26 アレッタとコニー
カルロス殿下が新しく準備してくれたという部屋は、部屋というよりもはや離宮だった。
ディーク殿下の部屋と同じように回廊があり、その先の建物全てを私達だけで使っていいらしい。
回廊の両脇には、色とりどりの花が咲き乱れている。
中に入るとエントランスホールの美しさに、私は思わずため息をついてしまった。エントランスホールの奥には、大きな階段がある。
「二階建てなのね。前のお部屋も素敵だったけど、ここはさらに広くて豪華……」
私がそう呟くと、アイリーン様が「ここは他国の王族など、とても重要な来賓をもてなすための場所です」と教えてくれる。
「一階は来賓室。二階にもたくさん部屋があるので、ここならメイドや護衛騎士達も一緒に泊まれると思います」
そういうアイリーン様の目元は赤く腫れてしまっているけど、もう涙は流していない。そのことに私はホッとする。
さっきは、あまりに思いつめた様子だったから、何か無茶なことをしないか心配だったけど、もう大丈夫そうね。
私はリオ様に声をかけた。
「コニーとアレッタの様子を見に行きたいのですが……」
リオ様が返事をする前に、エントランスホールにバルゴアの騎士達がぞろぞろと入って来た。先頭にいたエディ様がリオ様に向かって片手を上げる。
その後ろから、コニーとアレッタが飛び出してきた。
「「セレナお嬢様!」」
私の名を呼ぶ声がピッタリと重なっている。
「ご無事でしたか⁉」とコニー。
「おケガはされていませんか⁉」とアレッタ。
心配そうに私を見つめるコニーの頬は、ひどく腫れあがり湿布薬が貼られているし、アレッタの手首には縄で縛られた痛々しい跡がある。
ひどい目に遭ったのは、あなた達なのに。どうして、私の心配をしているの?
二人にまた会えた喜びと、私のせいでこんな目に遭わせてしまったという悲しみで、胸がどうしようもなく苦しくなる。
「わっ! お嬢様、泣かないで!」
「お嬢様~~~!」
慌てている二人の手を、私はそれぞれぎゅっと握りしめた。
「私、もうあなた達に、二度と会えないんじゃないかって……。すごく、怖くて……」
「お嬢様……」
アレッタが「わ、私も、すごく怖かったです。でも、コニー先輩がずっと守ってくれて……」と言うと、コニーが自慢気に鼻を指でこする。
「へへっ、タイセンの奴らは大したことなかったですよ!」
すごく良い笑顔でコニーがグッと親指を立てると、周囲のバルゴアの騎士達から「よく言った!」「それでこそ、バルゴア!」と称賛の声が上がる。
私はそっとコニーを抱きしめた。
「コニー、無茶しないで。でも、アレッタを守ってくれてありがとう」
「……はい」
「二人とも、今日は何もせずゆっくり過ごしてね」
そう伝えたのに、アレッタは「いつも通りにしないと、なんだか落ち着かなくて……」と言いながら私が使う予定の部屋がちゃんと整えられているか見に行ってしまうし、コニーは「鍛錬してきます!」と木刀を持って飛び出して行った。
今から? さすがに今日は鍛錬しなくていいでしょう⁉
飛び出したコニーを追いかけ探していると、草むらの陰に座り込んでいるのを見つけた。
やっぱりケガが痛むのね⁉
慌てて駆け寄ろうとした私の肩がポンッと叩かれる。
振り返るとエディ様がいた。
「セレナ様。今はそっとしておいてやってください」
コニーがいるほうから「うっ、ひっく」とすすり泣く声が聞こえてくる。
「でも、ケガが痛くて泣いているわ」
「違いますよ。あれはね、悔し泣きです」
「え?」
エディ様は「俺も経験あるんですよねー」とため息をつく。
「子どものころ、群れからはぐれた一匹狼に襲われたことがあって、俺が付いていたのにリオにケガをさせてしまったんです。大人達には狼相手によくやったと褒められましたが悔しくて。こんなに弱くて何が護衛だって自分を責めて泣きました。だから、あいつもきっとタイセンの騎士にやられて、攫われたのが悔しいんですよ」
エディ様の言葉が真実だというように、「くそっ!」と言う声と共に立ち上がったコニーは木刀を振り始めた。
「もっともっと、強くなってやる! あたしは、もう、誰にも負けない!」
涙を浮かべるコニーの横顔は、とても力強い。
エディ様は「あいつ、これからもっともっと強くなりますよ」と笑う。
頷いた私は、コニーをエディ様に任せてその場をあとにした。
エントランスホールに戻ると、リオ様がバルゴアの騎士達に指示を出していた。
忙しそうなので、私はそっと通り過ぎて階段を登る。アレッタが二階から手を振り「セレナお嬢様のお部屋はこちらですよ!」と笑みを浮かべて案内してくれた。
ゆっくりしていてとお願いしているのに、「お願いですから、やらせてください」と言いながらアレッタがお茶を淹れてくれる。ためらいながら一口飲むと、私は全身からフッと力が抜けるのが分かった。
そのとき初めて、私は今までこんなにも緊張して体を強張らせていたのねと気がつく。
「美味しいわ。ありがとう、アレッタ」
見ると、アレッタが静かに涙を流していた。
「大丈夫⁉」
「す、すみません! 今になって、ようやく、助かったんだって……。私、お嬢様の元に戻って来れたんだって、実感が……うっ、うう」
「アレッタ……」
アレッタをそっと抱きしめると、私の目頭が熱くなる。私達の頬を流れるこの涙は、再会できたことへの感謝と喜びの涙だった。
 




