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22 ファルトン伯爵の罪【セレナの父視点】

 マリンとバルゴア令息の出会いを演出するために、パーティーを開いたら、あの忌々しい女の娘セレナが私の前に現れた。


 いったいどんな手を使ったのか、バルゴア令息をすっかり手懐けている。さすがあの女の娘なだけあり、高位貴族の男に媚びるのは得意のようだ。


 このままでは、マリンとバルゴア令息との結婚を実現できない。


 あの女は死んでもなお、私の幸せを邪魔するのだな。


 我がファルトン伯爵家の爵位目当てに嫁いできた心が醜い女。あの女さえいなければ、と何度思ったことか。


 バルゴア令息とセレナを引き離したかったが、整えた晩餐ばんさんの席でもバルゴア令息はセレナを隣に座らせた。


 浅ましくバルゴア令息に媚を売っているセレナをこのままにしておけない。


 なんとかしなければ……。


 私は執事を呼ぶと毒をセレナのワインに入れるように指示した。この執事は、元はただの下働きだったが、父とあの女を殺すときに協力してくれたので、今の地位にまで引き上げてやった。その恩を忘れてはいないだろう。


 執事は、私から毒をしまっている小箱のカギを受け取ると、「承知しました」と微笑み去っていく。


 あの毒を少し飲んだくらいでは、死ぬことはない。しかし、吐き気をもよおし体調が悪くなる。


 体調を崩したセレナが、バルゴア令息から離れたら、いつものように別邸に閉じ込めてしまえばいい。


 バルゴア令息のワインには、睡眠薬を仕込んだ。これを飲んで眠ったところを、マリンに介抱させる計画だ。バルゴア令息の失態で、未婚の男女が一晩同じ部屋で過ごしたという事実ができれば、結婚まで強引に持っていくことができる。


 しかし、どういうわけか、セレナに毒を盛ろうとしたこと、そして、バルゴア令息に睡眠薬を盛ろうとしたことが見破られてしまった。だが、それがどうした。


 私が指示を出したことを知っているのは、捕えられている執事だけだ。


 この執事にすべての罪をかぶせて、殺してしまえばいい。毒薬を手に入れるために、裏社会のやつらと繋がった。そのつながりは今も途絶えていない。だから、金さえ払えば人を消す手段は、いくらでもある。


 たとえバルゴア令息でも、執事だけの証言で、私を罰することはできない。だから、ここは『私は何も知らない』を押し通せばいいだけだ。


 私のそばで愛する妻が苦しそうにしている。すぐにでも、解毒剤を飲ませてやりたいが、今はできない。


 私が今、解毒剤を妻に使えば、セレナに毒を盛ろうとしたのが私だと自白するようなものだ。


「あ、あなた……」


 涙を浮かべる妻を助けることができず苦しい。


 少しの間、がまんしてくれ。


 そんな私の心を読んだかのように、バルゴア令息が「ファルトン伯爵。解毒剤は、持っていないのか?」と聞いた。


「そんなものはありません! 毒だって持っていないのですから!」

「それは困ったな。実は私の部下が手違いで、毒ビンの中身を夫人のワインにすべて入れてしまったらしい」


 それはウソだ。毒ビンの中身をすべて入れてしまったら、吐き気ぐらいではすまない。私は騙されないぞ。


 しかし、妻の顔からサァと血の気が引いていった。


「あ、あなた……! は、早く解毒剤を! 死にたくない!」

「大丈夫だ、がまんしろ!」

「がまん!? がまんってなんですか? 毒を盛られたのに!?」


 涙を流す妻の瞳は、どんどん吊り上がっていく。


「まさか、まさか、今度は……私を?」


 妻は、私の足にすがりついた。


「そうなのですね!? 今度は私を殺そうと? うっ! はぁ、はぁ……あ、あの女を殺したときのように、今度は私を!」

「黙れ! バカなことを言うなっ!」


 錯乱さくらんしている妻を振り払うと、妻は床に倒れこんだ。


「お母さま!」


 マリンが妻にかけよっていく。


「お、お父さま、どうして……?」


 その瞳には、私に対するおびえが見えた。


 どうしてそんな目で私を見るんだ!? これはすべて愛するお前たちを幸せにするためにやっていることなのに!


