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炎の道―戦国英雄譚・明智光秀―  作者: 芋久邇
流浪編
13/15

第13話 織田信長の登場

曲直瀬道三の名で知られる医者ですが、斎藤道三と紛らわしいため、一渓という号で登場します。ご理解ください。

 戦国時代の転換点(ターニングポイント)となったこの戦。

 やっとのことで尾張を統一したばかりの信長は、「東海一の弓取り」と呼ばれた今川義元の本隊を桶狭間へ誘い出すことに成功する。


「今川勢二万五千といえど、義元自身が率いているのはたかだか数千。首を取ることは難しくない」


 二千の兵を率いた信長は熱田神宮へ参拝している。


「しかし、もたつけば退路を失います。まさに一撃でなければなりませぬ」

「その通りよ。故にただ、義元の首のみを狙え。義元以外には目をくれるな、ひたすらに義元を探せ!」

「はあっ!」


 織田勢は密かに熱田神宮から善照寺砦へと移動した。ところが、ここで予想外の出来事が起こる。


「報告ー。千秋加賀守殿と佐々隼人正殿、今川義元の手勢に打ち掛かった模様にございまする」

「たわけが……!」


 今川勢と対陣していた千秋季忠と佐々正次が抜け駆けをしたのだ。今川勢千五百程に対し五百に足らない兵で攻め込んだ両将は壮絶な死を遂げた。


(功を焦るなと申したのだが……)


 やはり、尾張を統一したばかりの信長では配下を従えられなかったということだ。


(果たしてこのような状況で義元と戦えるのか)


 信長に戸惑いが生じた。しかし、信長から仕掛けたこの戦、もはや止まれないところまで来ている。


「致し方無い、機は熟した。全軍これより桶狭間へ向かう!」


 善照寺砦を出立した信長と桶狭間で宴を催している義元。 天はどうやら、前者に味方したようであった。辺りがにわかに暗くなり、雨が降り出したのである。


(雨か……好都合だ)

「皆の者。この雨で義元は動けぬはずじゃ。そして、我らが迫っていることも知らぬであろう。この天運、ゆめゆめ手放すまいぞ!」

「応!」


 降りしきる豪雨の中、織田勢は真っ直ぐ、ひたすらに桶狭間を目指す。

 織田勢の姿も蹄の音も、今川方に気づかれることはなかった。日本史上、最も奇襲が上手く成功した例といえる。

 暴風雨はしばらくして止んだ。時を同じくして、織田勢は今川本陣を捉えた。


「目指すは今川治部大輔義元、唯一人!」


「て、敵襲ー! 織田勢が来たぞぉ」


 今川方の大半は状況が飲み込めていない。何せ、つい一刻前まで飯を食らっていたばかりだった。慌てふためき、逃げ惑い、槍を取ろうとしたところで討たれていく。


「義元はどこじゃあ! 義元を探せぇっ!」


 織田勢の叫びは本陣の義元にまで聞こえた。それほど肉迫しているということだ。


「何をしておる」

「申し訳ございませぬ。もはや兵が逃げ出しております。早う、ご退避を!」

「ちっ。さっさと尾張のうつけを討て!」


 大乱戦となった。しかし、勢いは圧倒的に織田勢にある。今川勢はその多くが討たれ、あるいは逃げ出していく。


「義元がいたぞー!」


 戦場から退避しようとしていた義元を、織田兵が発見した。今川方が慌ててその織田兵に槍を突き立てたが、声を聞いた者達が続々と集まってくる。

 ここに、今川義元の命運は潰えたのだろう。


 必死の防戦も虚しく、ついに東海の大大名・今川義元は戦死を遂げた。






 京、曲直瀬邸

「信長様が……?」

「そのようです。桶狭間にてまさに一撃で今川勢を葬ったとか。かなり噂されております」


 光秀にその報せを届けたのは秀満だった。光秀は曲直瀬一渓に断り、屋敷を出る。


「それで? その後の様子はどうだ、変化はあるか?」

「無論、尾張から三河にかけての地域で今川方に付いた者達は大混乱しています。ま、あの信長様がお赦しになるとは到底思えませんので、混乱するだけ無駄でしょうが」

「そうだな」

「跡を継ぐことになるであろう嫡男・氏真殿についてはあまり良い評判ではございませぬ」

「信長様に分がある、ということか」


 無言で秀満が光秀を見ている。秀満が何を言いたいのか、すぐに理解できた。秀満は、最初こそ医者になることに賛成していたが、最近では各地の動乱に触発され、身を立てたがっているようだった。


「尾張へ行きたいのか?」

「……織田様であれば、殿の力量をお認めくださるはずです」

「やめよ」


 秀満の言葉を遮るようにして口を開いた。


「わしはもう刀を持つ気は無い」

「ですが――私は殿がこのまま世に出ずに終わるなど、悔しゅうて叶いませぬ」

「やかましい! 以前は賛同してくれたではないか。一時の高揚で生き方を決めるでない」


 秀満の言葉を一喝した光秀だったが、内心では確かに悔しさもあった。

 信長があれほどの活躍をしている間に、己は何をしたのかという問いが繰り返し現れたのだ。

 もっとも、光秀は光秀で世のため人のために働いているのだという思いがある。

 この二年間、京の名医と謳われる曲直瀬一渓に師事し、今では一渓の弟子として京各地を巡り、病人を診てきたのだ。

 その中には、最初光秀に「一渓様の邪魔をするな」とばかりに言った者もいる。彼は光秀を見ると、以前の無礼を謝り、涙を流して感謝した。光秀にはそのときの顔を忘れることが出来ないだろう。自分は苦しむ人々を救ってきた。

 そう思って生きがいを見出していた矢先だったので、秀満の言葉には腹が立った。

 しかし、本当は生きがいなどという言葉で誤魔化しているだけに過ぎないのかもしれない。悩んだ光秀は、一つの決断を下した。


「一渓殿に学んだ事を生かし、越前にて人を救いたいと存じます」


 永禄三年、光秀は再び越前へ下る。そして、称念寺の門前に居住し、病人を診ることとなった。


お読みいただきありがとうございます

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