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社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~【書籍化&コミカライズ】  作者: 来須みかん
【第二部】

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14 私はあなたの味方です

 医務室に向かっている途中で、私達は王宮騎士に行く手を遮られた。


「ここは通れません」


 エディ様が「医務室に用があります」と対応する。


「申し訳ありませんが、今はお通しできません」


 医務室があると思われる方向が、何やら騒がしい。


 王宮騎士が塞ぐ廊下の向こう側から、リオ様が現れた。


「リオ様」

「セレナ?」


 リオ様は王宮騎士の横を通り過ぎて、私の側に駆け寄ってきた。入ってはいけないけど、出る分には問題ないのね。


「セレナが、どうしてここに?」


 そう言ったリオ様の顔色が悪い。


「リオ様を捜していたのです」

「そうか……」


 声にも力がなく、落ち込んでいるように見える。


 いつもとまるで違う様子のリオ様を見て、私は自分のことばかり考えていたことが恥ずかしくなった。


 リオ様だって、悩んだり落ち込んだりすることがあって当たり前なのに、心のどこかで『どんな問題が起きてもリオ様なら大丈夫』と思っていた。


 リオ様が大変なときこそ、私がしっかりして、頑張らないといけない。


 私はそっとリオ様の手を握った。


「とりあえず、お部屋に戻りましょう」

「あ、ああ」


 私に手を引かれて歩くリオ様は、いつもの元気がない。


 それを見たエディ様が「まるで、主人に叱られることを恐れている猟犬のようだな」と、のんきなことを言っている。


 部屋に戻ると、エディ様、コニー、アレッタに席を外してもらい、私はリオ様と二人きりになった。


 ソファーに座ったリオ様の大きな体は、なんだかいつもより小さく見える。


「リオ様」


 声をかけると、ビクッとリオ様の体が震えた。


 本当ならすぐにでも『何があったのですか?』と聞きたかった。でも、私はそれを聞く代わりにリオ様の頭を優しく撫でた。


「大丈夫ですよ。何があったとしても、私はリオ様の味方です。あなたが私を助けてくれたように、今度は私があなたを助けます」


 リオ様が私を『毒婦なんかじゃない』と信じてくれたから、私は何があってもリオ様を信じる。


「ほ、本当に……?」

「本当です」


「俺が、何をやらかしていても?」

「はい、私はあなたの味方です」


 うるっと涙を浮かべたリオ様は「セレナぁ!」と叫びながら私に抱き着いた。


「よかった! セレナに嫌われたらどうしようかと! それだけが怖くて!」

「私がリオ様を嫌うことなんてありません」


「でも、だいぶやらかしてしまったから……」

「えっと、私と初めて出会ったときと、今回、どちらのほうが?」


「今回、かな……たぶん」


 事故だったとはいえ、初対面の女性の骨にヒビを入れる以上のやらかしとは……。


 事態が思っていた以上に深刻で、私はゴクリとツバを飲み込んだ。


「実は、ひとりでセレナを待っていたら、ライラ嬢が俺に近づいてきたんだ」

「ライラ様が……」


 二人は偶然出会ったのか、それともライラ様がなんらかの目的を持ってリオ様に近づいたのか。

 私はライラ様によく思われていないから、後者の可能性が高い。


「ライラ嬢にセレナのことを聞いたら、ディークの名前が出て」


 なるほど。ライラ様は、私がディーク殿下と一緒にいることをリオ様に告げ口しようとしたのかもしれない。


『あなたの婚約者は、浮気をしていますよ』と。


「急いでセレナの元に行こうとしたら、ライラ嬢が俺の腕に触れようとしたから……」

「腕に?」


 結婚を間近に控えているライラ様が、夫になるカルロス殿下以外の男性と二人きりになり、腕に触れようとするなんて浮気を疑われても仕方ない。


 それとも、国が違えば、考えや文化も異なるのかしら?


 そういえば、ライラ様は以前、噴水付近でディーク殿下とも二人きりで会っていた。この国では問題になるようなことではないのかもしれない。

 ライラ様の目的は、一体、なんなの?