 妻は「いやぁ、死にたくない!」と叫び、私を指さした。


「この男よ! セレナに毒を盛ろうとしたのはこの男! 早く捕まえて、お願いだから私に解毒剤を!」

「なっ!?」


 愛する妻の裏切りが信じられない。


 バルゴアの騎士に捕えられている執事も私をにらみつけた。


「そうです! すべてはこの男の指示でやったことです! 私はどうしても断ることができず! ですから、私は無実です!」


 私達を遠巻きに囲んでいたメイドたちが床に膝をつく。


「も、申し訳ありません! 旦那様の指示で、セレナお嬢様につらく当たっておりました! 逆らえなかったんです! どうかご慈悲を……」


 いったい何が起こっているのだ?


 今まで喜んで私に従っていた者たちが、一斉に手のひらを返した。


 バルゴア令息の淡々とした声が聞こえる。


「病死したとされているセレナ嬢の母と祖父の本当の死因を証言した者だけを減刑する」


 シンッと辺りが静まり返った。


 まさか、過去の毒殺もバレているのか?


 いや、証拠があるならバルゴア令息が、わざわざこんなことを言う必要はない。

 疑われてはいるが、証拠はないのだ。


 あの当時の使用人達は、執事以外すべて解雇した。だから、それを証言できる者は、この場には執事しかいない。しかし、執事は共犯。自分の罪が明らかになるのを恐れて証言できないだろう。


 だから、私も黙っていればいい。


 それだけでこの危機を逃れられるし、この場さえとりつくろえば、解決方法はいくらでもある。


 静まり返った中、口を開いたのは私の宝物である娘マリンだった。


「お父さま……」


 その瞳は不安そうにゆれている。


 ああ、マリン、お前だけは私を心配してくれているんだね。


 それはそうだろう。お前には愛情を注いで、大金を使って今まで育ててやったのだから。しかし、マリンは天使のような笑みを浮かべて自慢気にこういった。


「私、証明できるわ。お父さまから直接聞いたから。毒を隠している場所も知っている。早く、お父さまを捕まえて! もちろん私は無関係よ」


 マリンのあとに、妻がつづく。


「そうよ! セレナの母を殺したのも、前ファルトン伯爵を殺したのも、この男! 今の私にしているように毒を盛ったのよ! いくらでも証言するわ! だから、私に解毒剤を!」


 すべてをかけて愛した者たちが、私の罪を明らかにしていく。私が罪を犯したのは、お前たちのためなのに。


 私はバルゴアの騎士に拘束された。


 黙っていればバレなかった。愚かな妻と娘を見て、急速に愛情が失われていく。代わりに、沸々と怒りが湧き起こってきた。


 ぎゃあぎゃあと醜く叫ぶ妻に「黙れ!」と怒鳴る。


 妻は、キッと私をにらむと、「この人殺し!」と叫んだ。


「お前がそれを言うのか!? お前が、私を愛していると! どうしても伯爵夫人になりたいとねだったんだろうが!」

「だからといって、殺してなんて頼んでないわ!」

「殺さないとお前ごときの家柄の下賤げせんな女が、高貴な伯爵家に嫁げるわけがないだろうが!」


 だから殺したんだ。お前たちと幸せになるために、私は自らの手を汚してまで……。


「それがあなたの本心なのね!? 愛していると言いながら、そうやって私のことをずっと見下していたのね!?」

「どうしてそうなるんだ!? お前たちがこんなにも愚かだなんて思わなかった!」


 私をにらみつける妻の瞳は、別人のように冷めきっていた。マリンは、おびえて私から距離をとる。


「お前たちは、私のせいだとでも言うのか!? これはすべてあの女が悪いんだ! あの強欲な女が無理やり俺に嫁いできたから!」


 私の前にバルゴア令息が立ちふさがった。


「その件だが、叔父さんが調べたところによると、セレナ嬢の母は、この結婚を拒否していたそうだぞ。だが、爵位の低いセレナ嬢の母側から断ることができなかった」

「ウソだ、そんなわけがない!」


「婚姻が結ばれる前に、セレナ嬢の母は、何度もお前に手紙を出していたらしい。その内容は『あなたからこの結婚を断ってほしい』だった。だが、家に帰らず女の元に入りびたっていたお前は、手紙に気がつかなかった。いや、気がついていたが、読まなかったが正解か?」


 結婚前にあの女から手紙は届いていた。だが、中を見ずに破り捨てた。

 どうせ、私への愛の言葉が綴られていると思っていたから。返事をしなくても何通も届いたので、女の浅ましさに腹が立った。


「前ファルトン当主が、無理やりこの結婚を進めたのは、このままでは一人息子のお前がダメになると思ったからだ。事実、お前はその女に入れあげてから、素行が悪くなっている」

