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Suppl.5 花の魔女、討伐地へ向かう

 自分が草原の民だって事は、初めて聞いた。

 薄情なくらいに、一緒にいたらしいもう一人の花の魔女のことも、養護院にいた時のことも、おぼろげにしか覚えていない。

 気がつけば指示があるまでどこかの部屋にいて、呼ばれて何かと戦う。それが普通の毎日だった。

 それは、力のため、押しつけられた生き方。

 花の魔女でなくなるのなら、普通以上に役立たずな一市民として、もう一度生き直していくしかない。だけどそれはこれまでよりずっとましな生き方だと思えた。


「…聞いた話だけど、最近、王都からフロレンシアに、小麦を一割値段を下げて二倍納めろって言ってくるんだって。そういうのがどんどん増えてるらしくてね、領主のライノさんが困ってたよ。他の領主さんも、農産物とか、鉄とか、『王の命令』っていろいろ無理言われて、このままだとみんな王様を信用できなくなっちゃうかも、って。でも、命令してるの、王様じゃないよね? …国が駄目になっちゃうのは、外側からとは限らないんじゃない?」

 珍しく、王様が茶化すこともなく、こっちをじっと見ていた。

「私にできることなんて、何もないけど。…もう助けられる力も、なくなっちゃったしね」

 王様は鼻で笑うと、

「魔法がなくなろうと、おまえの面倒くらい、見てやるよ」

 そう言って、部屋を出て行った。


 でも、私には、王様に面倒を見てもらうつもりなんて、これっぽっちもなかった。

 大した力もなくなった私など、王城に縛り付けておく理由はない。

 部屋には鍵もかけられていなかった。まだ体調が悪いと油断もあったのかも知れない。

 こんなチャンスをくれるなら、自分のできることをやるだけだ。



 王都の南東に魔物が出現した。王都の騎士隊に招集がかかり、二部隊が出動した。

 魔物はまれに見る大物で、周辺地域の部隊にも応援を要請したが、崖崩れで道がふさがれ、大回りする必要があり、到着が遅れるとの連絡が入った。

 長引く討伐に、先行部隊の交代要員として追加の招集がかかった。


 部隊が出発して三時間後、酒場のトイレで泥酔している一人の騎士が見つかった。

 騎士は下着姿になっていて、服は暑くてどこかに脱いできたと言ってケタケタ笑っていた。本当ならついさっき出発した部隊に参加しているはずだったが、行きそびれたらしく、酔いが覚めた後、減給と謹慎を言い渡され、青くなっていた。



 騎士の黒いローブと制服。久しぶりだった。

 出動がかかった時、花の魔女だからと特別扱いされていたのは初めの頃と王がいる時だけで、普段は幌馬車相乗り、荷馬車の空いたスペースが次点。時には何の乗り物もなく、一緒に歩いて行かされることもあった。

 大抵は女性騎士と一緒にいたけど、時には自分の身を守るため、騎士の出で立ちで紛れ、ローブを深くかぶってその他大勢を演じることもあった。夜は木の上で寝て、結界を張って姿を隠した。入れ替わりの激しい下っ端の一人や二人、別行動したところで怪しまれることはなかった。

 今回は幌馬車で移動だ。歩かなくてすむのは助かった。

 今向かっているのは南。この街道の先にはフロレンシアがある。ある程度進んだら、途中の休憩所で抜け出して逃げればいい。

 そう思って馬車に揺られていたけれど、同行の騎士から出た噂話に思わず聞き耳を立てた。

「…でさ、どうも氷の騎士がやられたって話だぜ?」

 氷の騎士が、やられた?

 いやいや、氷の魔法使いは大勢いる。氷の騎士と呼ばれる者も、何人かはいる。

 だけど、アイセル君もまた、一週間前に王都との境に派遣されていた。人違いならいいんだけど。

「えっ、やられたのか? 俺は、崖崩れがあって、氷の騎士ご一行の到着が遅れるから、その間、持ちこたえろって言われたって聞いたけど?」

「街道を大回りした氷の騎士様と、俺たちが着くのと、どっちが早いんだろうな」

「氷の騎士、恐れをなして逃げたんじゃないの?」

「炎系だろ、炎系。魔法はやっぱり炎だよ。炎の騎士様が来てくれるなら、氷の騎士なんていらないさ」

 何か、変な噂だらけだ。下っ端の噂話なんてそんなもんだけど、話題の氷の騎士がアイセル君だとしたら、何かあったに違いない。

 この討伐隊からは途中で抜け出すつもりだったけど、気になって目的地まで行ってみることにした。行っても助けになるかわからないけど…。


 花を摘んでも、保存魔法がかからず、すぐにしおれてしまう。それでも、例え多少痛んでいても持っていないよりはいい。そう思っていくつか花を摘んでおいた。

 もちろん、木の上で結界を張れる力なんてなく、こんな寒い時期の何もない野営地では他の騎士達と一緒にテントで雑魚寝するしかない。

 顔の印象をちゃんとぼやかせてるか、よくわからない。雑魚寝とは言え、知らない人達の中で寝るのはちょっと恐いけど、仕方がない。

 戸惑いながらも覚悟を決めてテントに入ると、手首を掴まれ、引っ張られた。

「こっちだ」

 こ、これは、やばいやつ…?

 一番奥の端まで行くと、すぐに手は離され、そこで寝るよう指示された。

 ただの場所指定か。よかった。

 息をつき、支給されていた寝袋に入って寝転がり、テントの布側に顔を向け、できるだけ小さくなって朝が来るのを待った。

 いびきが響いて、なかなか眠れない。明日も早いのに。

 誰かが寝返りを打って、背中に身体がぶつかった。狭いなあ…。

 離れない背中が温かい。

 ぼやきながらも、何とか睡魔が来てくれた。


 次の日も幌馬車に乗っかり、魔物出現ポイントに向かう。

 先行の騎馬部隊は目的地に着いたらしい。それでもまだ進んでいると言うことは、魔物はまだ片付いてないということだ。相当手強い敵のようだ。

 アイセル君、大丈夫かなあ。

 ぼんやりと思い浮かべていたら、急にガタン、と激しく馬車が揺れて、一緒に乗っていた人達が席から落ちた。ドミノのように次々と人がこっちに向かって倒れてきて、危うく上に乗っかかってくるところを、隣の人までで止まり、何とか難を逃れた。

 どうも車軸が折れ、車輪が外れたらしい。

 馬の中継地がさほど遠くなかったので、半分は前の幌馬車に乗り換えて先に進み、半分は馬車を降りて中継地まで歩いて向かうことになった。そして私は歩く組。

 さほど遠くない。

 …誰が言った?

 十キロは歩かされて、着いた頃には夕暮れも近かった。この日はこの中継地で泊まり、明日は別の幌馬車に乗り、早めに出発する、とのこと。道端に置いてきた幌馬車も簡易修理されて引かれてきて、みんなで荷物を載せ替えた。

 中継地は小さな街で、安い宿が提供された。みんなテントよりましだ、と喜んでる。

 下手な相手と同室を割り振られるとまずいので、そっと抜け出して民家の牛小屋の片隅で野宿することにした。

 牛で暖を取る訳にいかないよなぁ。踏まれても困るし、糞も臭う。

 丁度いい感じに敷き藁を積んでいるところを見つけ、上に乗って眼を閉じていたら、歩き疲れていたようで、うとうとと眠くなってきた。

 藁って結構暖かいなあ。


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