第十章
※ この話に様々な性的志向を否定する意図はございません。
また後々そういったものをほのめかす描写が登場する可能性も大いにあります。しかしそれはあくまで物語上の演出のため、フィクションとしてご理解ください。
誤字確認はしましたが、それでも漏れはたくさんあると思います。ご指摘の程よろしくお願いします。
また、制作の都合上、タテ書きで作った文をそのまま貼り付けてあるので、改行等不自然なところがあるかもしれません。
翌日八月二日。俺はいつもより少しだけ緊張して電車に揺られていた。
「……よし」
ショルダーバッグの中身をつい何度も確認してしまう。ちゃんとプレゼントはもってきているのに、なぜかしきりに不安になる。もしかしたらこの小包の中身に自信がないのもあるかもしれない。いや、ちゃんと選んだつもりだけど…………こればっかりは渡して反応をもらうまで安心できなそうだ。
昨日までほぼ完璧にあてられた駅の間隔が、今日は全然分からない。そろそろかなと思っても駅までまだまだあった。それだけ緊張してるのか。
正直、自信があるかと言われれば怪しい。一昨日長峰さんに髪を切ってもらった水瀬さんだけど、それがあまりにもうれしそうで、モノを贈るだけの俺には到底越えられない壁のようなものを確かに感じた。誕生日のプレゼントに優劣をつけるのもどうかと思うが、昨日の水瀬さんの喜びようは見ているこちらもうれしくなるほどだった。自分もプレゼントを贈って、そんな顔をしてほしいと思う事は、何も悪いことじゃないだろう。
なんて考えていると駅に到着して、いつものように何度乗り降りしても0円の表記が出る改札を通過。昨日は髪をセットして遅れてしまった水瀬さんだけど、今日はどうかと思い駅舎を出てあたりを見回そうとすると、
「こんにちは」
見回す前に、横から聞きなれた声をかけられた。
「こんにちは」
声が裏返ってしまわないように、平静を装って返事をする。
隣に立っていた水瀬さんは昨日と同じふっくらとしたボブカットで、今日は早い段階で成功したらしい。
「今日は成功したんだ」
「へへ、練習したから」
今日もご機嫌だ。
「じゃあ、今日も行こっか」
「う、うん」
なんと水瀬さんが練習で先陣を切るようになっていた。もともと彼女のトラウマを克服するために始めた練習だけど、もうこうして嬉々として先陣を切っている時点であるいみ達成なんじゃないかと思ったけれど、昨日も結局電車に乗ることはできなかったし、もう少し続くだろう。
だけど俺はそんなことよりも、見えないはずなのにショルダーバッグの中にある小包がずっと存在を主張している。
ここに来るまでも考えていたのだが、俺は一体このプレゼントをいつ渡せばいいのだろう。練習前に渡すのが無難だと思っていたが、言いだす機会を無くしもう改札を抜けてしまっている。終わった後というのも手だが、毎度水瀬さんは練習終わりに疲れた顔をする。そりゃ、トラウマに立ち向かうのだから疲れはするだろうし仕方ない。だけどそんな時に渡すのは果たして得策なのか自信がなかった。でもだったら、どうすれば……
なんて考えていると、けたたましく駅のアナウンスがなった。俺たちがいるホームに電車が到着した。
「行ってくる」
「待って、俺も行く」
立ち上がる水瀬さんに、俺もついて行く。
誰も並んでいない扉が開く位置に立ち、目の前で電車がなかなかの速度で通過するのを見送る。
「っ……」
それまでどれだけ上機嫌でも、この瞬間の水瀬さんの表情はいつも辛そうだ。本人にしか分からない葛藤があるのだろう。いつ見ても痛々しく目をそらしてしまう。
電車が止まり、目の前で扉が開く。
電車内の冷房の効いた冷たい空気がしきりに肌に触れて心地いいが、水瀬さんは少なくともそうは思っていなさそうで、両手で自身の身体を抱きかかえながら怯えた眼をしながら電車から一歩のけぞった。今回もダメだったか。
扉が閉まり、何事もなかった様子で電車は去っていき、ホームにいた人たちは今さっき去っていった電車に乗り込み、降りた人はとっくに改札を抜け、ホームには俺達二人だけが残った状態になってしまった。蝉の声と外の車の音だけが響くこの光景にも慣れてしまったが、隣でため息を吐く水瀬さんだけはどうしても慣れない。
「ごめんなさい。また」
「いいよ。気を落としすぎないようにしよ」
なんて、俺がいくら言葉を繕っても水瀬さんは落ち込んだ顔をする。
まぁそれもそうだよな。どれだけ俺が大丈夫と言っても水瀬さんからしたら赤の他人を自分のトラウマ克服に付き合わせているのには違いない。もうそんな練習も今日で七日目、今日までほとんど進展がなく彼女なりに思う所があるんだろう。