「違う、私は愛する者を大切にしただけだ! 何も悪いことはしていない!」


 バルゴア令息は「愛か……」とつぶやいた。


「そういえば、さきほど、セレナ嬢の母のことを『あの強欲な女が無理やり俺に嫁いできた』と言っていたな?」

「そうだ、だからあの女が悪い! あの女さえいなければ!」


「セレナ嬢の母には、領地に愛する人がいたらしいぞ」


 私は耳を疑った。


「でも、家のために仕方なくお前に嫁いできたんだ。セレナ嬢の母は、ファルトン家にも、お前にも、何も求めていなかった。彼女はただ、貴族の役目を果たしただけだ」

「ウ、ウソだ!」


 バルゴア令息の背後に隠れていたセレナが、私に近づいて来た。


 その瞳には、涙が浮かんでいる。


「本当です……だって、生前のお母さまは、私にこっそり教えてくれたから」


 ――セレナにだけ教えてあげる。他の人には内緒よ? 本当はね、私にも愛し合っている人がいたの。結婚の約束をしていたわ。でも彼、身分が低くてね。結婚を許してもらえなかったの。別れたときは悲しかった。でも……。


「お母さまは、私が生まれてくれたから幸せだって。私に会えたから嫁いできて良かったって……言ってくれた。それなのに、あなたは、そんなくだらない理由でお母さまを殺したの?」


 ボロボロとセレナの瞳から涙がこぼれる。


「くだらないことだと!? 愛する者に出会えたことは何よりも幸せだ! だから、愛する者を幸せにするために、これまでのすべては必要なことだった!」


「だったら、お母さまが愛のために、あなたを殺しても良かったってこと?」


 セレナの言葉に、私は一瞬ひるんだ。


「違う! 家のためにあきらめられる愛など、本当の愛ではない! 私の愛は本物だったから――」

「……本当に?」


 セレナの視線は、妻とマリンに向けられている。かつて愛した者たちは、今は憎しみを込めて私をにらみつけていた。


 私は、厳しく当たる父がずっと憎かった。


 その気持ちをんで慰めてくれたのが、今の妻だった。私の唯一の理解者だと思っていたのに。


 しかし、憎いやつらが死んで、残されたセレナが家を出たら、すべてがおかしくなってしまった。


 本当にそいつらのせいで私が不幸になっているのなら、私は幸せにならないといけないはずなのに?


 私はわずかに浮かんだ疑問を無理やり打ち消す。


「そうだ、セレナ……こうなったのは、すべてお前のせいだ! お前が私の言う通りにしないから!」


 セレナの瞳は、澄んでいた。


「あなたは、だれかのせいにしないと、生きていけない人なのね。……かわいそう」


 かわいそう?

 あわれまれたのか? 私や妻、マリンから虐げられているような娘に。


 カッと頭に血が上った。


「セレナ、お前ごときが私にかわいそうだと!? お前など、さっさと強欲な貴族に売り飛ばしてしまえばよかった! お前のせいで、お前のせいで私は!」


「黙らせろ」


 バルゴア令息の一言で、私は布で口をふさがれた。どれだけ叫んでも、もう言葉にならない。


「他人に責任を押し付けるやつは、存在自体が害悪だな」


 私を冷たく一瞥いちべつしたあとに、バルゴア令息はそっとセレナの頭をなでた。


「大丈夫ですか?」

「リオ様……だれかを悪者にしないと保てない愛ってなんでしょう?」

「逆ですよ。この者たちは、愛を言いわけに、悪者をつくって好き放題していたんでしょう。本当に愛し合っていたわけじゃない」


 違う! そうじゃない!


「本当に愛していたなら、苦しむ妻に解毒剤を渡していたでしょうから。それをしなかったこの男は、妻より自分の保身を優先した。それに、夫人も本当にこの男を愛していたら、愛した人の罪を率先して暴かないですよ」


 そうだ、妻さえ我慢すれば、すべてがうまくいったのに!

 愚かな妻と娘のせいで!


 愛していた者に裏切られるなんて! だとしたら、今まで私がやってきたことはいったいなんなんだ……?


 なんのために、今まで私は……?


 ぐにゃりと世界が歪んだ。


「連れていけ」


 バルゴア令息の言葉で、私は乱暴に引き立てられた。


 この日私は、愛する妻も娘も爵位も、すべてを一度に失った。

 それは、だれのせいなのか。だれを憎めばいいのか、もうわからなくなっていた。

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