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10 ガラスの小瓶①

 突然ターチェ家を訪ねてきたマリンが、何もできずに帰っていった。


 いつものように「ひどいわ、お姉さま!」とマリンが涙を浮かべても、ターチェ伯爵夫人もリオ様も少しも相手にしなかった。部屋から飛び出したマリンを気にする人は誰もいない。


 私が暮らしていたファルトン家では、いつだってマリンが中心だった。皆がマリンの機嫌をとって、喜ばせようとしていた。


 それなのに、ここでは誰もマリンを見ていない。とても不思議だったけど、マリンが帰ったあとに、じわじわと嬉しくなってきた。


 私がニコニコしていることに気がついたのか、リオ様がまた私の頭を撫でた。


 大きな手でよしよしと撫でられると、まるで自分が子どもにもどってしまったような気がする。お母様もこうして私の頭を撫でてくれていたっけ。


 それにしても、私はいつまでリオ様の膝の上に乗っていればいいの?


 こちらを見るターチェ伯爵夫人の瞳が、恐ろしいほど冷たい。


「リオ。とりあえず、セレナさんを膝から下ろしなさい」

「あ、はい。叔母さん」


 素直に言うことを聞いたリオ様は、私をようやくソファーの上に座らせてくれた。そうよね、これが普通よね。


「リオ、これまでの行動は、何か考えがあってのことなの?」


 リオ様は「うーん」と首をかしげている。


「うまく説明できませんけど、セレナ嬢の妹に『セレナ嬢にはもう手出しができないんだ』とわからせたほうが良いと思いました」

「それでセレナさんを膝の上に乗せたと?」

「はい」


 申し訳ないけど、『ああ、なるほど!』とはならなかった。でも、リオ様なりに考えて私を守ろうとしてくれた気持ちは嬉しい。


「確かにね。リオのお気に入りともなれば、相手は簡単に手が出せない。だけど、セレナさんの許可は取ったの?」

「……あ」


 夫人は、ハァと重いため息をつきながら頭を抱えている。


「バルゴアではどうか知らないけど、王都では許可なく女性にふれることはすごく失礼なことなの。それに、急にふれられたら怖いわ。あなただってよく知らない女性に抱き着かれでもしたらわけがわからないし怖いでしょう?」

「はい、すみません……」


 リオ様の大きな体がどんどん小さくなっていく。


 もう一度ため息をついた夫人は「この話はあとでしましょう。たっぷりお説教してあげるわ」と話を切り上げて、メイドを側に呼んだ。


「セレナさんの靴を持ってきて」


 すぐに綺麗な箱を手に持ったメイドが10人ほど客室に入ってきた。


 夫人が「見せてちょうだい」と言うと、メイドたちが箱を開ける。箱の中身はすべて靴だった。


「今セレナさんが着ているワンピースに合う靴はどれ?」

「奥様、こちらはどうでしょうか?」


 白い靴が入った箱を持っているメイドが、前に進み出た。


「いいわね、セレナさん履いてみてくれる?」

「あ、はい」


 すぐにメイドがひざまずき、私に靴を履かせてくれる。サイズはぴったりだった。


「似合うわね。他も見せて」


 夫人の指示でメイドたちは、順番に私の前に来て箱の中にある靴を見せてくれた。


「どう? 気に入ったものはある?」

「あ、えっと、はい」


 私は水色の靴を選んだ。私の瞳はお母様と同じ色。だから、私にとって水色は特別な色。


「いいわね。気に入るものがあって良かったわ。じゃあ、すべてセレナさんの部屋に運んでね」

「え? これ全部ですか?」


 驚く私に夫人は「そうよ」と当たり前のように返す。


「こんなにたくさんは……」


 こんなに靴をもらったら、もう一生靴を買わなくて良くなりそう。


 戸惑う私に夫人は「あ、リオが払っているから気にしないで」と微笑む。


「ケガの治療中に必要なものは、すべてこちらで準備するわ。もちろん、慰謝料もきちんと払います。リオがね」


 断ろうとする私の耳元で夫人がささやいた。


「受け取ってあげて。リオ、ああ見えてあなたをケガさせてしまったこと、すごく後悔しているから」


 リオ様にケガをさせられたとは思っていないけど、私がこれを受け取ることでリオ様の心が軽くなるなら、受け取ったほうが良いのかも?


「そういうことなら……。リオ様、ありがとうございます」


 パァとリオ様の顔が明るくなる。


 靴を履いた私は、リオ様にエスコートされながら滞在させてもらっている客室に戻った。


 夫人に怒られて反省したのか、リオ様は「いつでも呼んでください」と言うと部屋から出ていく。


 ようやく一人になれた私は、ソファーに座るとホッとため息をついた。いろんなことがありすぎて、すごく疲れたわ。


 少しだけ休憩しよう。そう思ってまぶたを閉じた。


 *


 腕の痛みで目が覚めた。


 少しだけ休憩しようと思ったのに、ソファーにもたれかかるように眠ってしまっていた。


 窓の外は、夕焼け色に染まっている。


 ズキズキと腕が痛んだ。王宮医が2~3日は痛むと言っていたので仕方ないけど、部屋で一人きりでいると、腕の痛みがよりひどいような気がする。


 リオ様が側にいてくれて、気がまぎれていたのね。


 部屋の扉がノックされた。


「セレナ嬢、少し良いですか?」


 声の主はリオ様だ。


「はい、どうぞ」


 開いた扉から顔を出したリオ様は、なぜか戸惑っていた。


「セレナ嬢に専属のメイドはいますか?」

「あ、はい」

「名前はコニーですか?」

「どうしてそれを!?」


 コニーは、孤児院から引き取られて私に付けられたメイドだった。父からすれば、私のメイドなんか平民の孤児で十分だということらしい。


「コニーに何かあったのですか!?」

「今、あなたの専属メイドを名乗る少女が、門の前に来ているそうです」

「ここにコニーが!」


 夜会から戻らない私を心配して、探しに来てくれたんだわ!