 もし、ライラ様にお相手がいなかったら『リオ様を誘惑して私から奪おうとしたのかも』と思うけど、これから王太子妃になるライラ様がそんな愚かなことをするとは思えない。


 リオ様は、だいぶためらったあとに重い口を開いた。


「その、うっかりライラ嬢の腕を、締め上げてしまって……」


 すぐに反応できず、たっぷり間を開けてから私はなんとか「えっ?」と呟く。


 視線をそらしたリオ様は、(かたく)なに私を見ようとしない。


「セレナに嫌われるかもと焦った俺は、ライラ嬢を小脇に抱えて医務室へ……」

「こ、小脇……え?」


 混乱する私にリオ様は「こんな風に荷物を運ぶように」と脇に抱える仕草を見せてくれる。


「あの、えっと、リオ様のお話をまとめると、ライラ様を、その、締め上げて、小脇に抱えて医務室に運んだ……と、いうことで合っていますか?」


 自分で言っていても訳が分からない話だったけど、リオ様はコクリと頷く。


「そ、そうなのですね。うっかり締め上げてしまったのは、百歩譲って仕方ないにしろ、ど、どうして、小脇に?」


 ようやく視線が合ったリオ様は、本当に叱られた猟犬のように見えた。


「それは、ライラ嬢のこと、よく知らないし……」

「でも、私のときは抱きかかえて医務室まで運んでくださったじゃないですか?」

「それは……あれ? どうしてだろう?」


 リオ様は本当に不思議そうに瞬きした。澄んだ瞳が私をまっすぐ見つめている。


「リオ様は、初対面の私にとてもよくしてくださいましたよ? それはケガをさせてしまった罪悪感からかもしれませんが、ライラ様にはそう思わなかったのですか?」


 それこそ、事故でうっかり腕にヒビが入ってしまったことより、自発的に女性を締め上げてしまったほうが罪が重いような気がするのは私だけ?


「言い訳だが、ライラ嬢からはねっとりとした悪意を感じて気持ち悪かったんだ」

「そうなのですね……。では、私は気持ち悪くなかったから、抱きかかえて運んでもらえたのですね」


 あのとき、リオ様に悪意を持っていなくて本当によかった。ホッと胸を撫で下ろす私の耳に、リオ様の独り言が聞こえてくる。


「そういえば、昔、シンシアと一緒に出掛けたときに『もう歩けない!』と言うから、肩に担いで運んでやったら、一週間、口きいてくれなくなったな」


 シンシア様は、リオ様の大切な妹なわけで……。


「シ、シンシア様に、なんてことを……」


 これはさすがに、お説教をしないといけないかもしれない。私は、リオ様の味方だけど、ダメなことをダメだと伝えるのも大切なことだと思う。どう伝えたら、いいかしら……。リオ様を責めるような言い方はしたくない。


「ああ、そうか!」


 悩む私の両手をリオ様が握った。


「どうやら俺は、セレナを初めて見た瞬間から、無意識に惹かれていたようだ。俺にとって特別な女性はセレナだけだから、セレナ以外の女性をエスコートするのは難しい」


 満面の笑みを浮かべながら、無邪気にそんなことを言うので、私は何も言えなくなってしまった。


 黙ってしまった私に、リオ様は話の続きを聞かせてくれる。


「ライラ嬢を医務室に運んだら、すぐにカルロスが来てくれたんだ」

「カルロス殿下が?」

「そうなんだ。医師がカルロスに連絡してくれて。カルロスは、ライラ嬢にケガがなかったから、この件は気にしなくていいと。その代わり他の招待客に他言しないでくれと言っていた」

「それだけですか?」


「結婚式直前だから、事を荒立てたくないらしい」

「それは……そうですね」


 カルロス殿下の言うことは、もっともだけど、ライラ様はそれで納得できたのかしら?


 お茶会でのライラ様を見る限り、自分への無礼をサラッと流してくれるような人には見えなかった。


 結婚式が終われば、ライラ様は聖女でありながら王太子妃になる。さらなる権力を手に入れたライラ様に、どんな仕返しをされるかわからない。


 私は、それが怖いわけではない。なぜなら、リオ様が本気になったら、きっとライラ様なんて相手にすらならないから。


 でも、リオ様がライラ様を敵だと認識すると、相手の罪がすべて明らかになり、世間にこれまでの悪行をさらされて、その報いを受けることになる。富も名声も、すべて一瞬で奪われてしまう。私の父がそうであったように……。


 それは私が強く望んだことだったけど、きっとカルロス殿下は、何か事情があってライラ様やディーク殿下が罰せられることを望んでいないように思う。


 だから、私達はこれ以上、この国に関わってはいけない。


「リオ様。結婚式が終わったら、すぐに帰国しましょう」

「そうしよう。街の宿で待機しているバルゴアの騎士達にもそう伝えておく」


 私達はしっかりと視線を合わせて頷きあった。

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