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炎の道―戦国英雄譚・明智光秀―  作者: 芋久邇
流浪編
11/15

第11話 流浪の始まり

ここから流浪編となります

 光秀が郎党を率いて明智城へ帰還した。光秀の心境は複雑なものだった。


(道三様は私を逃がして下さったが、それでもあの場に残るべきだったのではないか)


 という気持ちが多くを占めている。死んでも道三にお供すれば良かった、という後悔の気持ちだ。

 明智城へ入り、真っ先に叔父の元へ向かう。この先どうするか、急ぎ意見を交換したかった。


 ところが、敗者に味方した明智家には一刻の猶予もなかった。すでに高政が差し向けた討伐軍が迫っている。


「すでに高政方の軍勢、雲霞の如く押し寄せて参ります」


 伝令の言葉にも諦めが滲み出ている。だが、それを叱ることはできない。明智家の運命は誰が見ても明らかなのだ。


「そうか、ご苦労であった。……叔父上、これまでのようです」

「ならぬ。死ぬのは儂一人で十分じゃ」

「されど――」

「十兵衛、そなたは道三様に命じられたはずじゃ。生きよ、と。そなたの奉公は死ぬことではない、生きることぞ」

「しかしそれでは……当主としての私の面目が立ちませぬ――」

「たわけが!」


 普段穏やかな光安の一喝は光秀を驚かせた。


「今更……面目などと言うておる場合ではあるまい! 当主ならば一家の事を考えよ!」

「……叔父上」

「十兵衛、必ず明智の家を保つのじゃ。それがそなたの役割ぞ」

「承知つかまつりました……!」


 涙が止まらない。光秀は叔父に全てを教わってきたのだ。その叔父が今、乱世の中で死のうとしている。


「そなたの才覚は道三様もお認めになっていた。これからどんなことがあろうと、そなたに恥ずべきことなどない。励めよ、十兵衛」

「はっ……」

「うむ。では早く城を出たほうが良かろう。さらばじゃ」


 それでも光秀が留まっていると、光安は笑って言った。


「早う行け。そなたのことは天から兄上と見守ることにするわ」


 それが光秀が見た叔父・明智光安の最後の姿となった――。




「十兵衛様、駄目です。尾張への道は全て高政方によって押さえられています」

「……そうか。流石は高政様だな」


 尾張の信長へ身を寄せるのは困難になった。光秀の後方では激しく炎が上がっている。燃えているのは言うまでもなく明智城だ。

 その光景は、かつて光秀が京で見た、三好軍によって焼かれた将軍家が籠もる中尾城を思い起こさせた。


(私にはまだやるべきことがある……!)

「南が駄目ならば北へ参る他あるまい。越前の朝倉様を頼ろう」

「そうですな」

「よし、皆の衆! 向かうは越前ぞ!」



 ※ ※ ※



「明智城、陥落致しました。明智兵庫頭以下、自刃した模様です」

「死んだのか」

「確とはわかりませぬが、自ら城に火を放ったようなのでおそらくは」

「……そうか」


「いえ、御屋形様。明智十兵衛の首を取ったと申す者がおりました」


 しばらくたち、日も沈みかけている中、稲葉良通が高政に報告した。


「通しますか?」

「うむ」


 良通が陣幕の外に出、しばらくして百姓らしき男を連れて来た。


「これなるは明智十兵衛を討った藤田伝五郎にございます」

「藤田伝五郎行政にございまする」


 深々と頭を下げる。この藤田伝五郎は明智家に昵懇の豪農ということを知らない高政は、伝五郎が差し出した焼け焦げた首を光秀のだと信じ込んだ。


(十兵衛よ……愚かな真似をしたな。俺について来れば良かったものを)


 だが、大将はいちいち敵に同情などしている暇は無い。声を大にして言った。


「これはこれは、あの裏切り者をよくぞ成敗してくれた。おって褒美を取らす。待っているが良い」

「はっ。有難き幸せ」

「伊予守、明智城が落ちたならもう十分であろう。兵を退け」

「承知致しました」


 藤田伝五郎は光秀を死んだと思わせるための工作を成功させた。


(十兵衛様、どうかご無事にお逃げくだされ……!)



 ※ ※ ※



「もうすぐ国境を越える。今少しじゃ」


 伝五郎のおかげもあり、追手らしい追手も来ないまま、明智家一党は越前へと逃れた。


「一乗谷とはこのようなところか」

「流石は朝倉様と言ったところ、素晴らしい街ですな」

「……京よりも栄えているように見える」


 光秀と従弟・左馬助秀満はそんな会話を交わし、これから暮らすであろう都市の様子を見て回っている。


「ところで、殿。殿は朝倉様に奉公なさるのですか」


 突然秀満に問いかけられ、光秀は当惑した。家臣として主の動向が気になるのは当たり前だろうが、実は光秀も良く考えていなかったのだ。


「迷っておる」

「そうなのですか⁉ 私はてっきり朝倉様へ仕官するのかと……」

「朝倉はあまり良い評判を聞かぬからな。仕えるべき家なのか否か」

「どのような点が気にかかっておいでで?」

「うーむ……。まず第一に加賀のことじゃ」


 越前の隣国である加賀という国は応仁の乱の後、守護が不在となった。そのため、一向宗を信仰する土民達によって自治が行われる『一向一揆の国』なのだ。これを相手に、一向一揆の拡大を恐れ、朝倉家は何十年も前から戦を続けている。

