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炎の道―戦国英雄譚・明智光秀―  作者: 芋久邇
流浪編
12/15

第12話 生きる道

 細川藤孝が朽木へ帰ってから、1月が経った。

 明智家郎党は一乗谷の外れの小さな土地を買い取り、農耕も行いながら生計を立てている。

 藤孝と違い、光秀には朝倉家と越前という国があまり魅力的に思えていない。

 京よりも栄えているのは確かだが、街中には至る所に餓死者や病死者が横たわっているのは変わらないのだ。


「弥平次」


 ある日のこと。


「はっ」

「儂は医者を目指そうと思う」

「医者、ですか」

「一乗谷にも医者はいるだろうが、患者からふんだんに金を取る。朝倉様もそれを放置しておる。私はこれらの者とは違うやり方で民を救いたい」


 秀満は反対するかと思ったが、案外簡単に同意してくれた。


「武士という身分を捨てる覚悟でそうお考えならば、よろしいのではございませぬか」

「そうか」

「ただ、某は……難しいことはわかりませぬ故、医者には成れませぬが」


 そう言って秀満は微笑んだ。


「十兵衛様には才がお有りですから、医者などすぐに成れてしまうでしょう」

「皮肉か?」

「無論、本心でござる」


 釈然としない思いを感じたまま、光秀は母・牧の方と妻・熙子に相談するべく、出来たばかりの我が家へと帰った。




「良いではありませぬか」

「是非とも、お医者様に成るがよろしいのでは?」

「そ、そうか」


 武士という身分を自ら捨てるのは止められるかとも思ったが、二人も秀満のようにすぐに同意し、是非にと奨められるほどであった。


(なんだか、拍子抜けしたな)


 武士とはもっと重いものかと思っていたが、全くそのようなことは無いのかもしれない。


(そうだ、思い上がったときこそ、道を間違えるのだろう。百姓だって刀や槍を持っている者は多い。武士など、大したものではないな)


 では、将軍は、幕府はどうであろうか。


(幕府も大したことはないのか?)


 そんなはずはない、と思う。事実、あれだけの才覚を持った細川藤孝のような人物が忠誠を誓い、自らに鞭打って働いているのだ。


(だが……将軍も武家の一つに過ぎぬといえばそうであろうな)


 これが、光秀に生まれた、幕府という存在への最初の疑問であった。



 ※ ※ ※



「では、行って参る」

「道中お気をつけてー!」


 明智家の稲作が軌道に乗った頃、光秀は皆に見送られて越前を出る。

 光秀にとって、二度目の上洛であった。前回は中山道を通ったが、今回は北国街道を南下して近江を抜け、京へと足を踏み入れた。


(しかし、金のかかることだ……)


 旅の道中、度々そんなことを感じた。越前を出る際、藤孝に医者修業のため京へ行くことを手紙で伝えると、藤孝はいくばかりかの銭を送ってくれていた。


(細川殿に感謝せねばならぬな)


 北国街道を使って京を目指すとき、朽木谷というところを通る。この朽木に、将軍・義輝が滞在している。藤孝への感謝の意味もあって朽木に顔を出すか否か迷ったが、結局やめることにした。例え藤孝の取次があっても、一流人が訪ねるのは憚られたからだ。


 そんなこんなで、光秀は医者に成る道を歩み始める――。



 ※ ※ ※



 尾張・清洲城


 事件が起きたのは、まさに光秀が京に入った11月2日のことであった。


「兄上が病とは、聞いて驚きましたぞ。兄上らしゅうもない」

「わざわざ見舞いなど、澄まぬな」

「いえいえ。実は近くに万病に効くという薬草がござりましてな、それを溶かしたものを買って参りました。是非、お飲みくだされ」


 弟・信勝が持ってきた薬瓶を一瞥すると、信長は冷ややかに信勝に視線を向けた。


「俺が死んでほしいか」

「は……?」

「俺に死んでもらいたいのかと訊いておる!」

「そ、そのようなことは……。私は兄上の病が早う治るようにと――」

「喧しい! 俺を殺そうなど百年早いわ! その名薬とやら、お主が飲むが良い!」

「な、なにを……。兄上は病で正気ではないのでございましょう。その――」

「信勝よ」


 不意に静かに名前を呼ぶと、不敵に冷笑を浮かべた。


「俺は風邪などひいてはおらぬ。その薬、お主にくれてやる」

「い、いえ、それはその、あ、兄上に」

「その俺がくれてやると言うておるのじゃ、有難く受け取るが良かろう。……それとも、お主は飲めぬのか?」

「……い、いえ、その……。お、お許しを、わ、私は決して――」

「黙れ! 今ここで、お主が飲むが良い」


 織田信勝が殺害された。これにより、信秀亡き後の織田家中の分裂は収束へ近づくことになる。だがそれは同時に、信長に立ちふさがる数々の試練の幕開けでもあった。



 ※ ※ ※



 光秀は京に入ると、街中であちこちに情報を訊ねて回った。ところか、町衆達は皆自分の事で精一杯のようで、まるで自分のところの主治医を取られては堪らないとばかりに、適当に濁して逃げてしまう。やっとの思いで一人を捕まえ、聞き出せた。


「誰ぞ、京で良い医者を知らんか?」

「それなら当代一と名高き一渓様じゃろう。お前さんどうしたんだい? 病かね」


 親切にも教えてくれたが、光秀が医者として指導を受けたいと答えると態度を変えた。


「修行? あんた、そんな暇が一渓様にあると思っとるのかね。やめなやめな」


 あっけにとられたものの、それでも光秀は一渓の家を目指した。それは簡単に見つかった。意外だったのは、その家があまりにも小さく、簡素だったことだ。


「一渓殿、御指南よろしくお願い仕りまする」


 光秀は一渓こと、名医・曲直瀬道三に師事することとなった。そして当分の間、ここで修行に励み、武士を捨てたのであった。“明智十兵衛光秀”という男が再び世に出てくるのは八年後になる。



 ※ ※ ※



 とはいえ、光秀は日本の中心である京に滞在している。京を巡る激動の情勢は常に己の目で見ることができた。


 永禄元(1558)年 朽木に逃れていた将軍・足利義輝が三好長慶と和睦。京へ帰還する。

 永禄二(1559)年 織田信長が上洛し、義輝に謁見。この年、越後の長尾景虎(後の上杉謙信)も京へ来ている。


 そして迎えた永禄三年。注目すべきはあの男である。


「尾張はようやく治まった。これで今川を相手に譲歩することもない。そろそろ義元の首、見たいものだ。皆! 鳴海を囲むぞ。戦支度を致せ!」

「はあっ!」

(義元……かかって参れ)


 織田信長は今川方を挑発するかのように鳴海城を包囲し、砦を築いた。今川義元はこの動きに対し、ついに総勢二万五千を率いて自ら出陣することを決める。


 運命の戦いが始まろうとしていた。

お読みいただきありがとうございます。

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