Suppl.7 花の魔女、討伐する
街で馬を借りると、二人乗りで魔物が出るところまで駆けていった。
本当は一人一頭の方が速いんだけど、まだ一人で全速で馬を走らせるのはOKが出なかった。もうちょっと練習しよう。
討伐地点の手前に、先行した騎士隊の基地があった。馬を降り、寝静まっている基地を遠くに見ながら、魔物出現ポイントまで歩いて行く。
魔物はこの奥の洞窟の中にいるらしい。
魔物が出てきた時のため、探知魔法が入り口付近に仕掛けられている。それを簡単に解除してしまうアイセル君。見事な手際だ。
奥には結構広い空洞があるようだ。ざわざわと黒い気配が広がってる。
暗闇に赤い目が光った。洞窟の侵入者に気がついて、怒ってる。
アイセル君が光の球を放つと、そこには魔物としても異様にでかいムカデの魔物がいた。
で、でかい…。でかすぎる!!
口と尻尾から毒液をまき散らしてくる。しかも、口の毒は酸が強い。
さっき摘んだ花を口に含み、多少は風を起こして毒素が溜まらないようにするけど、うーん、力が弱い。
堅い身体がアイセル君のアイスブレードをはじく。もう少し強い魔法でないと通らない。厚み? スピード?
剣がいつものじゃないから、使いにくそうだ。討伐用に持ってきたのが良すぎて、下っ端っぽく見えないから、フロレンシアの騎士隊の仲間のを借りてきたらしい。剣に魔法を乗せるアイセル君の技を打ち出すには、剣が弱すぎる。
アイセル君が氷柱を落とすと、グサリと尾に突き刺さったけれど、地面にまで届かず、固定できない。痛みで魔物が暴れ出した。
吐き出す酸の飛沫を、氷の結晶が守ってくれた。邪魔になってる自分が悔しい。
そこへ魔物の尾が飛んできて、私をかばったアイセル君を打ち飛ばした。
氷の結晶が宙を舞う。
私の発した吹き上げる風が間に合って、何とか地面への激突は免れたけど、体のダメージは大きそう。
そばに駆け付けようとした時、降ってきた氷の結晶が口に入り、何かを思い出しかけた。
花を口に含んだ時のような、ふんわりとした感じ…。柔らかな唇を通して伝わってきた、氷の魔力…
口の中で溶けた氷が、力に変わる。自分の力、起動の魔力に。
手持ちの花を全て口に含み、湧き上がるままに放った初めてのアイスブレードは、巨大な氷の結晶になり、魔物の尾を簡単に切り落とした。
これだ! いける。
「アイセル君、私に氷の花をちょうだい!」
アイセル君は規格外のアイスブレードに目を奪われながらも、すぐに小さな氷の結晶を飛ばしてくれた。それをいくつも口に含み、キーンと頭に響く痛みを我慢しながら、アイセル君からもらった魔力をため込み、もう一度、巨大ムカデに向かった。
イメージは、ムカデの輪切り、結晶の刃五枚仕立て。
きれいに結晶はできた。
でも慣れない氷魔法は、真っ直ぐ飛んでくれなかった。
放ってみれば、十枚を超えるばかでかい結晶の刃のランダム攻撃。平行でなく、垂直にもならず、乱れ乱れて飛んでいき…
結果、魔物は乱切りになり、ややミンチ状になっていた。
ぐ、グロテスク…。魔物が、魔物であった時より、グロい。
「花の魔女、恐るべし…」
ぼそりとつぶやいたアイセル君の声が聞こえた。
人が討伐したと思わせないよう、このぐちょぐちょの中にあるだろう核には手をつけないことにした。鎮魂の祈りを捧げようとしたけど、
「痕跡を残したくないから、今回はなしで」
と言われて、ごめんと謝って、そのまま洞窟を出た。
洞窟の地盤が固かったのか、衝撃は外まで漏れていないようだった。
まだ寝静まっている基地の皆さんにばれないよう、そーっと馬に乗ってその場を離れ、フロレンシア領に入った。
夜明け近くにフロレンシアの騎士隊の皆さんと合流できた。
私は近くの街の宿で待機し、騎士隊の人が一人ついていてくれた。アイセル君と他の隊員さんは魔物討伐の基地まで出かけることになった。もう魔物はいないけど、一応、大回りの末、加勢に来た、と言う体をとるようだ。
アイセル君は、フロレンシアで見送った時の、フロレンシアの騎士隊の服に着替えていた。前髪も短くなっている。…やっぱりこの姿だと、幼く見えないんだよなあ。何が違うんだろう。前髪だけ?
渡せる花の加護の石がなくて残念だったけど、この前に渡した石をつまんで見せてくれた。大事に持っていてくれたんだ。
隊員さんたちがいる前でも怯むことなく口づけをくれて、ひゅう、と冷やかされても照れることなく出発したその姿を、ちょっともじもじしながら見送った。
いってらっしゃいの挨拶は、ほっぺなのに…。
フロレンシアの氷の騎士様が到着した時、百年モノと思われるムカデの魔物の討伐は終了していた(そりゃそうだ)。
魔物同士の縄張り争いか、前日に仕掛けた魔法の効果があったのか、詳しい調査は王都の騎士隊が行うことになり、応援に来た者は特に何をすることもなく解散になった。
その後も、魔物がミンチになった理由は不明のままで、私とアイセル君のしでかしたことはばれていないらしい。このまま黙っておこう。