外と楽しいと思ったが、一晩明ければ到底図書委員会報に載せられるものではないなと感じ、提出することはなかった。司書さんは出典元さえ明かしてくれれば二次創作でもOKと言ってくれたが、それはそれで好きなものを使って自己顕示欲を満たしているだけのように思えて踏みとどまった。
次に、作った二次創作の感覚を忘れないうちに、その元ネタをどんどん希釈していき、仮に元ネタを知っている人が読んだとしても元ネタに気付かないほど、ボクのオリジナルと言ってもいいほどのものを作ろうとした。今はその最中だ。もう期日には絶対に間に合わないし、どこにも出すつもりはない凡作だが、凡作ながらもボクがキーボードを叩いて並べた文字たちだ。思い入れもないわけではない。
「……せめて、ボクだけは好きでいてあげたいな」
キーボードで打ち込んだ登場人物の発言なのか、それとも口からこぼれ落ちたボクの本心だったのか、もうそれすら曖昧な言葉が口からでたタイミングで一度キーボードから手を離した。
少し前のシーンを読み返すだけで、その時ボクが何を想っていたのか如実に思い出せてしまう。
今ここに残っているデータは全て逃げてきた証だ。
思いのたけを登場人物にトレースして理想の世界を創っては消して、創っては消してを繰り返してできた産物。何かを成したわけでもない眼前に映る駄文を見てノートパソコンを閉じた。
翌朝。いつも通りスウェットのまま朝ごはんを食べて、寝癖を直し、最低限の肌ケアをこなし、ハンガーにかかった二着の前に立った。女子制服を買う条件として買ってもらった男子制服、今にして思えばこういうことも見越してのことだったのかもしれなくて、見透かされていたようで悔しいが今助かっているので何も言えない。
今一度、胸に手を当てて考える。
ズキン、ズキン、ズキン……今からどちらに袖を通すことを想像しても胸が痛む。
女子制服を着て登校すれば、また吉村さんたちがボクに嫌がらせをはたらくかもしれない。それならまだしも、明日見ちゃんや陽彩くんにまで波及しようものなら、それは耐えられない。
男子制服を着ていけば誰もボクに文句は言わない。だけど、ボクだって生半可な気持ちでスカートを切望したわけじゃない。スラックスでは痛む心があってそれはまだ今も健在で、学校にいる間に付きまとう違和感はずっとボクの心に爪を立てている。
選択肢があるだけ贅沢なのは分かっているが、そんな甘えた自分にため息が漏れる。
が、まだ自分が傷つく方が幾分かマシだ。傷つくのはボクだけなのだし、ボクが耐えればそれだけで事は丸く収まる。中学の頃よりは全然マシだ。明日見ちゃんはどちらを選んでもずっとボクと一緒にいてくれている。そういう人が一人いるだけで頑張れてしまう気もする。
うん、耐えよう。
男の身体に生まれたんだ。男の身体に合うものを身にまとうのは当然だ。そんなことで丸く収まるんだから、ボクが耐えればいいんだ。痛む胸も、一瞬半歩遅れる両足も、ボクの頑張りと気持ち次第で何とかなる。気持ちを押し殺して、委縮する心をパタンとケースにしまうように、カッターシャツを手に取った。
袖を通すたびにその大きさに違和感があるシャツのボタンを留め、まだ少し折れ目の目立つスラックスに手を伸ばす。ベルトを締めて何度か太腿を叩く。
「っ……キモい……」
ボクがこれを身に着けて、陽彩くんの反応だけが懸念だった。
ボクは彼に返しきれないほどの恩がある。そんな彼がボクのせいで表情を曇らせてしまうのは胸に来るものがある。でもだからといって目先の不安を解消するために今まで通りの格好で登校すれば、また二人が傷つくかもしれない。それはもっと苦しくて、ここ数日は「仕方ない」と自分に何度も言い聞かした。
ボクの心の傷一つで、二人の尊厳が守られる保証を買えるのなら安い買い物だ。
たとえそのうちの一人が納得できていなくとも。
でもいつかは、今の状況もなんとかしないといけない。このままでは彼に返しきれないほどの恩を仇で返すことになってしまう。