「……今日、実はボク誕生日なんです」
すると、突然脈絡もなく水瀬さんがそんなことを言い出した。それまで俺の頭の中でずっと考えていたこともあって、「えっ⁉」と大きな声で反応してしまう。
「知りませんでしたよね。言ってなかったですもん」
「いや、えっと、その」
俺が驚いたのが、ずっといつプレゼントを渡そうか考えていた事が話題に上がったからではなく、友達の誕生日を知らずに、それがたまたま今日だった驚きだととらえられている。訂正しようにも、俺の言葉を遮るように水瀬さんが続けてしまった。
「だから、プレゼントってことで明日見ちゃんが髪をセットしてくれて、その……より女の子らしく、自分がなりたいように、なれたから今日はとくに頑張りたかったんだけど……そんな簡単にはいきませんね」
どこか諦めたような、吐き捨てるように言った言葉に少し胸がキューっと締め付けられた。
いつぞやか、水瀬さんは自分を変える力を持っていると思ったことがあるが、そんな素晴らしい力を持っていたとしてもこううまくいかないことはあるんだと、当たり前のことに気付かされた。
彼女は十分やってる。力も持っているし、毎日努力もしてる。
なのにまだ結果だけが伴ってなくて、その伴わない結果がすでに彼女のことを蝕むフェーズに突入してしまっていた。この期間に長いこと浸っていると、今度の発展がまたドッと遅くなってしまう。それだけは避けたかった。
だけどこんな時に限って何もいい言葉が思いつかない。
安い同情や励ましじゃ意味がないし、かえって逆効果かもしれない。
何かいい返しはないかと、色々考えようとしたが、考えるよりも先に俺の手はショルダーバッグにかかっていた。
「か、簡単に、なんて言っちゃダメだ」
「え」
彼女の言葉で一か所気になったところを言及する。彼女は簡単に、なんて言ったけれど俺そんな風には思わない。それは否定しないと、水瀬さんがかわいそうだった。
「毎日辛い思いしてがんばってるんだから、簡単になんて言っちゃダメ」
「ご、ごめん……」
「あともう一つ!」
なんか説教臭くなっちゃったけれど、もう一つ否定しなきゃダメなところがあった。
思わず声が大きくなってしまって驚いた水瀬さんがこちらを見ていることに気付きながらも、逃げるように目をそらしながらカバンの中を漁る。中から店員さんに包んでもらって手のひらサイズの小包を手渡す。
「誕生日、知ってた。ごめん」
「え? え、これって」
「誕生日おめでとう」
人にこうして手渡しで誕生日プレゼントを渡す機会なんてそうないので、妙な敬語が出てしまった。恐る恐る水瀬さんの方に視線を戻すと、ポカンと驚いた水瀬さんと目が合った。驚きと困惑で満ちていた。
「あ、ありがとう」
身体は男だって信じられないほど小さな手で俺からのプレゼントの入った小包を取ると、小さく「あけていい?」と聞いてきたので、コクリとうなずきだけ返した。
正直少し恥ずかしかった。目の前で自分が買ってきたプレゼントを開けられるのは。
水瀬さんは丁寧にリボンをほどくと、小包の中を覗き中のものを取り出した。
「イヤリング?」
俺が水瀬さんに贈ったのは耳に穴がなくても取り付けられるイヤリングだった。
シルバーの、ワンポイントで小さな蒼いイミテーション、宝石っぽいものが付いたイヤリングで、小ぶりで主張の激しくないものにしたつもりだ。
昨日の練習の帰りに、モールの雑貨屋や服屋のアクセサリーコーナーを色々回って見つけた品で、もちろん高価なものではない。俺のお小遣いで買えるような安い代物だ。
長峰さんにプレゼントはイヤリングがいいと言われた時は、正直困った。こんなのセンスが十割ものをいうプレゼントは失敗する話もよく聞くし、あまりそういう挑戦はしたくなかった。しかし、長峰さんがその危険性を知っていても推し進める理由は昨日分かった。長峰さんはもうすでにあの時に水瀬さんの髪をセットするつもりだったのだろう。とびっきりかわいくするつもりだったから、俺にも水瀬さんをかわいくする手伝いをしろと、そう言いたかったのだろう。
実際、昨日さらにかわいくなった水瀬さんを見て、俺も何か手伝いたいとさらに強く思うようになって、モールでも水瀬さんのことを思いだしながら何度もお店を行ったり来たりして、苦節三時間モール内にこもっていた。
「うん。付けてるの見たことないから、持ってないと思ってたんだけど……」
「付けてもいい」
「え?」
「付けてもいい?」
「あ、うん。もちろん」
少し食い気味に、水瀬さんはそう尋ねてきた。もちろんかまわない。
