地頭の婿殿【古文の現代語訳っぽいやつ】
今は昔、正直者の男がいた。
男は世間のあれこれには通じていないが、まじめでよく働いたので、財を築いていた。
あるとき、男はつきあいが深い女を娶ろうと思い、女からもいい返事をもらった。そこで財をはたいて家を直し、家財をそろえ、女の家に向かった。女の家は貧しかったので、親には世間並みのもてなしをして、女には銭を持たせ、馬に乗せて帰ってきた。
が、気に入らないことでもあったのか、女は10日もしないうちに逃げ帰ってしまった。
そして村のあちこちで言いたい放題に男の悪口を言い、村の衆とともに散々になじり、男を呼びつけると土下座させて、頭に汚物を投げるなどしていた。男はほうほうの体で逃げのびたが、女のあまりの仕打ちに耐えられず、一晩中泣き明かしたそうな。
村人も男を気の毒に思い、何かと気遣う者もいたが、女の肩を持つものも多かった。男は世事にうとく、周りの反感を買いがちだったが、女は目端がきいたため、あっという間に味方を集めていたのだった。また、野暮ったいこの男が自力で財を築いたことも、反感の種だったようで、これ幸いと男の家に出向いては、悪口を言って帰っていく。
そんな状態が1月ほど続いた。
男はこの世をはかなみ、橋のたもとの松に縄をかけ、首を吊ろうとした。
ちょうど、男が首に縄をかけようとしたその時、橋の向こうから地頭の女がやってきた。
「これ、お前はどうしてくだらない事をする?」
「これは地頭様。つまらない男のすることなど、放ってくださいませ」
「そうはいかん。わけを話せ」
男は口ごもったが、地頭に「話せ」と叱られ、ようやく経緯を話した。男のあまりの仕打ちに、地頭も地頭の乳母も顔をしかめ、「なんてことだ」などと言っていたが、男の耳には届かなかったようだ。
ひとしきり話してしまうと、男はまたよよと泣き出した。
「しょうがない奴だ。泣くな。歌をよめ」と地頭が言うので、
年ごろになじみし穢土も弥陀のもと蓮の上にて思い出さむを
と読むと、地頭が返して、
蓮もまた穢土に咲かむを見ずや今弥陀の願いも叶わざりけり
と詠んだ。
そして、男を馬に乗せると、そのまま屋敷に帰った。
屋敷に着くと、地頭は乳母に言いつけて男の身支度をととのえ、親族を集めて、婿として男をひろめた。
その中にいた何某という者が、次の日に村の男たちと会う用事があった。そこで男の出世など語るものだから、女は恥をかき、よってたかって男をなじった村の衆は、皆から後ろ指をさされることになったのだった。地頭は気が短いことで有名だったので、村の衆はみな、殺されないかと身を縮め、仏に祈るなどしていたそうな。
が、女は横着にも男の悪口を言いふらし、行いを改めなかったので、とうとう地頭に殺されてしまったそうな。
正直に過ごしていれば、仏の助けもあるものだ。