「案内してください」

「はい」


 立ち上がった私に「気をつけて」とリオ様が手を差し出す。その手を取りながら私は門へと急いだ。


「だ、大丈夫かしら……」


 リオ様は「大丈夫ですよ、この邸宅に理由なく乱暴を働く者はいませんから」と言ってくれたけど、私は少しも安心できなかった。


 なぜなら、コニーは大人しそうな外見とは裏腹に、すごくたくましいから。


 私の悪口を言っているメイドを見つけたら殴りに行くし、私の食事の質を勝手に落とした料理人は、コニーにヒゲをむしられて泣かされたとか。


 孤児院出だからなのか、そもそも平民は皆そうなのか、とにかくコニーの生きる力はすごく強い。


 私があのファルトン家で、冷遇されながらも生き残れていたのはコニーのおかげだった。でも、さすがのコニーも貴族である父や継母、マリンには逆らえない。逆を言えば、貴族以外にコニーは一切容赦しない。


 だから、コニーのことが心配なのよね。


 その予感は的中して、門の付近が騒がしい。


「わぁ!?」

「なんだコイツ!」

「コラッ、止まれ止まれ!」


 腕をつかまれたコニーが門番に飛び蹴りをかました。後ろにのけぞり倒れていく門番。


「コニー!」


 名前を呼ぶと「セレナお嬢様!」と顔を輝かせて満面の笑みで駆け寄ってきた。コニーの長い三つ編みも嬉しそうに弾んでいる。


「お嬢様、ケガをされたって……」


 私の右腕は、包帯グルグル巻きで固定されている。それを見たコニーの顔から血の気が引いていった。


「な、ななな何があったんですか!? どどどうしてお嬢様がこんなひどいケガを!?」

「コニー、落ち着いて! 私は大丈夫だから!」


 コニーは詳しい事情を聞かされずに、ここに来てしまったのね。


 私が説明する前に、隣にいたリオ様が口を開いた。


「すまない、俺が折ってしまった」


 ああっ!? そうだけど、そうじゃないのに!


「お前が……お嬢様の……腕を……」


 コニーの目が据わっている。


「許さん!」

「ダメよ、コニー!」


 どんな事情があっても、平民が貴族に害を与えると罰せられてしまう。


 リオ様に飛びかかったコニーは空中で止まり、後ろに引っ張られた。


「なんだ、この狂犬は」


 そう言った男性は、赤茶色の髪をしていて、腰に剣を下げている。


「エディ、離してやれ」


 リオ様に『エディ』と呼ばれた男性は、コニーの襟首をつかみプラーンとコニーをぶら下げている。ジタバタ暴れながら繰り出されるコニーの拳も軽く躱していた。


「エディは、俺の幼馴染で護衛騎士なんです」

「そ、そうなのですね……。あの、コニーを離してもらっても?」


 リオ様がもう一度「離してやれ」というと、エディは眉間にシワを寄せる。


「いいのか、リオ? また飛びかかられるぞ」

「いいんだ。その子はセレナ嬢の専属メイドだ」

「これがメイドだと!?」


 パッと手を離され自由になったコニーは、私を守るように背中に隠した。


「セレナお嬢様は、あたしが守る!」

「コニー、落ち着いて」


 こちらを振り返ったコニーは、目に涙をいっぱい溜めていた。


「お嬢様をケガさせられて落ち着いてなんかいられませんよ! どうしてお嬢様ばっかりこんなひどい目にわないといけないんだ!? あたしが、あたしが貴族だったら、夜会にもついていってお嬢様を守れたのに!」

「コニー……」


 私は動かせる左手で、コニーの頭をそっと撫でた。


「ありがとうコニー。でも、この人たちは私の味方なの」

「……味方?」

「そう、だから大丈夫よ」


 コニーの瞳からボロボロと大粒の涙が流れる。


「お嬢様、ひどい目にってない?」

「遭ってないわ、見て綺麗な服を着せてもらっているでしょう?」


 コニーはコクコクうなずく。そのたびにコニーの瞳から涙がこぼれた。


「おいしいご飯もたくさん食べさせてもらっているの」

「よ、良かったです」


「ワッフルも久しぶりに食べたのよ。今度コニーも一緒に食べましょうね」

「は、はい!」


 必死に涙をぬぐうと、コニーはポケットからガラス瓶を取り出した。


「セレナお嬢様、これ、あのバカ……じゃなくて、マリンに渡されました」


 コニーが持っている小瓶の中には、透明な液体が入っていた。

【ご連絡】

すみません、別作品の書籍化作業のため、更新ペースが遅くなります(汗)

絶対に完結するので、まったりお付き合いいただけると嬉しいです!

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