丁寧に台紙を外して、大事そうにイヤリングをつまむと、もう片方の手で髪をたくし上げた。
「っ……」
いつもは隠れてて見えない、露になった耳元思わずドキッとしたがすぐに頭を切り替える。
イヤリングのわっかを広げ、ネジを緩めると右の耳たぶに近づけようとするけれど初めてのイヤリングだし、鏡もなくて苦戦しているようだった。
「あ、インカメで映すよ」
「ありがと」
俺は咄嗟にスマホのインカメラを鏡代わりにして彼女の方に向ける。すると水瀬さんは俺のスマホの方に顔を近づけ、確認しながら耳たぶにそっとイヤリングをはめる。ネジを締め、少し顔を左右に動かしながら落ちないことを確認する。
「……どう?」
ちゃんとつけると、水瀬さんは少し上目遣いで弱々しく俺に尋ねてきた。
その質問に俺は少し息を飲んだ。
きちんとセットされた真っ黒な黒髪の合間を縫って見える彼女の耳には、俺があげたイヤリングの青色が控えめにだけど妖しく、きれいに輝いていた。
「うん。すごく似合ってる……きれい」
もしかしたら彼女はかわいいという感想の方が喜ぶかもしれないが、俺は素直に初めに思ったことを口にした。そうするべきだと思ったから。
「……よかった。ありがとう。すごくうれしい」
「いえいえ」
「大事にする」
「うん」
「ほんとに、ほんとに大事にする!」
「そ、そう」
よかった。気に入ってくれたらしい。
子供みたいに大はしゃぎするわけでもなく、右耳に付けたイヤリングの感触をたしかめるように、大事に触っていた。
「もう片方もつけていい?」
「うん、もちろん」
俺はもう一度インカメラを起動して水瀬さんに向ける。同じ要領で両耳に蒼いイミテーションの光が見えるようになった。
両耳にその光を携えた水瀬さんは、突然立ち上がったかと思うと俺の前にやってきた。
「これ、ほんとにありがと……すごくうれしい」
「気に入ってくれてよかった。こういうの好み出るから、すごく不安だったんだ」
「……これは、緒方くんの好み?」
そう、水瀬さんは目を丸くして首を倒しながらきいてきた。
「違う違う! えっと、俺の好みってよりかは、昨日の長峰さんと髪をセットしてきた水瀬さん見てから、似合いそうなの選んだってかんじ」
「そうなんだ……てっきりこういう蒼っぽいの好きなんだと」
「特別そんなことはないけど」
確かにシルバーだけとか、ゴールドだけとかはちょっと寂しいかなって思って、ワンポイントいれようとは思っていたけれど、何色がいいかは俺の趣味じゃなくて、水瀬さんの真っ黒な黒髪の中にうっすら見えたらカッコイイかなって思っただけだ。でもこうして、数歩離れた距離で立つ水瀬さんを見ていると、よく目を凝らせば耳元に蒼色が垣間見えて、ちゃんとワンポイントとして成り立っていた。
「よかった。ちゃんと似合った」
両耳に付けた水瀬さんを見て、他ならぬ俺が安心してしまった。
今も目の前では水瀬さんがホームで小躍りするみたいにイヤリングに触れていた。喜んでくれて何よりだが、でもやっぱりなかなか博打だったと今になっても思う。初めてだから分からなかったから長峰さんの提案に頼りきりになってしまったが、来年はこの手のアクセサリーは遠慮したい。つまり、来年までに水瀬さんが何を欲してるのかを理解するくらいにの仲になって、来年もこうして夏休みに会えるような関係になっていないといけない。
その先駆けと言っては何だが、実は最近あることが鬱陶しいと思うようになってきて、もういいかと思うので思い切って言ってみた。
「水瀬さん、あのさ」
「ん」
「提案があるんだけどさ」
提案というか、許可取りに近いのだが
「そろそろ……その名前で呼んでもいいですか?」
「……というと?」
水瀬さんはポカンと点で分からないという様子で首を傾げた。
「えっと、つまり……よ、呼び方をこれまでの「水瀬さん」から……「あおいさん」……いや、違うな…………っ、「あおい」って呼ばせてほしい」
俺はただ彼女のことをいつまでの他人行儀な敬称付きの苗字じゃなくて名前で呼べればそれでよかったのだが、一度口に出してみた「あおいさん」の呼び方には強烈な拒否感を抱いた。名前呼びしているはずなのに、こっちの方が距離を感じてしまい、名前の呼び捨てしかなかった。
思っていたよりも大胆な提案になってしまったが、言ってしまったものは仕方ない。
彼女の反応を待っていると、彼女は両足をしっかりと地面につけて俺の方を見た。
「えっ、いいよ」
「あぇ?」
しかし俺の緊張とは裏腹に、何をそんなに神妙な面持ちでいるのか不思議に感じているように俺の提案を受け入れてしまった。あれ? そんな感じ?
