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消えた火と消えない愛

作者: 安川 瞬

 愛に飢えていた。愛が欲しかった。愛を望んでいた。


 人によっては汚いと感じてしまうような部屋の中で、僕は煙草を片手に考え事をしていた。


 愛とは何だろうか?


 難しい疑問だ。


 もう一人の僕がそう鼻で笑った。


 愛とは。


 真面目に考えてみる。もし、こんなテーマで誰かと真面目に語ろうとしても鼻で笑われてしまうだけだろう。もう一人の僕のように。


 だが思考は自由だ。誰も介入しない真の意味での孤独で理想な世界。そこでなら何をしたって自由だろう?


 灰色の息を吐く。


「苦い」


 僕はあまり煙草が好きではない。


 体にも悪いし、正直苦すぎて嫌になる。


 煙草をもう一度口で咥え吸い込む。


 苦い味が肺一杯に拡がっていく。


 ……ただ、この苦みは僕の肺を包んでくれてほかの苦さを忘れさせてくれるような、そんな気がするから吸っているだけだ。


 もぞり。


 僕の横で、布団に包まれた何かが蠢く。


「んんっ……」


 少し官能的な声を上げながら出てきたのは一人の女性だった。


「おはよ」


 僕は少しだけぶっきらぼうに挨拶をする。


 そんな僕の声に反応して女性にしては少し低めの声で彼女は返事をする。


「あれ、煙草……嫌いなんじゃなかったっけ?」


 僕が指に挟んでいるそれに彼女は目敏く気づく。


 少し嬉しそうな、はにかんでいるような、何か溢れそうなものを堪えるような、そんな表情の彼女の顔にドキドキしてしまう。


「別に……」


 彼女から目を背ける。


 そんな僕の様子のせいで、彼女の中の何かに火をつけてしまったのかくすくすという声が聞こえてくる。


「大好きだよ」


 煙草を落とすところだった。不意打ちにもほどがある。


「……何ですか急に。からかうなら煙草を吸い終わった後にしてください」


 危ないでしょう。と付け加えたところで僕は気づく。これは墓穴を掘った……と。


「んー?動揺しちゃったの?」


 あーまただ。僕は毎回この人には敵わないと思っている。


 いつもだ。いつも僕は彼女に馬鹿にされている。僕の気持ちを知っているのか、知らないのか。どちらにしろ彼女が発言するたびに僕の胸はズキズキと痛む。


「……ふぅー」


 いつの間にか小さくなっていた煙草を灰皿に入れ僕は布団から立ち上がる。


「ねえ……」


 彼女の声を遮って僕は言う。


「じゃあ、大学あるので僕は行きますね」


 まだ布団の中にいる彼女と違って僕はもう大学用の私服に着替えていた。


「もう行くの?」


 常套手段だ。


「貴女との時間も大事ですけれど、大学はしっかり卒業したいので」


 裾を掴む。


「あの……」


 腕をそのまま引っ張られ僕はまた彼女の牢獄に誘われてしまう。


「好きだよ」


 先にも言った通り彼女の声は女性にしては低い。そんな彼女に耳元で囁かれてしまうと来るものがある。


「……」


 でも、今の僕には考えなければならないことがあった。


「愛」とは何だろうか。


 服を脱がされる。また体を重ねるのだろうか?


 彼女は……彼女は僕に何を求めているのだろうか?


 肉体だけの関係で、それ以上の関係になる気はないのだろうか?


 彼女が好きだといったものを、たとえ苦手なものでも克服して模倣しようとしている僕はおかしいのだろうか?


 彼女の言う好きは異性を求める類のものなのだろうか?


 彼女は……彼女は……彼女は……


 彼女は、僕のことが、好きなのだろうか。


 貪られる。気づけばお互いの体の距離は0になって甘い匂いが部屋を充満していた。


 求められることの快感ともっと上の関係を目指したいという不安感が募り、僕も彼女の体を貪ってしまう。


 好きだ。好きなのだ。彼女のことが好きなのだ。


「好きです……」


 僕はか細い声でそう呟いた。


 初めての告白だった。


 彼女から何度もふざけているのかわからない愛を貰ったことはあったけれど、僕から彼女に愛を送ったことはなかった。


 もう愛が何か考えるのはやめる。


 きっとこの感情が愛なんだ。


 愛。遺愛。異性愛。恩愛。慈愛。情愛。相愛。溺愛。博愛。汎愛。盲愛。


 愛の形はたくさんあるけれど、僕の愛の形はきっとこうなんだ。


 僕は間違っていないはずだ。



 僕は間違っていないはずだ。









 僕は間違っていない。




 僕は、




 愛は、




 愛を貰って、




 愛を拒絶する人間なんていないはずなんだ。















 …………………………。






 金属製の音が響く以外何も聞こえない部屋の中。




 彼女は涙を流しながら盲目的に呟いていた。





「アイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテル…………」





 愛の形は様々なのだから。愛には種類があるのだから。


 人間は愛がなければ生きていけないから。


 だから、彼女の愛は全て僕が貰う。


 だから、僕の愛を全て受け止めてほしい。




 貴女は僕の愛する存在なのだから。




 火のつかなくなったライターを投げ捨てて、煙草を僕は咥える。


 煙は出ない。火はもうない。でも僕には彼女がいる。

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