 一向一揆との戦いを長年指揮していたのは朝倉家一門の朝倉宗滴という人物である。宗滴は名将と名高く、朝倉、一乗谷の繁栄は宗滴の功績によるものが大きかった。ところが、昨年陣中で倒れ、没してしまう。享年79。


「加賀の一向一揆衆とは戦続きであるが、総大将は長く宗滴殿が務められていたらしい」

「それのどこがまずいので?」

「……宗滴殿も大分ご高齢じゃ。にも関わらず戦に行くとは……」

「なるほど。つまり朝倉家には宗滴殿の跡を継げる器の持ち主がおらぬ、ということですね」


 秀満が理解すると、光秀は満足そうに頷いた。


「そのような家が果たしてどれだけ持ちこたえられるか、甚だ疑問が残る」

「その通りでございますな。……して、懸念は他にもございますのですか」

「うむ。朝倉家は一門衆が多いと聞くが、その分権勢を巡って争いに発展することもあるとか」


 と、ここまで言ったとき、光秀は前方に見知った顔を見つけた。


「これはこれは、与一郎殿!」


 相手も気づいたようだ。


「おお、明智十兵衛殿。久しぶりじゃ」

「細川殿とお呼びしようかとも思ったのですが、一乗谷に用があるのなら身分がわからないほうが良いかと存じまして。ご無礼をお許し下され」

「いえいえ、ご配慮忝い。……そちらは?」


 細川藤孝が光秀の隣にいる秀満を見た。目が合った秀満は慌てて名乗る。


「申し遅れました、明智左馬助秀満でございまする」

「明智というと……」

「私の従弟にあたります」


 光秀の補足に藤孝は得心がいったようで


「細川兵部大輔(ひょうぶたいふ)藤孝と申します。以後よしなに」

「兵部大輔とは。細川殿、御立派になられましたな」

「いやいや、官位は頂いたものの、やることと言えば各地の大名達の元へ飛び回って公方様を扶けるよう要請することのみ。実が伴わぬ故飾りでござる」


 自虐的な言葉に光秀も反応せざるを得なかった。幾分声を潜めて言う。


「公方様はそこまで追い込まれているのですか」

「受け入れがたい事ではあるが……、公方様は今朽木に逃れている」

「なんと……」


 重い空気が場を支配した。やがて、耐え切れなくなった秀満が口を開いた。


「場所を変えませぬか」



 

 三人は明智家が仮宿にしている宿屋に入り、腰を下ろした。


「明智殿のような聡明な方がこのように狭い宿をとらねばならぬとは……」

「仕方ありません。今の私は所詮落ち武者に過ぎぬ存在です。生きているだけでも感謝でござる」

「しかし……明智殿こそ日ノ本に欠かせぬお方だ」

「私のことはどうだって良いのです。それより、公方様は?」


 ふう、と藤孝が溜息をついた。


「公方様はもう参っておられる」

「御名を改められたと聞きましたが」

「ええ、“義輝”と諱を改められた」

「心機一転、ということですな」


 しかし、藤孝は光秀の言葉に微妙な表情をしただけである。


「細川殿?」

「……そう思う。だが、先代の義晴公が亡くなられ、状況は悪化するばかり」


 再び、沈黙が流れた。そしてまた、秀満が言った。


「……細川様はどうして越前へ?」

「それは勿論、公方様の御為だ」


 藤孝が秀満の方へ向き直って言った。


「公方様を京へお還しするべく、朝倉様の力添えを願っている」

「しかし、朝倉様は――」


 光秀が口を挟んだ。


「宗滴公が没した今、朝倉様には上洛などという大事を成し遂げるだけの力はございますまい」

「無論わかっている」

「では――」

「宗滴公が居ないとなると、加賀の一向一揆共が越前へ押し寄せるだろう。一方で、その一向一揆も宗滴公がご健在の頃に加賀の奥深くまで攻め込まれ、力を落としている」


 そこまで言うと、藤孝は一旦言葉を切った。続きを察せよということなのだろう。


「……つまり、両者の和睦を仲介することで、公方様の御威光を示す、と」

「そういうことだ」


 光秀が続けると、満足そうに頷いた。


「それで、和睦は成ったのですか」

「ああ。朝倉様も話の分かるお方じゃ。頼もしい限り」


 目に涙を浮かべてさえいる藤孝の様子を見て、光秀は少なからず違和感を覚えたのであった。

お読みいただき、誠にありがとうございます。

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