「あ、そう……ふーん」
なんか拍子抜けだった。勝手に俺が大事なことだと思い込みすぎていたんだろう。恥ずかしい。
「わざわざ聞いてくれるなんて、律儀だね」
「ごめん、普通訊かないか聞かないか」
「まぁね。少なくとも明日見ちゃんは訊いてこなかった」
「あはは……」
恥かしさとあっけなさ、さらに自分の不器用さに思わず乾いた笑みがこぼれる。
元から友だちが多くなく、今ほど交流関係も広くなかった長峰さんがそうだってことはつまりほんとに俺だけってことじゃないか。
「そんなに恥ずかしがらなくていいよ」
「あー、言わないで言わないで」
ベンチの背もたれに背中を預けて、天井を仰ぎ見るように打ちひしがれている俺を見てあおいはナチュラルに俺の傷を広げてくる。もうこっちはヘトヘトなんだ。
「だって、異性でここまで仲良くなった友達初めてなんだよ」
「えっ」
そう、口からついて出てしまった言葉は、言い訳に聞こえるかもしれないが紛れもない事実で、俺がここまで醜態をさらした原因だ。
男の友達は何人かいたことはあるし、そいつらとは当時小さかったこともあって苗字で呼び合うフェーズをすっとばして名前で呼びあっていた。そして悲しいことに、苗字で一度呼び合ってそれから名前呼びに進歩した関係を築いたことが今まであまりなく、さらに異性ともなると間違いなくはじめてだった。だから勝手がわからなかったと、言ってしまえばそれまでだ。
しかしそんな俺の情けない醜態が口を滑って出てしまったに、あおいの驚いた反応を見せた。だけどそれは別に引いているわけでもなく、彼女の驚いた反応も、衝いて出たもののようだった。
「どうかした?」
「いや、なんか……そんなこと、言ってもらえるなんて思ってもなかったから」
「ん?」
「薄々分かってはいたけど、なんか本人の口から言われると、やっぱり嬉恥ずかしいっていうか…………ごめん、やっぱり何でもない!」
「お、おう?」
何か恥ずかしかったのか、あおいは自分で言いながらすぐに言葉を撤回した。な、なにが言いたかったんだろう。
よほど何か思う所があるのか、あおいは少し黙り込んで何かを考えている様子だった。
しかししばらくして、まるで何か意を決したように俺の方をもう一度見ると、「緒方くん」と俺の名を呼んだ。
「ボクも、緒方くんのこと、「陽彩くん」って呼びたい」
すると突然そんなことを言い出した。なんか、相手にそう突然言われると、「ど、どうぞ」って反応になっちゃうな。自分が言われる立場になって初めて言葉の違和感に気付いた。ほんと恥ずかしい。
しかし、俺が返事をする前に、あおいは「だけど」と否定の言葉を続けた。
「このまま何もせずにするのは嫌だから……」
あおいが少し黙ると、まるで見計らったように、駅全体に聞こえるように電車が到着する旨のアナウンスが流れた。
「この電車に無事に乗れたら、ボクも緒方くんのこと名前で呼びたい」
そして緊張を含んだ言葉で、だけどしっかりと、彼女は高らかにそう宣誓した。




